サバイブ
うたかた
第1話
この世からあと二人テロリストを追い出せば、久し振りに足をのばせる。
民間の軍事会社に雇われた男は、近づく休日に胸を躍らせていた。
大気を切り裂くプロペラが、轟音を撒くヘリコプター。それでこの国に降り立ってからというものの、彼は働きづくめだった。足を取られる沼地も歩き続け、罪人を見逃さないよう街では目を皿のようにする。
過労で頭がオーバーヒートしそうな時もあった。
一人では無理な任務かもしれない、と諦めかけもした。
何とかここまで持ちこたえたのは《この殺しが世界の為になる》と分かっていたからだ。
テロリストは合計八人だった。
彼らのなかには要人の邸宅を爆破しようとした者や、機密事項を他国へ持ち出そうとしたスパイなどがいた。危険思想に憑りつかれた彼らは、一般市民に紛れ込んで地元の警察でも見分けがつかない。
国家権力では誤認逮捕などの誤りが許されず、不法な手段も取れないため苦戦する。しかし彼らの思想に感化される者もいるので、早めの駆除が肝要なのだ。
そこで国は、軍事会社随一の〝捜索力〟を持つ男、ソフトに依頼をした。
彼の名前の由来は、ボスが好きな映画『キリング・ミー・ソフトリー』からだ。ボスは彼に会うたびに、その映画を観たかと訊く。余暇をジムでのトレーニングや、情報誌を読むことで過ごすソフトは黙ってかぶりを振る。
会うたびに言われるので、ソフトは気になって内容を調べたことがある。官能的なサスペンス映画らしい。ボスにどういった点が良い映画だったのか、尋ねた。
ボスは驚いたように目を見開いた。
質問をされるなんて思いもよらなかったという表情。しばらくのフリーズの後、顎をひとなでして「それはお前、なにせ女優が綺麗だ」と歩き去った。
ボスはソフトのあだ名を複数考えていたが、大概が映画のタイトルだった。
ソフトが聞いた中で、最も悲惨なものは『ダブル・オー・セブン』だ。略してダブル・オーと呼ばれても、殺しのライセンスを持つ怪しい男となる。
街中で誤ってその名で呼ばれたら、四方から銃口を突きつけられてもおかしくない。
それに比べたら、ソフトという名前で良かったと思う。
とはいえ『キリング・ミー・ソフトリー』と呼ばれるように、優しい仕事をした試しはないのだが……ソフトは苦笑いする。
ただ、相手をいたぶってとどめを刺す陰湿な他社の傭兵に比べると、短い時間で決着をつけるから優しいと言えるのかもしれない。
ボスの名づけの感性はいかれている。
とはいえ我々の仕事は、通常の商売ではない。殺し屋稼業だ。感覚がずれていなければ務まらないのかもしれない。
二
昼下がり、ソフトは海岸沿いに来た。
海面が陽光を弾き、輝く無数の弾丸を浴びせてくる。
一軒家に着いた。建てられてだいぶ経つのだろう。レンガ造りの外壁は色あせて、砂浜と同色だ。ここに残党二名がいることはリサーチ済みである。
ソフトは早足で入り口に駆け寄った。ドアノブに手をかけて回す。驚いたことに鍵がかかっていない。凶悪なテロリスト二人の住み家にしては不用心すぎる。
扉を押すと、部屋の中央テーブルに一人目がいた。椅子に腰かけ、分厚い本を読んでいる。ソフトは低く、だが通る声で、手をあげるよう指示をした。
男は来訪者に視線をやり、観念した表情をする。本をテーブルに置き、両腕をあげた。
黒縁の眼鏡をかけた痩せぎすな男だった。
大それたことはしそうもない、分別わきまえた大人に見える。理知的な雰囲気すら漂っている。
「見逃してはもらえないか」
テロリストは緊張を抑えた口調で、ソフトに頼んだ。できない相談だ。傭兵は首を小さく横に振り、標的に近づく。
九ミリ口径の銃口を、彼の頭に突きつけた。男は眉間に皺を寄せて、目を固く閉じる。だが、言葉は続けた。
「僕と君は同じなんだよ。この国が壊れたり、時代が移り変われば、二人とも用なしになる。跡形もなく消される。大局的に見れば君は僕なんだ。似た者同士さ」
「それがお前らの思想なのか? 訳の分からない事を言う。お前がくたばっても、俺は生き続ける。お前らのような病原菌がいなくならない限り、世界は平和にならない。くそったれな理想をあの海に流して、普通に生きられないのか」
「申し訳ないが、不可能だ。生きる目的を手放すことはできない」
「それは俺も同じ。分かり合えないな──もう十分だ。じゃあな」
男に別れの言葉を告げ、ソフトは銃の引き金に手をかけた。と同時に、背後から銃声が鳴った。
ソフトの脇腹に激痛が走る。
くそ、二人目か! 苦痛に顔を歪めながら、座る男の頭部に銃弾を撃ち込む。銃弾は男を貫き、樫の木のテーブルの中央を粉微塵にした。木くずがまき上がる。
振り返りざま、射撃された方向に二発撃つ。
ぐっ、とくぐもった声がした。命中したらしい。
ソフトは入り口付近に潜んでいた二人目に飛びかかった。馬乗りになると、逆光で黒い影だった相手の姿が見えてきた。顔写真で確認済みだったが、十代後半くらいだろうか。思ったより若い。
青年の肩からは大量に血が溢れている。
止血すれば助かるだろうか。
若者には更生の余地と時間があるはずだ、とソフトは思う。
しかし少年の燃えるような瞳は、その甘い考えを強く否定していた。ソフトは彼の覚悟と信念を認め、躊躇しながらも引き金を引く。
ソフトは事切れた彼の顔に手を伸ばし、その瞼を閉じた。大きく息を吐いて、外に出る。目の前にぎらぎらした海が広がっている。泣き叫ぶような強い向かい風の音と、激しい波の音。
ボスが海について語っていたことを思い出した。
「母なる海は穏やかで、静かなイメージがある。凪いでいる時はそうかもしれない。だが貝殻を耳にあてるだけでも、音が聞こえるだろう。魚やタコ、それに鯨やシャチみたいな哺乳類など、大勢の生き物がいるんだ。海の中は話や情報で満ちている。海の外だって風の歌、波のお喋りでうるさいくらいだ」
気取ったフランス映画のセリフでも盗んだのだろう、ボスの戯言。
それが真実だとしたら、今の海は仕事を終えた俺を拍手喝采してくれているのか。それともその無意味さを非難轟久としているのだろうか。
「俺と世の病原菌が同類だと」
くだらないと思ったテロリストの言葉。それが妙に頭を離れない。両者とも用をなさなくなったらお払い箱になる。俺も奴と同じく消されてしまう?
今やソフトの魂は、空気の抜けた風船のように哀れだった。奮い立たせようと、雄たけびをあげる。
「俺は生き延びるんだ! 何としてでも、サバイブしてやる」
その慟哭はしかし、海風の轟音にかき消されていった。
三
「お客様、終わりました。お時間を頂戴して申し訳ありません」
ロボット販売店で、恐縮した様子の店員が老婆に声をかける。
そして、人型ロボットの頭部に繋がったコードを丁寧に抜いた。ロボの瞼がゆっくり開き、瞳孔に緑色の明かりがともる。
【ハロー、ご主人様】
AIロボットは蛍光色の瞳を老婆に向けて、口を開いた。
「うちのセキュリティ対策ソフトで、ウィルスを駆除しましたから。もう大丈夫。ソフトはお客様のロボットに組み込みました。しばらく起動しないでしょうけど、またウィルスが侵入しようとしたら、仕事してくれますから」
店員は作業内容を説明した。
老婆は出されたアイスティーをすすり、待たされた不満から文句を言う。
「そりゃ私だって家庭用ロボにウィルスソフトを入れる事くらい知っています。でもそれって、本体を購入した時に普通入っているものじゃない?」
「失礼ながら、中古購入されていますので。基本機能だけしかついておりませんでした。その分、値段がお安かったかと。今の時代、ウィルスはいつ襲ってくるか分かりません。対策ソフトは車の自賠責保険や、生命保険くらい必須なもの。お気をつけくださいね」
老婆は受付で店員に商品の代金と作業料、それからチップを払う。想定より安かったのだろうか。しぶしぶの様子ではあるが、礼を述べた。
「少し時間をとられたけど、まあいいわ。これで料理を安心して作ってもらえる。ロボットの呂律が回らなくなった時は、本当にびっくりした。クリームシチューの料理方法を検索しただけで、調理も始まっていないっていうのに。そんな状態から直してもらって助かりました。どうもありがとうね」
店員はにこやかに笑顔を返し、老婆を見送る。連れ立つAIロボットと彼女の姿が雑踏に消えると、店内のポップソングが軽快に響いた。
彼は真顔に戻って同僚に不満をこぼす。
「ああ、疲れたな。信じられるか、今の時代にAI機器のセキュリティを考えていないなんて。起動してすぐに、八株もウィルスにかかるんだもの」
大きく伸びをして、コーヒーを入れるため給湯室に足を向ける。
プログラム担当者の席を通り過ぎるとき、報告をした。
「うちのウィルスソフトも残り二株で処理時間がかかったな。でも、新作への入れ替えはまだしなくていいレベルだ」
サバイブ うたかた @vianutakata
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