オジサン、ショウカン!
うたかた
第1話
僕は暗い自室で、六芒星のかかれた魔法陣を前に愕然としていた。
呪文を唱え終えた途端、円のなかに何者かが現れたからだ。まさか本当に悪魔がショウカンできたのか。これで学校の奴らに復讐してもらえる! 小躍りするところだったが、どうも様子がおかしい。
確かに頭の両端からは角が生えているし、尻尾もある。全身紫色で悪魔には間違いない。だがスリムな八頭身で、鋭い目つきをした凛とした姿ではなかった。本の挿絵で見たようなイメージと違う。
くちゃくちゃと何か噛んでいるし、飲料缶をぐびぐび飲む小太りな姿はとても人間臭かった。いや、まん丸のお腹をしたオジサンだ。
「うわっ! マジか。ここ地上やんか? 何十年ぶりなん~」
オジサン悪魔は酒臭い息を吐きながら仰天している。キョロキョロと辺りを見まわしている。そして僕を見てあわてて、スルメイカとビール缶を床において声色を変えた。
「ワッハッハ。愚かな人間よ、我を呼びだして何を望む」
僕は右手で顔をおおった。──こりゃないよ。予算のないB級映画でもこんな配役はしないぞ。
確かに生贄を捧げていない。魔法陣も鶏の血じゃく、赤いチョークで描いた。悪魔を誘うお香も、百均で購入だ。
でもだからといって、こんな迫力のない悪魔がでてくる? 顧客を舐めすぎじゃないか。人間界の中学二年生なんて、悪魔からしたら赤ん坊かも知れないけどさあ。
「僕は人を呪うために悪魔を呼んだんだよ。オジサンで大丈夫なの?」
「なんや自分。黒いフードのついたローブなんか着て。中二病ってやつか」
オジサン悪魔はぷっ、と吹きだす。僕は(暗くて見えないだろうが)顔を赤くする。
「僕の寿命と引き換えに、クラスのやつを酷い目に合わせるってできる?」
「もちろんっ……できん! 自慢じゃないけど、オレは有限会社悪魔の窓際族やで。定年で片付くまで、そこにいろって社長に言われた」
なぜか胸をはってオジサンはいう。ぐびりとビール缶を口に傾けて、げっぷをした。
「次回は立派な悪魔を呼ぶようにしたってや。オレは帰るわ。その前にトイレ貸してえな」
魔法陣から出ようとする。すると、見えない壁にぶつかったようによろけた。
「多分……取引を終了しないと出られないんじゃない。映画や漫画でも取引しないで帰るのみたことないし」
オジサンは何度か脱出を試みて、あきらめて魔法陣のなかであぐらをかいた。
「ほんまやんけ。仕方ないなあ。呪い殺したりはできねえけど、お悩みを聞いたるよ。ほれ話してみい」
ふわあーと大きく欠伸をして両手を伸ばす。
*
僕はクラスで無視させている現状を、オジサンに切々と話した。初めはグループのリーダーと馬が合わなかっただけなのに、だんだんと無視する輪が広がりはじめて。
意外にも悪魔は懇切丁寧に話を聞いてくれた。僕がどんな話をして、いつリーダーの逆鱗に触れたのか。無視する奴らにも本意じゃない人がいるんじゃないのか。
僕はだんだんと冷静に窮地を考えられた。
「それは辛かったな。悪魔みたいな奴やで、ソイツ。死後にドラフト一位で指名したいくらいや。でも自分も、嫌がらせしてくる相手には意思表示せんと。呪術に頼っても根本的な解決にならんで。社会を生きていくと、そんな悪魔みたいな奴ぎょうさんおる。やだ~人間界こわっ」
時折ボケを入れてビール缶を揺らすものの、その目は真剣だった。
「無理に一人で戦う必要はないで。そこは、ここを使って」
オジサンは、こめかみをコツコツと叩く。
「親に相談するでもいい。教育庁に電子メールを送るなんて手もあるやろ。これも何かの縁だ。俺が人間に化けて、甥っ子をひどい目にあわせやがって、って一緒に学校に怒鳴りこんでやってもいい。こっちを片付けようとする奴には、反抗せんと」
僕の顔をじっと見て解決案をかたる。その熱い視線に僕は鼻の奥がつんとなる。泣きそうだ。「ありがとう」と魔法陣のなかへ、冷蔵庫にあった枝豆を差しだす。
オジサンは「これで取引終了やな」とつぶやき、円から足をだした。今度は見えない壁に弾かれることなく、外に出られていた。
「ほな、トイレ借りんで」
僕は魔法陣にもどって、魔界へ帰ろうとする悪魔にたずねた。
「オジサン。どうしてこんな面倒見良いのに窓際族になっちゃったの?」
「……昔、オレがまだ若手だったころ。飲み会の後、サタン社長の奥さんリリスってのに誘われたんよ。断ったらあることないこと、社長に吹き込まれちゃってな。会社改革をしようとしていた姿勢もうざったかったんだろうなあ。そうして、人間にもショウカンされることのない僻地に飛ばされてん。上からしたら上手―く片付けた、というところやろな」
赤ら顔をしたオジサンは、僕に向けてウィンクをする。
「でも君に偉そうなこと言っちまったからな。オレも閑職であぐらをかかずに抵抗することにするよ……達者でな」
「うん。僕も頑張るよ。オジサン、さよなら」
オジサンがぱちりと指を鳴らす。
暗い部屋の魔法陣に一瞬、光がともって悪魔は消えた。
僕の目に、オジサンの笑顔が残像として少し残った。
オジサン、ショウカン! うたかた @vianutakata
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます