ミルキーの午後は、魔法よりやさしい
塩塚 和人
第1話 甘味処ミルキーの午後
朝のミレア市は、
静かな光に包まれていた。
石畳に差し込む日差しは
強すぎず、
肌を撫でる程度だ。
魔法灯はすでに消え、
代わりに
窓ガラスが陽光を反射している。
エミリーは
学院の制服ではなく、
白いワンピースに身を包み、
通りを歩いていた。
今日は休日。
魔法陣の練習も、
詠唱の暗記もない。
ただ、
「甘いものを食べに行く」
それだけの予定だ。
「エミリー、こっち!」
明るい声が
通りの向こうから聞こえる。
ナタリーだった。
短く結んだ赤茶の髪が
揺れ、
剣士らしい姿勢のまま
手を振っている。
その隣で、
ノルンが静かに立っていた。
小柄な体に
弓袋を背負い、
眠そうな目をしている。
「おはよう」
エミリーは
小さく手を上げた。
「今日はいい日だね」
ナタリーが言う。
「訓練もないし、
任務もない。
平和ってやつだ」
ノルンは
小さくうなずいた。
「甘い匂い、
もうしてる」
「早いね」
エミリーは笑った。
三人は
並んで歩き出す。
目的地は
甘味処「ミルキー」。
ミレア市では
知らない者はいない店だ。
---
店の外観は
白い壁と大きな窓。
中の様子が
通りから見える。
ドアを開けると、
鈴の音が鳴った。
「いらっしゃい」
落ち着いた声が
迎える。
カウンターの奥で
エルザが微笑んでいた。
「今日は三人そろってね」
「お邪魔します」
ナタリーが言い、
ノルンは軽く頭を下げる。
エミリーは
店内を見回した。
木のテーブル、
柔らかい照明。
まるで
現代の喫茶店のようだ。
「席、
いつものところでいい?」
「もちろん」
エルザは
手を拭きながら言う。
「今日は新作があるの」
ナタリーの目が
輝いた。
「新作?」
「ベリーのタルト。
甘さ控えめ」
「それ、
絶対食べる」
ノルンも
小さく頷いた。
エミリーは
メニューを開きながら、
ふっと息をつく。
ここに来ると、
時間が
ゆっくり流れる。
---
注文を終え、
三人は
テーブルについた。
「最近どう?」
エルザが
飲み物を運びながら
尋ねる。
「魔法、
難しくて」
エミリーは
少し困った顔をした。
「属性制御が
うまくいかない」
「魔法は
感情が影響するからね」
エルザは言う。
「焦らないこと」
※属性制御:
魔法の性質を
安定させる基礎技術。
ナタリーは
腕を組む。
「剣も同じだな。
力入れすぎると
ぶれる」
ノルンは
カップを持ちながら
ぽつりと言う。
「弓も、
呼吸」
三人は
顔を見合わせ、
笑った。
「みんな、
同じだね」
エミリーは
そう言った。
---
タルトが運ばれてくる。
皿の上で
赤いベリーが
輝いている。
「わあ……」
エミリーは
思わず声を漏らした。
ナタリーは
すぐにフォークを取る。
「いただきます!」
ノルンは
慎重に一口。
「……おいしい」
その一言に、
エルザは満足そうに
笑った。
「それならよかった」
エミリーも
一口食べる。
甘さが
やさしく広がり、
疲れが溶ける。
「戦いがない日って、
いいね」
ナタリーが言う。
「こういう日が
ずっと続けばいい」
「でも、
続かないから
大事なんだと思う」
エルザの声は
静かだった。
エミリーは
その言葉を
胸に留める。
---
午後の光が
窓から差し込み、
店内を照らす。
客は
ゆっくりと入れ替わり、
時間は流れる。
ノルンは
外を見ながら言った。
「また、
来よう」
「もちろん」
ナタリーが答える。
「次は
エミリーの合格祝いだな」
エミリーは
少し照れた。
「まだ、
先だよ」
エルザは
カウンターから
言った。
「いつでも
待ってるわ」
鈴の音とともに、
三人は店を出る。
外は
夕方の色。
「いい一日だった」
エミリーは
そう思った。
異世界だけど、
特別なことはない。
それでも、
心は満たされている。
そんな一日が、
確かにここにあった。
--完--
ミルキーの午後は、魔法よりやさしい 塩塚 和人 @shiotsuka_kazuto123
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