GunRack(連載版)
上田真希
第1話
その日は普段より格段に冷たかった。燦燦と暑かった太陽は遠く離れてしまい、ここ最近に至っては鼠色の雲が空を覆いつくしてしまっている。
そんな日々の中で今日は特に寒波がひどく、轟轟と粗い雪が降り積もり、外にいれば体熱が足先、指先から徐々に徐々に発散をしていくようだった。「初動対応は機動警察隊であったな」
「はい。午前一〇二二分、機動警察隊が正面入り口から突入。警備員や警官に偽装していたため誤射が多発したものの、制御室へ侵入直前で犯行グループは全員捕縛。」
「犯行グループは?声明はあるのか」
「現在は特に確認されていません。確認作業を急いでいますが……武装等を見ても、過激派ではないのかと」
琴が私の左手の後ろにいて、指先を悴ませながらメモ帳を確認している。私はそんな彼女の手先を目で緩やかに追いかけていた。
離れたところで光る赤色灯が、凍った水たまりに反射して、私の極めてプライベートな時間に水を差す。光が目に刺さっても、私はそれに対して「眩しい」とも「鬱陶しい」とも思わなかった。失念に近い、無機質な感情だけを、それは照らしていたからであろう。
反射的な言動をするだけの余力が、今の私にはない。今はただ、目の前に血痕があろうと、銃撃痕があろうと、ただこれから先の短期的なビジョンをどう辿っていくかを、粛々と考えているだけであるから。
「警備室の監視カメラ映像の情報開示請求が受理されたと連絡が来ました。当方には通達済みとのことです」
「わかった。見ようか」
琴が何度か声をかけていたようで、それに反応しない私にしびれを切らして肩に手を置いた。防弾チョッキの上からでも重みが感じられるほどそれは強い。
プラスチック爆弾で破砕された壁から、自治警や施設職員が我々を見ていた。私はその視線に脅されたが、感情を熱心にして、向こうへ歩いていった。存在感を振り撒くかのごとく跋扈して。
金属の廊下、白色に包まれた廊下、埃臭い廊下。まるで複雑難解なラビリンスだ。転々と移り変わる景色に私は息苦しさを感じながらも、警備室の記録が残された鉛の部屋を目指した。
道中すれ違う警官たちは迷宮の使者の様で、我々の姿を見るなり、明らかに卑下したような、侮蔑的な顔をする者ばかりだった。琴は嫌々な様子だが、私は気に留めない様子で迷路を通り抜けていった。
暫く足跡が乱れ共鳴する通路を進んで行き、記録データが残されている部屋に抜けることが出来た。ようやっと陰鬱な空気から抜け出せると確信し、扉を開けてみると意気消沈してしまった。一人の「女」が、人を寄せ付けない殺気だった背中を入口へ向けて椅子に腰かけていた。
「失礼する。中央政府から要請を受けて派遣された国家憲兵隊である。記録データを確認中の様子で申し訳ないが、そちらを検閲させていただきたい」
堅苦しい平文に耳を刺された女は、型落ちしたノートパソコンから顔を上げ我々の様子を伺った。
「検閲監査をしに来たいようね。水を差すようで悪いけど一部データは破損。テロリストがやったのかは分からないけど、どっちにせよ、科捜研行きの案件よ。まさかお持ち帰りをするわけじゃないでしょうね」
「それはうちの政府が決めることだ」
私が一言呟くと、観念したかのような表情を見せた女は、煙草を可愛がりながら椅子をどけた。私は琴にキーボードを打たせ、事の成り行きを観察することとした。
部屋はやけに静か。乱雑に置かれた時代遅れな紙媒体の資料は群を成してビルとなり、合間を抜ける空の缶コーヒーの自動車。ミニマムな白銀の部屋は乱雑な性格の市長に作り替えられているようだ。
「監視記録ありました。形式を処理します」
琴がそういうと、引き出しからコードを引き延ばし、端子をPCに接続した。女は珍しそうにそれの様子を伺っていたが、我々はそれを気にすることなく、我々の仕事に取り掛かることとした。
「…それは無関係な事象だろ」
「やってることは連中の意義じゃないか?」
「どうかな。最近は本州の治安も悪くなってきている。特権階級からの公献金がされるのも仕方のないことだ」
「過激化や革新派閥の連中は快く思ってないようだがね」
「ああ。なんとか総督官さまが何とかしてほしいものだがな」
事件早朝の検問所では、政治評論家風情の男二人が、現体制に不満気な会話を織りなしていた。意馬心猿、有為転変、統一的な考えに最近綻びが出始めているのだ。民主政治に関わる部分で、世論と与党の認識の差異が生まれ始めている。
国家に準ずる国家公務員までもが、体制を批判できる自由は保障されていても、それは批判止まり。彼らは具体的な解決を行おうとは考えさえしないのだ。
「おい、あれを見ろ」
「ん、あれは自治警だな」
中央政府の核兵器保管施設には公安委員から派遣された警備隊が常駐している。自治警が来るのは相当珍しく、異様な光景に煙たい顔を二人はしていた。
一、二台なら良かったのかもしれない。しかし、車列をなして、威圧の様相を帯びているのは初めての事だった。
「こちら警備室」
「今日の日程で、警察が来ると連絡はありましたか?」
「いえ、こちらは確認していません。検問前で止めてください、こちらから増援を送ります」
「わかりました」
小柄な男は受話器を置き、もう一方の肥満気味な男がロッカーから散弾銃を二丁取り出した。
「どうだった?」
「わからん。止めさせるように言われた」
「物騒だな……」
大男が散弾銃に実包を慎重に装填していった。扱いはぎこちない様子だったが、動き自体に狂いはない。照星と照門の赤い蛍光色が、黒錆加工された銃身、機関部、遊底に整合し、独特で美しい印象を彼らに見せつけている。
「コート取ってくれ」
「はいよ」
厚いコートを身にまとい、負い革を体に巻き付け、散弾銃を背負うように外に出た。どれだけ分厚い防寒着を身に着けていたとて、さすがの冷気に鳥肌が立つ。
「あぁ、手袋忘れちまった」
大柄の男がそう言い、手をこすり合わせた。小柄の男は車列が目の前まで来るのをポケットに手を突っ込んで待っていた。
暫くの時間が経って、車列が目の前で止まる。警察車両なのにやたらに傷ついていて、何となく、男たちは顔を見合わせた。
「どんなご用で」
「我々は東北自治警察である。爆弾が仕掛けられたとの通報を受け出動した」
「令状がなければ立ち入りはできませんよ。こちらは中央政府所有の敷地です」
小柄な男が言い返した。運転手はそれを聞いて苛立ちを隠そうと、ハンドルを強く握って誤魔化そうとしたが、助手席の男が施設の奥から警備の装甲車が近づいて来ているのを見て小銃を車内から構えた。
「おい、何をして……」
大柄の男が言い終わる前に、数発の銃声が鳴り響いた。フロントガラスに複数の貫通痕が出来たかと思うと、すぐさま罅が広がり破砕してしまった。
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GunRack(連載版) 上田真希 @MasakiUeda_artist
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