デジタル王国の崩壊

うたかた

第1話

 きっかけは、2020年代に販売された携帯電話のアプリケーションであった。

 その『偉人に会って、聞いてみよう!』は、各界の既に亡くなっている有名人と対話ができるというものだ。文字を入力すると、偉人たちが返信をしてくれる。

科学者がアインシュタインに意見を求め、作曲に行きづまった音楽家がベートーベンに相談をし、コメディアンがチャップリンと意見交換をした。労せずして儲けようと、三億円事件の犯人とやり取りする者もいた。

 携帯電話で手軽につかえ、面白いと飛びつく人が多くいたが、爆発的なブームと同様にあっと言うまに廃れた。

 だが、このアプリケーションに夢中になった佐藤少年は違った。自身で類似のプログラムを作って、『偉人に会って、聞いてみよう!』の失敗点を考えた。結果、彼はデータ不足が原因と考え、生前に資料を多く残した著名人に徹底した調査をはじめた。

 国立国会図書館で著書はもちろん、関連する論文や批判書・専門書・エッセイ等を借りあさってデータ化。残存していれば、過去の映像も探して、発言をコンピューターに打ち込む。

 また有名人の現地まで赴いて、生家の風景を写真に撮り、親族への取材を行った。親や子供に孫、親戚など。「あなたに会いたい一心なのです」とぶつぶつ呟く彼の姿は、親族たちに情熱を感じさせた。

「小学生時代の彼が影響を受けた先生はいますか? 先生ではないが、友人の発言が。それは興味深い。その方の話も聞かないと……」

「ええ、公言は致しません。何ですって、思想家の愛人がいた。日記が残っている。ああ、何としても拝見しなくては」

 彼らは故人との思い出や発言の意図などを、事細かに語るのだった。


 佐藤少年の両親は、世界に名高いインターネット企業の重役であり、掃いて捨てるほど金があった。彼らは一人息子がコンピューターへ熱を上げているのを誇らしく思い、彼の活動にいくらでも資金を提供した。偉大な故人をデジタルデータで復活させる計画は、画期的だ。世界の食糧難や異常気象。資源の枯渇に増えすぎた人口。人類の持つ様々な問題を、温故知新の精神で解決するかもしれない。


 数十年が経って中年になった佐藤氏は、巨大コンピューターに十数名の偉人を住まわせることに成功した。大画面のモニターも取りつけ、偉人たちの討論を文字で表記させた。

「あら、フロイトとユングが仲良く精神医療への考えを褒めあっている。しばらくしたら決別して罵り合うけど、今は微笑ましい」

「志賀直哉と太宰治が口喧嘩しているけど、僕にはどちらも正しいように思える。そもそも立っている土俵が、お互い違うんじゃないか? 彼らの話は、いつでも平行線だな」

 コンピューターの維持費や、拡張していくメモリーの購入。経年劣化に伴って部品を入れ替えるなど、必要な事は両親にねだれば、いくらでも対応できた。また、彼らの紹介で一流企業の社長や、大学教授、政府機関の要人などが意見を求めてくる。それに対してこのコンピューターを使って回答することで、それなりの料金をいただく。

 佐藤氏は日中つきっきりで、コンピューターの世話をしていた。夜には高級ワインを片手に、薄暗い部屋に光るモニターを眺めて、暖かくなった情報処理部分を撫でる。あれだけ会いたいと願っていた著名人を、でかい箱のなかで生活させることに生きがいを感じていた。


 佐藤老人はデジタル王国を作り上げた。

 文字だけの生活も味気ないため、コンピューター内に〝世界〟を構築したのだ。まずは大きな島を作り上げた。それから白と黒で統一した住居群。おうとつのない平たい道路。水の勢いに強弱をつけられる川や、高さが自由自在に変えられる山。

偉人たちの個人データも、人間の形にした。本人が気に入らない体のパーツは、修正可能である。

 次に食事。フランス、中国、日本と各国の料理を名人が作る。食べると、生前の最良な味を想起される仕組みだ。建物についてもこだわった。荘厳で目を見張る内装の教会。各国の言語で書かれた書物を、無尽蔵に所有する図書館。広大な敷地を持つ遊園地や映画館、ショッピングモール。お洒落好きのための、様々な衣服。大昔の物から近代の物まで、各時代の流行を楽しめる。

 演奏会では、生きていた時代をこえた偉人たちの協奏を聞けた。迫力のあるマーラーの指揮で、モーツアルトが流麗なピアノを演奏する。ジョンレノンが透き通る歌声を披露する後ろで、ジミーヘンドリックスが唸るギターを轟かせる。

 各界の偉人たちも百名程度に増えた。また、最近では現実世界からデジタル王国に籍を移す富豪も現れた。つまり現実世界で安らかに亡くなる処理をして、デジタル王国で快適に過ごすのだ。世界を移動するためにデータの読み取りが必要だが、コンピューターの情報処理速度も格段に上がった。以前ほど手間と時間はかからない。とは言え高値なので、一般人には手が届くものではないが。

 この特権階級にのみ得られるメリットは凄まじかった。餓えに悩むことはない。地震や水害、火山の噴火などの自然の猛威に怯えなくてもよい。暑さ、寒さで不快な思いをする事もない。体は疲れないし、老いることだってない! 永遠の命を手に入れているのだから、飽きるまで生き続ければいい。

 そして、王国の完成を見守りつづけた佐藤老人も身体を捨てて、デジタル世界に引っ越すことにした。


*******

 サトー王が華々しくデジタル王国に降りたち、百年が過ぎた。当時は創造主の凱旋を、国民総出で盛大に祝った。花火を打ち上げて、豪勢な料理と酒を振るまい、どんちゃん騒ぎをした。王がやってきた祝日とした。しかし、これだけ時がたつと、彼は今や退屈していた。

 偉人たちは自慢話ばかりで、こちらの話を聞かない。新しく来た住民も各分野で一流なためか、話が嚙み合わない。コンピューターに関わって一生を過ごしたサトー王には、共通の話題や友人ができなかった。

「私が偉人たちに会いたいと願ったように、誰か私に会うことを望む人間がいるはずだ。現世の人たちはデジタル王国に憧れているだろうし、絶対に会いたいはずだろう」

 サトー王は行動を始めた。まず、現実世界の機器をあやつる。

 町の監視カメラから、今を生きる人々の容姿と動作を把握。体重・身長・視力・聴力・持病を病院のデータから吸いあげた。通話内容、電子メールのやり取りから言葉使いと性格を読みこむ。クレジットカードの購入履歴から、趣味・趣向を記録。 そうだ、彼らのデジタル王国での所持金は、銀行の預金データを引き継ごう。

 そうして、一般人を王国に迎え入れることができるデータ処理が終わったら、後は現実世界での体の消去だ。薬品会社の薬品製造機器を乗っ取り、有害物質を飲み水に混ぜ込んだ。それも面倒な時は小型爆弾の起動装置を誤発射させた。

 デジタル王国の人口は爆発的に増えた。デジタルな世界とリアルな現実が逆転する。サトー王は感慨にふけって、新規の住民に演説をした。

「夢の中の出来事と思っていた、美しく舞う蝶が本来の貴方だったのです。ここが現実です。全てを手に入れることができますから、欲しいものに苦労することもない。仕事や恋愛で悩むこともない。飢えも老いも、病気すらない。愛する者との別れもない訳です。理想の生活がある。さあ、好きなだけ生きてください。」

 これが本当の世界なのだと、招かれた人々は思う。なんという素晴らしい場所であろうか。サトー王への絶賛の声が上がった。

 優秀な機械工はサトー王の話相手とさせるため、側近とした。ただ王国維持のため、コンピューターのメンテナンスが何とかできるくらいの機械工は申し訳ないが、現実世界に残した。また、その機械工が生きるために必要な農家、漁師等も残した。悪党は招かなかった。


 ローマ帝国より長命だったサトー王国の終幕は、実にあっけなかった。原因は、ちっぽけな生物である。一匹の羽虫だ。

 ある日、機械工が整備のために、巨大コンピューターのある部屋に入った。その時に機械工のズボンに張り付いていた虫が、紛れ込んだのだ。それはコンピューターを冷やす風を避けるため、暖かい機械内部の奥に潜り込んだ。当然のごとく虫は感電。焼け焦げて塵と消え失せ、同時にコンピューターもデータが消失した。

 この精密機械の重大エラーを直せるほどの機械工は、すでにデジタル王国に移住している。サトー王が残した『取扱説明書』は電子化したが、デジタル王国に保存しっぱなしでコピーを取らず。

 念のため金庫に入れておいた紙の『取扱説明書』は、時がたって肝心な部分が色あせていた。解読不能である。

 

 ──こうして人類英知の集合体であるデジタル王国は、崩壊した。

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