雪夜の歩き旅

うたかた

第1話

 都内にある大学の文学部を卒業したものの、特にやりたい仕事がなかったので、SEの就職面接を三社受けた。コンピューターが相手であれば、人に接する時間は少ないだろうから。

 ぼくは梶井基次郎を愛読する、ナイーブな若者だった。他人と一緒に作業をして、相性に思い悩みながら、生活費を稼ぐなんてできない。

【桜の樹の下には死体が埋まっている】。

 そう信じないと外で花を愛でる事も出来ない、梶井基次郎の悲哀に満ちた心情がよく分かる。太陽のように明るく、丸い心を持つ人々なんてあり得ない。現に、ぼくの心はいびつな楕円形だ。

 そして、いびつゆえに『一緒に働こう!』と言ってくれる物好きな面接官はおらず、就活はすべからく失敗に終わった。自室にこもるヤドカリとして日々を過ごす。好きな日本文学を読み漁り、レンタルビデオ屋や図書館の名作コーナーで古い洋画を借りまくった。夏目漱石、志賀直哉、芥川龍之介や遠藤周作。トリュフォー、ゴダール、キューブリックにスピルバーグが友達である。

 

 三月一日の深夜。来月には新年度が始まり、人々が新生活への航海を始める。

 ぼくはまるで寝つけなかった。なかなか夢の世界への入場許可が下りない。世間の大学四年生は、就職先の業務内容が気になって悶々としているかもしれないが、ぼくは将来への不安で眠れない。このまま定職につけず自宅に引きこもることになったらどうしようか……親にずっと世話になっていく訳にもいかないし……生きていけるのだろうか。

 ふと、心の奥から〝歩きたい〟という強烈な想いがやってきた。

 物理的にも精神的にも重たい布団を体から、エイッと剥がす。両親を起こさないように物音に気をつける。寝間着のズボンをジーンズに履きかえて、上着は寝間着のまま、ダウンジャケットを羽織る。財布だけ、ジーンズのポケットに放り込む。

 玄関で白スニーカーを履いて、家をでた。実家前の小道をまっすぐ歩き始める。行き止まりになったら分岐路まで戻って、左側の道を選んでまっすぐ。十字路になったら左へ。ひたすら歩いて、奥へ奥へ。

 飛行機も電車も車も、自転車さえも使わない、徒歩だけの旅だ。外国に行けるわけでもないし、途中で力尽きて県もまたげないかもしれない。具体的に行きたい場所も、目的もない。ただ、ひたすら両脚を動かしたかった。


 歩を進めながら、早い段階でスマホを持ってこなかったことを後悔した。

 深夜に歩くのであれば相棒が必要である。軽快な音楽を聴いて足を軽やかにし、ラジオDJの話で心弾ませたり。それがない。だから、退屈な時間の過ごし方としては、自分との対話しかない。

 だが、それもまた飽きてしまった。そりゃそうだ、人に語れるほど起伏のある人生を送っていないのだ。とはいえ、腐っても文学部卒である。様々な物語を頭に浮かばせて、難を逃れた。


 就職できなかったためか、まずメーテルリンクの『青い鳥』を思い出した。この本のテーマは、幸福を探す旅、だろう。

 チルチルとミチルが幸せの青い鳥をさがして、思い出の国や、夢の国。それから未来の国を旅する。しかし、結局は自宅に青い鳥はいたという。

 では初めから自宅を隈なく、目を皿のようにして探せば幸せはあったのか。身近に存在していたのか。

 ──いなかったのではないか。様々な国を旅して、どこにも満足できなかったから、飼っている鳥が幸福の鳥だと思えたのだろう。比較した結果だ……そうすると、幸せは自分の捉え方次第なのか。アラブの石油王も心が満たされなければ不幸だし、貧しくとも充実した日々を送れば幸せだ。もちろん限度はあるだろうけど。

 

 歩きだして一時間以上は経ったころか。信じられないことに、雪が降り始めてきた。勘弁してくれ、今は一月や二月じゃないぞ。三月の初日なのに。

 小粒でふわふわとしたそれは重量感なく、アスファルトに着くやいなや溶けていく。


 雪の影響だろう。次にぼくの頭に浮かんだのは『笠地蔵』だ。

 大雪、降り積もる大晦日。地蔵たちが可哀そうだから、自分の笠を地蔵に差しだす優しいおじいさん。帰宅してばあさんと「良いことをした」と慰めあい、極寒のなかで体を寄せあって寝る。すると地蔵が、米俵などを大量に彼らの家前に置いて立去る。老夫婦は良い新年を過ごしました。めでたしめでたし。

 教訓としては、善行は巡り巡って自分のもとに返ってくる、というところだろうか。

 この話は、幼少期のぼくの心に引っかかるものがあった。繰り返し、繰り返し本を読んだ。すると、真相がわかった。

 おじいさんは地蔵に笠を譲って、帰路につく途中で亡くなっている! それはそうだ。大雪の日に笠も売れない絶望を味わったら、気力がなくて道中で倒れるだろう。お婆さんも働き手が帰ってこないから、生きてはいられない。いずれ亡くなっただろう。すると、地蔵が運んできた食料をもとにした素晴らしい日々とは何か? それは無論、天国での生活に違いない。

 

 こうして『青い鳥』も『笠地蔵』も、最後はハッピーエンドで終わる。(笠地蔵の老夫婦は可哀そうではあるが、天国に行っている)。共通するのは何か、回答を出したい。ぼくの人生もなるべくは、幸福に締めくくりたいから。

 思考にふけりながら、信号機のボタンを押す。夜は明け始めたが、小粒で柔らかい雪は降りつづけていた。

 赤信号が青になり、ぼくは前進する。道の両脇には畑や田んぼが増え、千葉県の実家、住宅街の風景とは異なってきた。

 

「たぶん、諦めだ」はたと足を止める。

 チルチルとミチルは他の国と比較して、自分は幸せだと断言した。笠地蔵のおじいさんは、生きることを諦めて、地蔵を助けた。両者はともに高みを目指さないで、幸せを得たのだ。

 

 ぼくは更に数時間、無心で歩いた。足に痛みはないが、寒さで麻痺しているだけなのかもしれない。

 コンクリートの壁が眼前に現れた。左右を見渡してみるが、端が分からない。階段があったので登ってみると、磯の香りが鼻孔に広がった。海だ。広大な太平洋は凪いでいて、幾重もの緩やかな波を岸に寄越していた。果敢に降りそそぐ雪は相手にもされていない。

 九十九里浜まで来たらしい。

 こうなるとモーゼでもないぼくの旅はオシマイだ。海を割ることもできないし、海上を歩くわけにもいかない。ふーっと大きく息を吐いて、堤防の上で大の字になった。弱々しくも、しつこいくらいに降っている雪はいつの間にか少し積もっていた。ぼくの背中の軽いクッションになっている。夜明けの空を見上げると、ぼくの視界は舞いおりる雪で銀色に染まった。

「いいぞいいぞ。降れよ、雪。もう降りまくって……海を埋めてくれ。そうしたら海外へ逃亡するから」

 なんだか笑えてきた。

 だが三月の降雪にはそんな余力はなかった。一月と二月に全力を尽くす彼らにそんな奇跡を期待するのも酷な話だ。ピークはあっという間に終わり、雪もそれ以上は積もらず。

 雪が止むと、ぼくの歩き旅への情熱もすっかり消え去ってしまった。このまま、大の字で寝そべって凍え死ねれば楽かなと思っていると──大きく腹が鳴った。どうやら身体はまだ生きていたいらしい。想定外に大きな腹の音に笑いが漏れる。

 ぼくの堤防での休憩の隙を狙って、疲労が足に襲いかかってきた。ろくに寝ていないから眠いし、土踏まずに鈍い痛みが走る。復路の道のりを考えながら、足をさする。これは、徒歩で帰るのは不可能だろう。何とか上半身を持ち上げて立ち上がった。

 とはいえスマホを持ってこなかったので、バス停の場所すら分からない。対人恐怖症のぼくにしては勇気を振りしぼり、道行く人に場所を聞いて、最寄りのバス停を把握した。

 そうか。こんなことすら一人ではできないのだ。人と関わらず生きていくことなんて、無理に決まっている。



「ただいま。母ちゃん、お腹が空いた」

家に着くなり母にそう言ったが、食卓にはすでに味噌汁、それにお握りが二つ置いてあった。父親は出勤していたし、洗濯物を干す母はぼくに何も聞いてこない。

「明日、バイト探すわ」と母が聞こえたか分からない程度でつぶやき、自室に戻る。ぎこちないロボットのような固い動きで、箪笥から着替えとタオルをもって、浴室へ。ぼくは熱いシャワーに、心地良い幸せを覚えた。そして、温まった身体で布団にはいり、あっという間に深い眠りについた。

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