ダウナー系TS隠者の異世界配信。

さば

第1話 らしくない、らしくないな。

 私は壁に付けられている姿見の鏡を見ながら、苦笑いを浮かべた。 


 瞳は濃いグリーンガーネットの宝石のように透き通っていて、腰まである長い銀の髪は複雑に編み込まなくても十分な存在感を周囲に主張している。白魚しらうおのような手は傷一つなく、指先も爪切りで綺麗に切り揃えられて、やすりで滑らかにされている。

 

「らしくない、らしくないな」


 黒色のボールガウンを着ている変わり果てた浮世離れの外見に比べて、何もかも擦り切れて、淀み切った内面は変わらないままだ。


「うん、私はクズだ。今も昔も救いようのない、正真正銘のクズのままだ」


 言い聞かせるように、鏡の前で何度も繰り返す。

 自分の立ち位置を変えないために、何度も何度も同じ言葉を繰り返す。


「人恋しいのに、人と関わりたくなんて矛盾している」


 自分自身の自罰的な性格にうんざりする。

 誰かのせいにして、大声で泣き叫べるなら、どれだけ楽になれるか知ってるのに。


 私はその場でくるりと一回転してから、左手を胸の前に置き、右手を伸ばして姿見の鏡のほうへ向ける。


「この世はすべて舞台、人は皆ただの役者にすぎない。出入りがあり、一生の中で多くの役を演じる。ならば、演じましょう。笑えない喜劇の中で踊り狂う愚者のように」


 くだらない。いくら演じても、この魂の牢獄から解放されることなんてないのに。


 腕にオペラグローブをはめながら、未だ作り慣れていない満面な笑みを浮かべる。


「はぁ……ぎこちない作り笑い。この際、デフォルトになっている無表情でいいか」


 ◇◇◇


 配信用のパソコンの近くに、江戸切子のグラスとラム酒のボトルを置く。


 吸うことを我慢することができないだろう、メンソール入りの煙草も忘れずに置かれているのを確認してから、私は配信を開始した。

 

「初めまして、異世界に問答無用でTS死後召喚をさせられたバーチャルYouTuberの新戸リータと申します」


:初手から3D配信とか草

:設定把握

:死後召喚?


「ええ、私は日本で自堕落な生活をしていて、病死してしまったんです」


:病死ww

:草生える

:なんで死んだのw


「煙草の吸いすぎで肺ガンになりまして、最後まで苦しみながら死にました」


:うわぁ……

:肺ガンw

:ただのヤニカスじゃん

:吸いすぎ注意


「希死念慮があったので、実際は遠回りの自殺ですね。異世界で遭遇してしまった他の召喚者の方々は自殺だったり、他殺だったり、病死だったり、事故死だったりで、死に方のバリエーションがものすごく豊富でしたけど、私は激しい痛みをともなう自業自得の肺ガンで死亡です」


:なんで誇らしげに言ってんだよw

:リータちゃんはバ美肉おじさんなの?

:異世界に日本人多すぎw

:馬鹿すぎる死因で草


「バ美肉ではありませんね。中身がおっさんの私は肺ガンになる前に、時間差で二回も精巣ガンになりまして。他の召喚者の方々は性別変更不可能だったらしいのですが、なぜか私だけ性別の変更が可能だったんですよね」


:玉なしTS召喚ww

:運が悪すぎるw

:中身おっさんのリアル美少女で草

:当然のように性別変更すんなw

:アホがおるwここにアホがおるw


「リスナーの皆さん、酷い言い様ですね。性癖が歪んでいる私は、趣味と実益を兼ねて性転換したというのに。ウイスキーやラム酒などの強いお酒を飲んで、ゴミ箱の中に涙目で嘔吐する美少女を鏡越しで眺めるのは格別なんです」


:セルフでやんなw

:こいつ終わってて草

:ヤニカスだけじゃないのかよww

:リータちゃんは清楚系じゃなくて、やる気のないダウナー系女子なのかw

:アバターの外見はいいんだけどな


「煙草、吸ってもいいですか?慣れない配信に疲れて、吸いたくなってきちゃった」


:おいw

:自重する気ゼロで草

:初回配信でタバコ吸うな

:自分の死因を忘れたのかよw


「煙草をくわえて、オイルライターで火をつけると幸せな気分になれるんです」


:配信なめてんのかww

:演技する気ゼロで笑えるw

:媚びをまったく売らないVTuberで草

:また肺ガンになるつもりかw


「魔王が倒されるまで、私は不老不死なので不健康のままでいいんですよ」


:こいつ魔王を倒す気ないだろw

:自堕落すぎて草

:働け、勇者w


「嫌ですよ。働いたら負けなので、このままずっと引きこもっていたいんです。それに、魔王を倒すはずだった勇者はすでに死んでいます。召喚された初日にあっけなく」


:何があったw

:初日に勇者死んでて草

:こいつリアルで引きこもりじゃね?

:ヤニカス、酒カスで人生終わってるだろw


「知ってます?街道を走っている護衛付きの荷馬車の車列は、絶対に邪魔をしたらいけないんですよ。徒歩移動の時間をはぶこうとした考えなし勇者は、武装隊商の荷馬車の車列を無理やり止めようと街道に飛び出して、護衛の傭兵に左目を弓矢で射抜かれて死亡しました。路上強盗に間違いられたくない私は、雑草が生えている地面に伏せて、隠れていたので生き残りましたけど」


:魔王関係なしで死亡してるしw

:それ、設定だよな?

:淡々とした抑揚のない口調だから、リアルっぽいんだよな

:勇者じゃないなら、リータちゃんはどんなジョブなの?


「私のジョブは、賢者の進化系である隠者いんじゃ


 勇者パーティーの先回りをしながら正しい方向へ導いたり、中ボスがいる迷宮攻略のヒントをさり気なく教えたり、なぜか錆びていない巨石に突き刺さっている伝説の聖剣や、廃教会の地下に隠されている霊験あらたかな聖槍の在処ありかを適当にでっち上げて、戦い慣れていない勇者パーティーのモチベーションを維持しながら、必要な装備を事前に用意する裏方のはずだった。


「魔王討伐の冒険が始まる前に、勇者を含む召喚者の皆さんが全滅しちゃったので、隠者の仕事は開店休業中なんですけどね」



 ◆◆◆


ポールガウン→舞踏会や晩餐会で女性の正式な正装であるイブニングドレスの一種。

オペラグローブ→女性用礼服として着用される長い手袋(イブニンググローブ)。


 需要があれば、続きを書きます。

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