宙を見上げて

うたかた

第1話

 飲み屋の白壁に、男性アナウンサーの姿が映っている。3Ⅾホログラムの報道番組だ。芸能人の不倫に、人気歌手の新作の話、スポーツの結果。代り映えしない話題が続く。変わったところは〝空飛ぶ車〟が作られてから百年が経ち、その開発者のインタビューくらい。百二十歳を迎えた老人の語り口はかくしゃくとしていて、見ていて気持ちいいくらいだった。ムーンシャインという酒で口を湿らせていたタケダは、機械工として興味深げに眺める。彼は車やロケットの水素エンジンを作っていた。

 インタビューは、開発者が車の飛行方法に悩んだ末、紙飛行機で遊ぶ子供の姿に天啓をうけるくだりで終わった。続きは次回というわけだ。

「なんだ。肝心な所で終わりやがる。カオリ、つまみをくれ」

 映像が良く見える、奥の席にいたタケダは手を上げる。カウンターの女店長は彼に視線を止め、眉根を寄せた。

「父さん。お店では名前で呼ばないでと言ったでしょう」

「じゃあ、マスターって呼べばいいのか? 気取りなさんな。家族の名前くらい好きに呼ばせてくれよ。他に客もいないし」

「そういう問題じゃないんだけど。これだから古い男はデリカシーがない」

 口を尖らせたカオリは奥の部屋に引っ込み、乾きものを取りにいく。

店の扉が開き、帽子をかぶった大柄な男が入ってきた。迷うことなくカウンターに座る。タケダにコオロギ煎餅を持ってきたカオリは。新しい客に挨拶した。

 男は酒を注文したようで、カウンターに琥珀色のグラスが置かれる。ムーンシャインだ。照明の下で、きつめの酒が暖かい光を放つ。

 二人の様子をタケダが盗み見していると、男がカオリに盛んに話しかけていた。話の内容が気になるが、はっきりと聞こえない。

店の奥に陣取るんじゃなかった。かといって今からカウンター付近に座りなおすのも気後れがする。煩悶するも、タケダは娘へパワーアームを買い与えたことを思いだした。

 パワーアームは本来、酒瓶の入ったコンテナ箱を持ち上げる時など、力仕事で活用するものだ。だが、酔った暴漢対策もかねて、カオリは常時それを腕につけていた。寝てしまった客を店の隅に運ぶのにも役立っているという。閉店時に椅子を上げようとしたら、スイッチが入り、天井に椅子が突き刺さったこともあるそうだが。

 だから心配ない。あの男が襲いかかっても、逆にカオリに殴られて顎の骨を粉砕されるだろう。なにせ俺が黙って改造して、数段パワーアップさせている。

タケダはくくっと含み笑いをした。ムーンシャインを傾けて、ちびちびと飲む。

「ええっ」カオリが突然、叫んだ。見ると男が娘の両手を握っている。

 タケダは反射的に椅子から立ち上がった。

「何をしているんだ!」

「お父さん――違うの、この人は」

 カオリが言い終わる前に、男が帽子を放って、タケダに向かってきた。目を見開いて興奮している。しまった。顎の骨を砕かれるのは俺の方だったか、とタケダは思う。目の前まで男はきて、大声をあげた。

「お義父さん! 娘さんとお付き合いさせていただいています、ワシオ マサヒコといいます」

 そう太い声で言い、深々と頭をさげた。

 タケダは勢いよく席を立ったせいで、持病の腰痛となった。


「あんた、カオリの彼氏だったのか。紛らわしい真似しやがって」

 顔を歪めて、タケダは右腰をさする。

「父さん、私が悪いのよ。彼が、天体観測のチケットをペアで当てるなんて。びっくりしちゃって。凄い倍率なんだよ」

「そりゃそうだろ。俺だって拝んだことがないんだから。歴史的出来事で政府が特設会場まで作って、席を用意してくれた。生きているうちに観られたら運がいいくらいだ。だがな──」

 タケダは苦笑いをしながら、作業着のポケットに手を入れる。二枚の紙切れをテーブルの上に出した。

「俺も当選したんだよ。カオリと行こうと思って、二名分」

 それを見たマサヒコが、満面の笑顔で言う。

「凄い。それじゃあ、皆で行きましょう」

「そうか……しかし合計四席だから、一席分がもったいねえな。うちは母ちゃんがいないし二人きりだ。マサヒコ君は、誰かほかに連れていきたい奴はいないのか」

「この面子で、友人を連れてもしょうがないです。三人で行きましょう。広く座れますし、僕らの荷物置き場にもなる」

 介助モードになった椅子に支えられたタケダは、マサヒコとムーンシャインを飲み交わした。マサヒコは火星ロケットの設計をしているという。同じ技術者同士で話は盛り上がった。二人が談笑する姿は傍から見ると、仲の良い親子。または、職人と後継者に見えたかもしれない。

 

 あっという間に店を閉める時間になった。マサヒコはカオリを手伝い、後片付けをしている。タケダは3Ⅾ映像を漫然と眺めていた。男性アナウンサーが手を振り回す。

【次回は話題の天体観測を生中継いたします。驚愕のスペクタクルショーをご自宅へお届け。ご期待ください】

「父さん、帰るよ」

 と店長が声かけし、タケダは映像を消す。腰が痛くて動けねえよ、と文句をつける。席までやってきたカオリがパワーアームを操作して、彼をひょいと抱きかかえた。死ぬまで達成したくないリスト五位の〝娘にかかえられる〟を成し遂げてしまい、思わず赤面する。しかも、お姫様抱っこだ。

 マサヒコが車の扉を開けてくれ、タケダは丁重に後部座席に寝かされた。

「僕が送ります。お二人の車は帰宅モードにしたので、自動的に家に戻っているはずです」

「マサヒコ君、悪いな」

「とんでもない。僕こそお義父さんにご挨拶が遅れて申し訳ありませんでした。しかし親子で仲が良い。羨ましいです」

 マサヒコが車の自動操縦スイッチを起動させる。緑のランプが灯り、ナビが行き先を尋ねてくる。タケダが住所を伝えた。車は上空へと浮かび上がり、音もなく走りだす。

「父さんは子離れできていないのよ。年取ってからの子供だから、私を気にかけてくれるのは有難いけど。もう立派な社会人なんだから、心配しないで欲しい。母さんが亡くなってからは、頻繁に店に来るし」

「そんなに足しげく通っちゃいない。今は工場が閑散期だから来ているだけだ」

 タケダは慌てて反論した。

「でも、今日はマサ君と父さんを引き合わせられて良かった。楽しそうに喋っていたし。父さん、男の子が欲しかったって言っていたしね」

 カオリが笑い声をたてる。

「俺が腰痛で動けないのを幸いに、余計な事をぺらぺらと」

 ──楽しそうなのは、カオリの方だ。結婚を考えている男がいるとは聞いていたが、好いた男の隣だとこれほどはしゃぐ子だったのか。タケダは見たことの無い娘の表情に、安堵と一抹の寂しさを覚えた。

 後部座席で横になり、二人の会話を邪魔しないよう、目を閉じて寝たふりをする。酒の影響もあるのか、そのうち本当に眠ってしまった。

 車は夜空を流星のように駆け抜けて、皆を家まで送り届けた。

 

 天体観測をする休日がきた。

 しばらくすると、マサヒコが親子を迎えに来る。

タケダは居間の食卓に座り、カオリの服選びが終わるのを待っていた。

「父さん、ドレスにこのネックレスって合うと思う?」

「もちろんだ。白銀のネックレスが黒いドレスに輝いてみえる」

 よし、上手いこと言えたぞ。さっさと仕舞にしてくれ。

「嘘。父さん、さっきのゴールドの方も褒めていたじゃない」

 駄目だ、作戦失敗か。ドレス選びに時間がかかったが、ネックレスも容易ではないらしい。最終的には、どの鞄がいいかと聞かれるだろう。なぜこんな数が必要なのか、永遠に理解できないハンドバッグ。

「物を入れりゃあいいんだから、どれでも構わないだろ」

 と前に返事をしたら、三日ほど口を聞いてくれなかった。それからはカオリのファッションショーにはおざなりの返事はしていない。

「よし、決めた。これをつけて行こう。父さん、あのご飯作ってくれない?」

 カオリが自室に戻る途中、タケダに声をかけた。父親は黙って台所に立つ。あのご飯というのは、卵かけご飯のことだ。炊いた米に卵と醤油を入れて混ぜるだけ。遺伝子再生をしたこの古代飯を、健康志向の妻は子供に与えなかった。なので、たまの母親不在の時に、父親がこっそり作ったカオリの好物。

「家族の健康を気にしていた方が、先に逝っちまうんだものなあ」

 そうぼやきながら、サッと飯に味をつけて食卓に並べる。白米の蒸気とともに、醤油の芳ばしい香りが昇ってきた。カオリはおかずと一緒に、醤油飯を口にかきこむ。

「早食いは俺に似ちまったな。もうマサヒコ君が来るぞ」

 先に食事を終えたタケダは仏壇の前に行って、手を合わせた。妻の遺影の入った額縁をじっと眺める。朗らかな笑顔がそこには映っていた。俺と一緒でお前は幸せだったのか。どうも自信はないが、ただ娘のカオリは立派に成長してくれたぞ。もうすぐ夫になる人も連れてきた。家族が増えるんだ。想いにふけっていると、迎えを告げるベルが鳴った。


 マサヒコの車で観測場まではそれほど時間はかからなかった。駐車場から歩き、特大エレベーター前の行列に並ぶ。一度に百名程度は乗れそうだ。

 入り口の係員がチケットを確認しにきた。

「入場券は四人分なのに、三人しかいらっしゃらないですね」

 いぶかしげに訊ねる係員に、タケダが腕まくりをして口を開きかける。即座にカオリが気づいて恋人に目くばせし、マサヒコが間に入った。

「何かまずいですか?」

「いえ。そんなことはないですけど。全国民の参加したがった大イベントですからね。珍しいなと思っただけです」

 係員はチケットをタケダ達に戻し、次の客のチェックに歩を進めた。

 エレベーターは最上階までゆっくりと上がっていった。ドアが開き、皆が少し歩くと重々しいハッチのある部屋に着いた。係員が暗証番号を部屋壁のパネルに打ち込む。ハッチが開き、部屋の床がせり上がっていく。


「皆さま、ここが観測場です。床面から出てください」

 係員の声掛けで皆が外にでると、床が下がっていった。ハッチも閉まる。

 一面にでこぼことした月面が見えた。

 観測場は上部を半円のシールドに覆われていた。床には敷物が敷かれている。どうやら、ここに座って天体観測をするらしい。スタッフが飲料を配っている。子供にはにこやかに菓子も渡す。

「今は月の表面に普段着で出ても、問題が無い保護シールドがあるんですね。宇宙服を着なくてもいいなんてびっくりだ。外気はマイナス百五十度くらいだろうから大したものですね。どういった素材を使っているんだろう」

 マサヒコが技術者として興味深く周囲を見渡す。

 タケダとカオリは鑑賞席に座り、宙にある〝地球〟に目を奪われていた。果てしなく広がる暗闇に、真っ青な惑星が鮮やかに浮いている。

「あの球体が、俺達の先祖のいた惑星か……」

「住まいは全て水中に埋もれているらしいわね」

「そうだな。俺も子供の時に図鑑で見たよ。映像だって見ていたんだが、実際に目の当たりにすると迫力が違うな」

 シールドや、酸素供給機等の機器を観察していたマサヒコが二人に合流した。

「もうすぐ隕石が落ちるんですね。あの赤く流れている光がそれかな」

 

 キーッと金属音が鳴って、大声で誰かが話し始めた。三人が声のするほうへ目を向けると、カオリの店で観た報道番組のアナウンサーだ。

【ご覧ください。今まさに巨大隕石が地球に衝突しようとしています! 昔の学者が予言したとおり、地球は大惨事に見舞われるのです。しかしすでに人類は他の惑星に脱出ずみ。現在、火星と月に袂を分けて生活しています。我々月の住人は、この衛星に地下世界を作った先人へ感謝しましょう。お陰で月を終の棲家とできました。そして、わずか数百年で、この数万年に一度の奇跡に遭遇できた。さあ、この美しい闇につつまれた月面から、隕石の衝突を共に目撃しましょう!】


 隕石が地球にぶつかり、赤く燃えあがった。鑑賞席の脇にある大型スクリーンが地上のアップ映像をうつす。炎の後は土煙が舞い上がり、数か月は太陽光を通さなくなるだろう。

 タケダは宇宙の冷徹さと底知れなさを感じて、ぞっとした。

 カオリが父の手と、それからマサヒコの手を握る。娘の手を取るなんていつぶりか。気恥ずかしくて、ぎこちなく握り返す。カオリが「父さん、震えているの?」と訊くので、「違う。武者震いだよ」とつぶやく。家族は、強く手を繋いだ。

 

 もし地球に未だ人が残っていたら、ソイツは身の不幸を嘆くだろう。これでお仕舞だ、と絶望にかられるかも知れない。ところが、どっこい。人類は広大な暗黒の宇宙でしぶとく生き抜いている。ちっぽけな存在ながら寄り添って。

 タケダは今朝、仏壇から持ってきた〝妻の遺影〟を荷物から取り出した。空いている隣席にそっと置く。額縁の中にいる妻は、夫とともに宇宙を見上げていた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

宙を見上げて うたかた @vianutakata

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画