第3話 桐原彩乃の戸惑い
夜の住宅街のとある一軒家の部屋の中、一人の女性ーー桐原彩乃がノートを見ながら、頭を抱えて悩んでいた。 彩乃は今日の一日の出来事を、信じられない気持ちで過ごしていたのだ。
「どうして? ここまで、原作とまったく一緒だったじゃない! なんで今日は違うの!」
「お姉ちゃんどうしたの? ⋯⋯いつもブツブツうるさいけど、今日は一段と変だよ?」
隣の部屋から心配した、妹の舞香がやって来たが、彩乃は相手をする気持ちにはならなかった。 動揺する気持ちが彼女の心を支配する。 今の彼女の心にあるのは、恐怖だった。
「こんなはず⋯⋯そうよこんなはずは⋯⋯」
そう繰り返し言いながら、彼女は一心不乱にノートの文章を読む。
ーー彼女が記憶を取り戻した時に書いたノートを。
『理想学園』と言う題名の小説があった。 彩乃は前世の記憶があり、その本を読んだ記憶がある。 何回も読み直し、高坂湊の境遇に涙した。
そして彼を、悪役生徒会長『川端ことね』の支配から救い出し、そして学校を救う『桐原彩乃』と言う女性に救われる展開に喜んでいたことを思い出す。
小説では、学校は彼女によって支配され、私たち生徒は川端ことねの『駒』という扱いを受けていた。 先生たちは、校長も含め、何故か彼女に媚びる態度をとるのだった。 一部反抗する先生もいたが、次の日には居なくなってしまった。 代わりに別の何者かが当たり前の様にいたのだ。
ーーそれはまるで、最初からその存在、その人がいなかったようにーー
次第に彼女に逆らう生徒は居なくなった。 生徒たちは逆らうと次は自分も消えてしまうと理解したのだ。
そして、川端ことねを筆頭に学校は支配されたーーすべては彼女の理想のために。
しかし、それに反抗する女性が一人いたのだ。 それが私『桐原彩乃』だった。
最終的に、全校生徒の前で川端ことねと桐原彩乃は対決ーー見事に桐原彩乃が勝利を納めるのだが、それは本当の『理想』と言う名の化け物との始まりでしかなかったーー
私は中学生のある日、突然記憶を思い出した。 突然流れてくる前世記憶、ヒロインである私の宿命、これからの人生の恐怖などが、押し寄せて来た。 私はその恐怖にうずくまることしか出来なかった。
嫌だ! なんで私が? 怖い! 嫌だ! どうしよう? 頭の中小説の展開が浮かび、離れない。
誰かに相談したい、でもそんなことを言ったところで、病院送りにされて、頭のおかしい奴扱いされるだけで事態は変わらない。 私は心の中で叫んだ「お願い誰か助けてよ⋯⋯」と。
いつまで、俯いていたのかわからない。 気持ちはまったく落ち着いてはいなかった。 それでも、私は気付ば新品のノートに書き殴るように思い出した小説の展開を書いていく。 涙で前が霞んでも書き続けた。
やがて出来たノートを大事に抱え込み、私は気絶するのだった。 気がつくと部屋の布団の中にいたーーいつの間にか家に戻っていたのかーー手には書いたノートを持っていた。
しかし、書いていた時の焦燥感がなくなっていて、なぜか心が暖かい。 不思議に思いながらも、私は頑張ろうと思ったのだった。
それからはノートを確認しながら、原作と同じ従順を辿っていった。 すべて上手く行く、私は出来ると言い聞かせながらーー しかし今日、私の予想は裏切られたのだ。
「川端ことね! ⋯⋯なによアイツのあの態度!」
私が恐怖していた対象ーー川端ことねは、ことごとく原作と違う行為をしていた。
入学式の時、私は彼女を見つけた時、心臓が止まりそうになった。 彼女が私の宿敵。 これからなんだ、私の学校生活は! と思っていたのにーー 彼女は高坂湊にべったりとくっつきながら歩き、席も隣に座ったのだ。 そして、式の間も居眠りする彼女。 ーー原作の威厳はどこにもなかった。
そして一番衝撃だったのは、彼女が新入生代表ではなかったことだ。
原作では彼女は、あの場で全校生徒や先生たちに宣戦布告をしていたのに、出て来たのはまったく知らない女。 そして、その本人は「湊~スキ~!」とか言いながら高坂湊に寄りかかって眠りについていた。
その後のクラス分けでも、一緒のクラスになって一緒に喜んだりしてーー
これじゃまるで敵視する、私が馬鹿みたいじゃない!
「こんなの、許すはずないわ! 川端ことね! ⋯⋯明日貴方の本性を暴いて見せる!」
「大丈夫? お姉ちゃん? 病院に行く?」
「⋯⋯舞香。 お姉ちゃん、頑張るから!」
「⋯⋯どうしよう。 ⋯⋯お姉ちゃんに相談しなきゃ!」
月明かりの空の下、街の夜は静かにふけて行くのであった。
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