庭の石と父の死

江賀根

第1話

実家の庭の片隅に、卓袱台くらいの大きさの石がある。

幼いころから、「この下には、お宝が埋まっているんだ」と父に何度も聞かされた石だ。


私がその上に乗ろうものなら、父は血相を変えて怒った。

大事な石に罰当たりなことをするなと厳しく叱られた。


中学生になって、ものの分別が付くようになった頃、改めて父に石のことを尋ねた。

すると、「どうしても困ったときのために、ご先祖様が下に宝物を埋めてくれている」との話だった。

父は祖父から、祖父は曾祖父から、代々口伝えで聞いたらしいが、具体的に何が埋められているのかは不明だった。


一度、父の留守中にこっそり掘ってみようと試みたが、石を動かせるはずもなく、すぐに諦めた。


やがて、私は高校を出ると関東の大学に進学して、一人暮らしを始めた。

その頃には石のことなどすっかり忘れて、大学生活を謳歌していた。


そして三年生の十二月のある朝、母からの電話で父が死んだことを告げられた。



勉強が嫌いだった父は、中学を出ると高校へは進学せず、とある卸商に弟子入りした。

そこで十年ほど修業したのち、独立して個人で卸商を始めた。


取り扱う商品は、駄菓子屋や個人商店で売られる、子供向けのお菓子や安価な玩具、くじ引きなどだった。

当時、一大ブームで入手困難だったシール付き菓子も、私は父のおかげで容易に入手することができ、周囲からは羨ましがられた。


また、当時はまだまだ子供が多い時代だったため、父の仕事は随分景気が良かった。

そのおかげで、私は何不自由なく育った。


そんな父だったが、自身の学歴には劣等感を感じており、事あるごとに私に対して「お前は大学に行け。金は心配ない」と言うのが口癖だった。

父は中卒ということで、悔しい思いをする場面もあったようだ。


そして、父の言葉どおり、私は大学に進学して、学費と仕送りを父に賄ってもらっていた。


そんな父が死んだ。


電話口の母は、まともに話せる状態ではなかったので、私はその日のうちに新幹線で帰省した。

実家に着くと、泣き疲れた母と、隣県から駆けつけた叔父、それに数名の警察関係者が居た。


ここからは、あとで母に聞いた話になる。


私は全く気づいていなかったが、私が高校生になった頃から、少子化とコンビニの台頭で、父の仕事は傾き始めていたらしい。

そして、私が大学に進学する頃には、状況はさらに悪化していて、母は奨学金を借りることを提案したが、父は頑なにそれを拒んで、「あいつには絶対に金の心配をさせるな」と厳しく言ったらしい。


結果的に、私の学費や仕送りは、借金で賄われていた。

その後も状況は悪化の一途を辿り、父の借金は膨らみ続けた。

取引先への支払いは現金から手形に変わり、最近は支払期日を徐々に延ばしていたそうだ。


そして前日、父はとうとう万策尽きて、このままでは不渡りを出す状況に追い込まれた。


朝、庭からの激しいエンジン音で目を覚ました母は、縁側のカーテンを開けた。

そこには、仕事で使う軽バンと例の石をロープで繋ぎ、アクセルを踏み込む父の姿があった。


「危ないから止めて」と叫ぶ母に、父は「離れとけ!」と怒鳴り、アクセルを踏み続けた。

しかし、軽バンの力では石はびくともせず、タイヤが空転するばかりだった。


そして、父が一段と強くアクセルを踏み込んだ瞬間、ロープが外れた。

一瞬の出来事で、母は何も言えなかった。

父の軽バンは、母の目の前でブロック塀に突っ込んだ。


そんな場面を目撃した母のショックは、計り知れないものだった。


叔父と母の判断で、石の言い伝えは警察に話していなかった。

実況見分を経て、父の死は「庭石を動かそうとしての事故死」と断定された。


事情が事情だったため、葬儀は近親者のみでひっそりと執り行われた。


その後、父の死亡保険金が母に入った。

自営業だった父は、額の大きな保険に加入していた。

皮肉にも、その保険金で母は借金を返済し、私を大学に通わせ続けた。


しかし後日、これが皮肉でも偶然でもなかったことを、私は知ることになった。

それは、三周忌の場で聞いた、叔父の言葉だった。


「兄貴さ、石の下にお宝が埋まってるって言ってただろ?あれ違うんだよ。俺たちが親父から聞いたのは『本当に、どうしようもないくらいお前たちが困ったときは、この石を動かせ。そしたら石が助けてくれる』って話で、お宝なんて言葉は出てこないんだよ。それを勝手に、子供の頃から『きっと下にお宝が埋まってる』って言ってたんだよ」




母のことが気掛かりだった私は、大学卒業後は地元企業に就職して、今春から二人で実家で暮らしている。

もしいつか、私が子供を持つことがあれば、言い伝えを教えるべきなのだろうか。

そして、子供が石の上に乗ったら、父のように叱るべきなのだろうか。


縁側でくだんの石を眺めながら、そんなことを考えている。

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