雪空

菜の花のおしたし

第1話 魔女は雪の降る日に

魔女がこの世界に誕生したのは、人間達が争っている時代だった。

けれど、まだまだ、魔女の生まれた時はそれなりに人々は暮らしていた。


魔女は八人のきょうだいの真ん中の子供だった。12月の寒い日に生まれた。

初めての女の子の誕生に特に父親は喜んだ。

魔女の家は肉屋を営んでおり繁盛していたので、使用人も多く、余裕のある生活だった。

戦が終わり、三年経った頃に魔女の家に異変が起こった。 

商売上手な父親が病気であっさりと亡くなったのだ。


長男は商売嫌い、大きなレコード会社で働いて知らんぷり。

次男は真面目過ぎて、三男は調子が良すぎて商売はいきずまり、ひとり、ふたりと働く者も辞めていく。

山のような借金を残して、次男と三男は逃げる。


魔女は残された借金とお嬢様育ちの母親と苦労知らずの弟、妹の生活を背負う事になった店も家も家財道具も売り借金だけは返すことができたが、これからどうして暮らそうかと考えると怖くなった。

魔女は逃げなかった。魔女がこの世界に生まれてくる時にナサケという心を埋め込まれたからだ。

中学を出てから花嫁修行していた魔女は算盤が得意だったので会計事務所で働いた。

仕事は初めてだったが、生来の生真面目さと努力ですぐに信用されるようになった。

しかし、育ち盛りの弟が三人、妹が一人。何よりも世間知らずの母親はお金使いが下手くそだった。

魔女が稼いでくるお金では食べていくことすら危うい状況だった。

魔女は昼間の仕事以外に夜の蝶として働くことにした。


すぐ下の弟は中学から高校に行きたいと言ったが、魔女にその夢を叶えてやることは出来なかった。それより、住み込みの仕事で働いて欲しかった。

そうすれば、一人分の食い扶持が減る、、。

魔女は弟にキッパリと言った。

「そんな余裕があるわけない。あんたは見習いとして住み込みで働く事が決まってるの。もう、ごたくは聞きたく無い!二度とその話はしないで!」

弟は悲しくて布団の中で泣いていた。

魔女は心が痛んだ、しかしどうにもならないのだ、生半可に期待させたくない。

弟はそれから悪い友達と付き合うようになっていったが、魔女にはまだ、母親の代わりに妹や弟を一人前にすることで必死だった。15歳の弟を気にしてやる余裕は無かった。


妹が高校に行きたいと泣きつかれた時、魔女は弟の時の後悔を思い出した。公立高校なら

何とかしてやれるかも知れない。

魔女は自分は一切の贅沢はせずに妹の高校生活を支えた。そんなある日、母親から妹が高校生の間で流行っているコートを買ってやりたいと相談された。

それは、魔女を傷つけた。自分はもう何年も同じ服を着ている。コートも肘や袖口は擦れてテカテカになっているし、通勤用の靴もずっと同じもの、、。

「あの子だけ着てないんだって、可哀想だ。」

その言葉は魔女にとって「ワタシハナンノタメニイキテイルノダロウ」と思わずにいられない一言だった。

結局、魔女は妹にコートを買ってやった。同級生と一緒にいる妹ひとりだけがコートを着ていないのを見てしまったからだ。

惨めな気がした、、。妹のそんな姿を見たくなかったのだ。

こうして、弟ふたりも高校を卒業させて、やっと魔女にも自分だけの生活を送れるようになるはずだった。


魔女は一人暮らしをした。やっと誰にも邪魔されない、気を使わないでいられる場所。

魔女は母親に仕送りしながらその生活を楽しんでいた。

ところが、結婚した妹の夫が独立して会社を起こしたのはいいが、借金に終われることになり魔女のところへお金の無心が何度も申し込まれるようになった。

それと同時にぐれていた弟の奥さんが亡くなり小さな子供を残していなくなった事を知った。

魔女は貯めたお金を妹に渡し、弟が置いていった子供を母親のところに引き取り、その子の生活費の面倒までみることになった。


ふと気がつくと魔女は40歳を過ぎていた。魔女にも愛した人がいた、結婚しようと言われたこともあった。魔女は結局、家族を捨てることが出来なかった。

あの時、もしあの人の胸に飛び込んでいたらと思う事もあったが、魔女は気丈な女を演じ続けた。


魔女は年老いた母親を引き取って暮したが、母親は魔女の事を「情のこわい娘」ときょうだい達に愚痴をこぼした。

確かに、いつのまにか、父親の生きていた頃の穏やかな魔女の姿は失せてしまっていた。

そこには、いつも何かにイライラして優しい言葉など忘れてしまったような魔女がいた。

魔女は年老いた母親を施設に入れた。それは母親が望んだからだ。

あれだけ、母親の為にしてきた事は何だったのだろう。魔女にはわからなくなった。

母親が亡くなり、魔女は仕事も定年になり、一人きりになった。

他のきょうだいは家族を持ち、子供もいる。

魔女は眠れない夜をビーズ手芸をする事で時間を過ごすようにした。

孤独な夜をただひたすらに。孤独な夜の数だけ、ビーズの作品は増えていった。

魔女は世界中で自分だけが息をしてるんじゃないかと考えたりした。

そんな夜を20年近く過ごして、魔女は施設で暮らそうと決めた。


魔女は姪を頼って西の施設に入った。

人との暮らしは楽しい事ばかりじゃなかった、喧嘩もしたり、姪に八つ当たりも随分とした。

あれほど助けてやった妹から

「この子は私の娘で姉さんの子供じゃ無いのよ!ワガママばかり言わないでやって!」

と言われた時、魔女の中で何かが壊れかけた。

魔女は日に日に少しずついろんな事を忘れるようになっていった。

魔女は忘れたくないことを繰り返してメモをした。

それは、両親ときょうだい達の名前と生まれた日、既に亡くなったきょうだいの命日。

魔女は忘れてはいけない、それが自分の役目だと思っていた。


93年目の日、魔女は息を引き取った。冬のことだった。

魔女は見た、空から雪が降ってきたのを。あの日、生まれた時も空から雪が降っていた。

雪の女王がソリに乗りやって来た。

「長かったわね。あなたは魔力も取り上げられていたのに、ただのヒトとしてナサケの心を真っ当したのよ。誰にでもできることではないわ。もう、充分。お疲れ様。

さあ、私と一緒に高く高く空へ向かっていきましょう。」

魔女は安心した。間違えてなかったんだ。この道で良かったんだと。


魔女の亡骸の顔は微笑んでいた。






















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