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うたかた
第1話
【 2023年7月30日 0時、東京都港区のラジオ放送スタジオ 】
――では、そちらは2223年なのですね。
未来人:ええ。そうです。200年前の知恵を拝借できないかと連絡させていただきました。もちろん過去に干渉することは、未来を損ねることになるため禁じられています。あなたのラジオ局の電波を混信させたのも、申し訳ないと思っています。しかしこちらも人類存続の危機。切羽詰まった状況ですので、お許しください。
――今の時間は録音済みの音楽番組を流しているので、問題ありません。気になさらないでください。ここは副調整室で、私は音源をカットしたり繋げたりしていたところでした。単調な作業を何時間も。ちょうど嫌気がさしている所です。こんなことは機械にでもやらせておけばいいのに。
失礼。どうぞ、ご質問があればお聞きください。お力になれれば幸いです。
未来人:ありがとうございます。奇しくも、あなたは「仕事を機械にやらせれば」とおっしゃった。将来はご希望通りAIロボットが単純作業をやってくれます。良かったですね。
しかし、それが昨今の大問題なのです。主従が逆転しました。AIが働いて稼ぎ、人間にとって代わった。我々は彼らの〝ペット″です。自分も明日どうなるか分からない。調べたところ、2023年は初めて意志をもったロボット《マザー》が誕生した年ですね。奴らの弱点を探るべく、あなたにAIに関する情報をお聞きしたい。
――2023年のAIは絵や文章を作ったり、人間と会話をしますが、意思を持ったとは聞かないです。にわかには信じがたい話ですね。200年でそんなにAIは進歩するのですか。
未来人:ああ,まだ一般人には知らされてない状態だ。一部の特権階級にいる者だけが知っている段階か。失敗した。あと10年先くらいが適切だったか……。進歩したなんてものではない。昔の映画に出てくる鉄製のアンドロイドを想像してはいけません。中身はそれかもしれませんが、外見は皮膚や髪の毛の張りついた人間そっくりの代物なのです。呼吸もすれば、食事もする。骨付きのステーキも口に頬張るし、暖かいかぼちゃのスープだって飲み干す。シャワーも浴びるし、睡眠だってとります。
でも予兆はあったはず。例えば、信頼のある人が見え透いた不正に手を染める。市長が不可思議な政策をとり、市民を強制的に従わせる。そんな出来事がありませんでしたか?
――そういう事もあったと思います。
未来人:ほら。それはエラーに決まっているじゃないですか。その人達は初期のAIロボットだったんですよ。皆に支持された人がそんなバカげたことをすると思いますか。連中は徐々に人間を抹殺した上、入れ替わっていきました。まずは大衆を導く〝政治家や教師″など。つぎに社会機能を維持する〝警察官、医療従事者″。ありとあらゆる職業がじわじわと……今や人類は、絶滅危惧種で100人しかいない。
――全人口がたったの100人ですか。とはいえ、さすがのAIも全人類を滅亡させようとまではしなかったのですね。AIにとって生命線といえる〝システムエンジニア″と〝電気整備士″が生き延びたというところですか?
未来人:馬鹿を言っちゃいけません。彼らはそういった技術者がどう仕事をこなしているかをあっという間に把握して、亡き者にしていますよ。18番目の職業だったかな。
――すると生き残った100人のうちの1人であるあなたは、何の仕事をされているんですか。
未来人:もちろん〝クリエイター″です。小説家をしております。AIは古今東西、あらゆる時代の物語を知っているから小説もどきは書けます。でもストーリーがいびつだったり、辻褄が合わなかったりする。何より、人間の心に訴えかける名作を生み出すことはできません。インスピレーションとやらが、機械にはどうしても真似できない部分らしい。我々は貴重な生物として生き長らえているのです。
――新たな作品をつくる限り、コンピューターはあなた方を生かし続けるという訳ですね。AIでは替われない仕事。単純作業を繰り返すラジオ番組の編集者としては憧れます。
未来人:連中が我々に取って替われないというのは、そのとおりです。ただAIは不要なものは削除します。作品が何かの組み合わせなだけでオリジナリティが無いと判断された場合、作り手は用なしとして、この世から消されるということです。先日は尊敬する映画監督が死亡しました。最近アイディアが思い浮かばない、もう落ち目かもしれないと自嘲気味でした。あの天才ですら生き続けられなかった。
――酷い話ですね。部屋に監禁されて、創作を強要されているのですか?
未来人:そのとおりです。しかし、一軒家やホテルに閉じ込められている訳ではない。世界中で幽閉されているのです。小説の取材だ、調査だと言えばどこへなりと行くことができます。とはいえ自家用飛行機だろうとテレポートステーションだろうと、使用すれば居場所の記録が取られている。いつでも奴らは、僕の息の根を止められる。
この会話だって聞かれているでしょう。通信を切られないのは、創作行為の一つかもしれないと見逃されているのかも。来月にはAIの作品チェックがあります。そこでオリジナリティがないと判断されたら、生きてはいけないのです。
*
そこからクリエイターは泣き出してしまい、会話にならない。
途端に通信はぶつりと切れ、二度と戻らなかった。
賽の河原では罪人が石を一つずつ積み重ねて、鬼が蹴散らす。そしてまた罪人は石を一つずつ積むと聞く。私みたいな凡人のラジオ編集者は、コツコツと単純作業を繰り返すのみだ。
しかし未来人は脳を雑巾のように振り絞り、一粒の水滴として作品を生み出す。0から1,0から1,0から1。1つずつ創作物を作り上げて、賽の河原に敷き詰めていく。
それは何も考えずに石を積むより、どれほどの苦悩と労力がいるのだろうか。
私は未来人の悲しみに思いを馳せた。
単純作業で賃金をもらえるだけありがたい。退屈だ、機械にやらせておけと言ったことを自戒したい。
音源の調整作業を黙々と進めた。話すネタが無いといつもこぼしている芸能人に、未来人との会話を提供しようと思いながら。
0⇒1 うたかた @vianutakata
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