more than wordsをききながら

マキノ

【ユウジ】1

 僕の、ながい初恋について、話してみようと思う。

 彼女には僕がいなきゃいけないなんて、とんだ思い上がりだったと気づくのに、僕は十四年も時間がかかったんだ。



 彼女が廊下を歩く足音で、というか、その前に人の家のドアを勝手に開ける音だけで、ハルカが僕の部屋に向かってくるというのが分かる。お邪魔しますとか、こんにちはとかは無しに、近づいてくる軽い足音。この時間は父も母もまだ仕事だから、家には僕しかいないという事情を知っているからの行動だ。

 ハルカはノックもせずに僕の部屋のドアを開けると、スタスタと近寄って来て持っているスマホを僕の顔の前にふんと差し出した。横向きにスマホを挟む指先が、飴細工のように輝いている。

「ねえユウジ、これ見てよ」

 見上げるとハルカの頬は少しだけ赤い。

 僕はハルカに言われるがまま、人差し指を伸ばして、つるりとした画面に浮かぶ白い右三角を押した。


 真っ白の部屋に、黒い衣服の女性が現れた。

 肩にギターをぶら下げ、華奢な鎖骨に黒のストラップが張り付いている。細くて長い首が美しい。銀色のマイクの先を見つめる視線は気迫に満ち、空間を、大気中の粒子までも支配している。

 ハルカは片方のイヤホンを外して、僕の右耳に挿し込んだ。細い体からは想像できなかった厚い声量が、僕の鼓膜と頭蓋骨と、心臓にまで響いてくる。


「めっちゃかっこよくない?」

 僕は静かにしなくちゃいけない気がして、無言で頷いた。

 スマホを机の上に立て、黒い服の女性が歌い終わるまで僕たちは肩を寄せて聴いた。動画が終了したとき、二人で小さく拍手をした。


「わたしもさ、こういうのやりたいんだよね」

 僕の耳からイヤホンをもぎ取りながらハルカは言う。

「もちろん、こんなプロっぽいのじゃなくて『歌ってみた』ってやつ。やってみたいんだよね」

 ベッドの端で足をパタパタさせる姿は、小学生の時から変わらない。

「でも、ギター弾けんの?」

「弾けないけどさ、歌だけで」

 口許を三日月にして僕を見ている。昔からこういう顔は何回も見ている。「じゃ、手伝ってね」というときの顔なのだ。

「面白そうだね。作り方とか、調べてみるよ」

 ハルカはありがとっ! と言って立ち上がると、甘い香りを残して風のように去っていった。


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