「塗り替える影」

人一

「塗り替える影」

「はぁっ、はぁっ、はぁっ。」

ガチャガチャガチャ――バタン!

カチャリ。


始まりは突然だった。

遠く離れた都会での、研究所でのバイオハザードの発生。

同じ国内だけど、どこか他人事だと思っていた。

新幹線でも4時間はくだらないんだ、地元から出たことのない私にとってはもはや別世界だ。

でも、テレビの向こう側の都会はあっという間に腐り森に沈んだ。

日に日にその範囲が広がってゆく中、私を含めて周囲は誰も焦っていなかった。

でも……気づいた時には遅かった、いや遅すぎたんだ。

その魔の手は空想ではなく、今まさに私たちのすぐそばまで迫っていた。


私は見た。それを。

「ゾンビだ……動いてた……」

明らかに血の気の無い人達が集団で闊歩していた。

見知った顔はまだなかったけど、いつかは……と考えると恐ろしい。

不可解だったことは、ただのゾンビならいざ知らず、彼らが通った跡には草木が生えていたことだ。

いくら地方とはいえ、地面は当然アスファルトだ。

ど根性で生える雑草とはレベルが違う。

まるでここを草原に、森林に変えんとするようだった。

滴る血は赤い。

けれど地につくと、そこから萌芽した。

みずみずしい新芽が生え並んでいた。

そして行進の最中にあっという間に成長して、周りのあらゆるものを呑み込んでいた。


「あぁ、どうしよう……」

ゾンビの集団を見かけて一目散に自宅へ逃げ帰った。

鍵を閉めて、玄関にへたりこんでいる。

こうしている間にも外はどんどん地獄へと姿を変えている。

「ゾンビ……というかなんでゾンビが……ゲームとかアニメじゃあるまいし、現実だってのになんで……」

呟いても返ってくる答えはない。

日当たりの良い部屋だったはずなのに、窓の外の木々によって部屋は薄暗くなっている。

「とりあえず逃げないと。」

キャリーケースを引っ張り出して、荷造りを始める。

植物の侵食はとめどなく、ベランダは既に雑木林となりその枝は今にもガラスを突き破りそうだ。

ここは地上7階だというのにお構いなしだ。

窓辺はもう室内なのに、新芽がぽつりぽつりと生え出している。


数十分後。

「……ふう。ようやく荷造りが終わった。壁ももうツタが覆いつくそうとしてるし、名残惜しいけど早く出なきゃ。」

キャリーケースを掴み立ち上がった瞬間。

――ピッ

「痛っ……あぁ切っちゃった……絆創膏は、」

金具に引っかけて指先を切ってしまった。

赤い血の玉が傷口に生み出される。

プツリと弾けて指を伝ってゆく。

たった一滴、床に落ちた。

血は染みた。

染み渡る血から1つ……小さな芽が芽吹いた。


私は気付かぬまま絆創膏を貼り、緑に沈む部屋に背を向け玄関のドアを開いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

「塗り替える影」 人一 @hitoHito93

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ