聖女のスカートの中には、祈りよりも重い鉄がある V ~魔法のランプは、「鉄の意志」を夢見るか?~

すまげんちゃんねる

第1話 ホワイトアウトの果てに

 視界の全てが白一色に塗りつぶされている。

 突如として発生した猛烈な横殴りの吹雪。

 上も下も分からない。重力が死に平衡感覚が狂う。

 暴力的なまでの暴風雪が俺たちの体力を削り取っていく。


「……クソッたれ。予報と違うぞ」


 俺こと元ヴォルガ帝国軍遊撃隊長ヴォルフガング・シュタイン(享年四十八)は、この国で一番尊い『第1聖女』セレスティアの肉体の中でガチガチと歯を鳴らしながら毒づいた。

 一四五センチの硝子細工のような肢体にとって、北方の山岳地帯は地獄そのものだ。

 厚手のマントの下、ドレスのスカートは凍りつき絶対領域ニーソックスの隙間から侵入する冷気が、柔肌を容赦なく犯していく。


「この天気は異常よ!自然発生した吹雪ではないわ!」


 並走する魔女ヴェロニカが暴風に声を張り上げる。

 彼女が展開した熱遮断結界が、展開する端から紙屑のように引き裂かれていく。

 ただの荒天ではない。魔力的な干渉を受けた意図的な気象操作だ。


「……罠、ですね」


 俺はゴーグル越しに雪原を睨む。

 何者かが俺たちを狙って嵐を呼んだのか、それともこの山そのものが牙を剥いたのか。

 思考する間もなく、地響きが鳴った。


 ゴゴゴゴゴゴ……!


 足元の雪が液状化したように崩れ去る。


「――雪崩だッ!総員、防御姿勢!」


 俺の叫びも虚しく世界が回転した。

 俺たち聖女小隊は真っ白なあぎとに飲み込まれ、地底の闇へと滑落していった。


          *


「……んぅ……」


 意識が浮上する。

 背中に冷たい硬さを感じる。

 目を開けるとそこは蒼白い氷の壁に囲まれた洞窟の底だった。頭上遥か高くにかすかに吹雪く空が見える。クレバスの底に滑落し、偶然横穴に飛び込んだらしい。


「無事ですか、子羊たち」


 俺が体を起こすと、俺の身体の上や横で折り重なっていた共犯者たちが呻き声を上げた。


「……っ、聖女様!お怪我はありませんか!」


 真っ先に跳ね起きたのは騎士団長リーゼロッテだ。頑丈な全身鎧フルプレートをガシャリと鳴らして立ち上がる。とっさに俺を抱え込んでクッションになっていたらしい。人間離れしたタフさだ。


「……ん。平気」


 俺の懐から暗殺メイドのセツナが猫のように身軽に抜け出した。落下中もしっかり俺にしがみつき、完璧な受け身を取っていたようだ。


「いった……っ。最悪だわ。私の完璧な計算が狂うなんて」


 そして俺の足元で、雪塗れになった漆黒の髪が持ち上がった。魔女ヴェロニカだ。

 自慢の防御結界も落下衝撃までは完全に防げなかったらしく、優雅なドレスを雪でぐしゃぐしゃにしながら悪態をついて起き上がった。


 最後に懐に入れていた幼竜バレットも、「キュゥ」と情けない声を上げながら顔を出した。


 全員生存。だが状況は最悪だ。

 外は異常気象の猛吹雪。ここは天然の冷凍庫。

 そして何より、俺の聖女としての肉体が限界を迎えていた。


「……ッ、ぐ」


 寒気で震えが止まらない。

 聖女の肉体が放つ魔力熱の出力を、外気の冷却速度が上回っているのだ。熱が奪われていく。指先の感覚がなくなり意識が白濁していく。このままでは低体温症で死ぬ。


「聖女様!顔色が真っ青ですわ!」

「ご主人様、冷たい。……温めないと」

「どうするのよ。薪なんてないわよ!」


 焦るヒロインたち。

 俺は霞む視界で太腿のホルスターに触れた。鉄杭の冷たさが逆に熱く感じる。

 思考が鈍る中、俺はもっとも合理的かつ即物的な命令を下した。


「……総員、密集隊形をとってください。体温を……共有します」

「密集、ですか?」

「私のマントの中に全員入ってください。……互いの熱で暖を取るしかありません」


 それは軍隊におけるサバイバルの基本だ。

 だがこの面子でそれをやるとなれば、意味合いが変わってくる。


 俺たちは風の当たらない岩陰のくぼみに身を寄せ合った。

 マントをテントのように被り、四人と一匹が極限まで密着する。


「し、失礼いたします!鎧は冷たいので……脱ぎます!」


 リーゼロッテがガチャガチャと甲冑を解除し、薄手のインナー姿になる。鍛え上げられた弾力のある肉体が正面から俺に押し付けられた。

 豊かな胸の谷間が俺の顔を埋め尽くし、熱い太腿が俺の脚に絡みつく。


「ん……ここ、入る」


 セツナが無言で俺とリーゼロッテの間に割り込んできた。

 小柄な彼女は俺のドレスの襟元から首筋に顔を埋め、まるで猫のように身体を擦り付けてくる。

 冷えた肌に彼女の吐息の湿り気が直接吹きかかり、背筋がゾクリと震えた。


「あらあら。じゃあ私は後ろから……挟み撃ちね」


 ヴェロニカが俺の背中に密着し、長い腕で抱きすくめてきた。

 背中には大人の女性特有の柔らかい膨らみが当たり、耳元で甘い匂いのする髪が揺れる。

 さらに懐には幼竜バレット。こいつも俺の腹部で熱を放射している。


(……温かい、が)


 前後左右、全方位からの圧力。

 絹のドレス一枚を隔てて伝わる女たちの生々しい体温と、柔らかさと匂い。

 ただ暖を取っているだけのはずなのに、そこには濃密な情欲の気配が漂っていた。


「……聖女様。お身体、柔らかいです……」

「ん……ご主人様、いい匂い。ミルクと鉄の匂い」

「ふふ、可愛いわねえ。このまま食べちゃいたい」


 リーゼロッテの手が、無意識なのかわざとなのか俺の腰のラインをいやらしく撫で回す。

 セツナが首筋を甘噛みしてくる。

 ヴェロニカの手が胸元のリボンに触れている。


「……ッ、貴女あなたたち」


 俺は呻いた。寒さは消えたが別の熱で頭がどうにかなりそうだ。

 聖女の敏感すぎる神経が彼女たちの劣情をビリビリと受信してしまい、下腹部が甘く疼く。


「手が際どいですよ。……暖房器具ストーブとしての分際を弁えなさい」

「も、申し訳ありません!ですが、聖女様があまりにも可愛らしくて……ッ」


 完全に役得を満喫していやがる。

 俺はこの高湿度のハーレム団子状態で吹雪が止むのを待つしかないのかと絶望した。


 その時だった。

 懐のバレットが「キュゥ?」と鳴きモゾモゾと抜け出した。

 幼竜は俺たちの密着地帯から脱出し、洞窟の入り口近くにある吹き溜まりへと向かう。


「こら、バレット。寒いですよ」

「……何か、ある?」


 セツナが顔を上げる。

 バレットが前足で雪を掘り返している。そこから奇妙な金色の輝きが漏れ出していた。

 

 ガキンッ、という音と共に掘り出されたのは、古びたオイルランプのような形状をした黄金の器だった。


「これは……」


 ヴェロニカが俺の背後からそれを覗き込み、息を呑む。


「信じられない。これ、とんでもない魔力反応よ。……もしかして伝説級の魔道具アーティファクトじゃないかしら」


 ――「雪に埋もれた魔法のランプ」。

 俺はその不吉な輝きを見つめ、嫌な予感に眉をひそめた。


(……やれやれ。暖房器具の次は、とんだ暖炉の種が出てきたもんだ)


 俺たちの遭難はただの事故では終わらないらしい。

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