第4話 文明の嘘
逃げ込んだ先は、
灰の街のさらに奥。
人の気配が消え、
崩れた建物だけが残る区域だった。
「ここなら、
しばらくは大丈夫だ」
ミルザは、
錆びた扉を閉める。
中は、
かつて住居だったらしい。
壁には、
色あせた紋様が残っている。
ラグは、
その場に座り込んだ。
足が、
まだ震えている。
「……説明してくれ」
ラグは、
ミルザを見上げた。
「俺の力が、
何なのか」
ミルザは、
しばらく黙っていた。
灰の舞う音だけが、
部屋を満たす。
「刻印戦争を、
知っているか」
低い声だった。
「名前だけなら」
それは、
文明が滅びた理由。
教科書には、
そう書かれている。
「嘘だ」
ミルザは、
即座に言った。
イーラが、
息をのむ。
「刻印戦争は、
文明を守るための戦いではない」
「刻印を、
支配するための戦争だ」
ラグの胸が、
ざわつく。
「昔はな」
ミルザは、
壁に背を預けた。
「刻印は、
誰にでも現れた」
「強さも、
形も、
人それぞれだった」
差別は、
今ほど露骨ではなかった。
だが、
ある異能が現れた。
「刻印を、
操作できる力だ」
強制的に刻印を与え、
奪い、
書き換える。
文明は、
それに酔った。
「刻印を管理すれば、
人を管理できる」
都市が作られ、
制度が生まれ、
無刻印者が切り捨てられた。
「反発した者たちが、
戦争を起こした」
それが、
刻印戦争。
「そして、
勝ったのは――
管理する側だ」
ラグは、
自分の胸に手を当てた。
「じゃあ……
俺の力は……」
ミルザの目が、
細くなる。
「禁忌だ」
「文明が、
最も恐れた異能」
刻印を、
喰らう力。
支配を、
根本から壊す力。
「だから、
歴史から消された」
「存在しなかったことに、
されたんだ」
イーラが、
震える声で言う。
「じゃあ……
ラグは……」
「生きているだけで、
罪になる」
その言葉が、
重く落ちた。
沈黙。
ラグは、
唇を噛む。
「俺は……
どうすればいい」
逃げ続けるのか。
力を隠すのか。
「選べ」
ミルザは、
静かに言った。
「壊すか」
「従うか」
どちらにせよ、
平穏はない。
ラグは、
目を閉じた。
灰の街。
母の言葉。
名前。
「……俺は」
言葉が、
喉につかえる。
「誰かを、
踏みつけてまで、
生きたくない」
イーラが、
小さく笑った。
「それでいい」
だが、
現実は待ってくれない。
外で、
足音がした。
複数。
管理官だ。
「来たか」
ミルザが、
立ち上がる。
「時間だ」
「ラグ」
彼は、
真っ直ぐに見る。
「その力を使うときは、
覚悟しろ」
「文明は、
必ず牙を剥く」
扉の向こうで、
声が響く。
「包囲完了」
「対象を確保せよ」
イーラが、
ラグの手を握る。
温かい。
人の手だ。
ラグは、
立ち上がった。
胸の刻印が、
静かに脈打つ。
灰の文明は、
嘘の上に立っている。
そのことを、
彼は知ってしまった。
もう、
知らなかった頃には戻れない。
ラグは、
一歩前に出る。
壊すためではない。
生き方を、
選ぶために。
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