魔女の帰る家【2000文字】

有梨束

馬鹿師匠が帰ってこない

師匠が家を出て行って、3年が経つ。


俺を拾ってくれた人がいた。

その日もいつものように親父が暴れていたから、隙を見て逃げ出した。

道でフラフラしていたら、たまたま出会った人だった。

俺を見ても、服がボロいとか、痣が気になるとか、師匠はそんなこと気にしなかった。

ただ興味深そうに俺を見て、言った。

『お前人間なのに魔法適性があるのか、面白いな。私と一緒に来るか?』

文字通り、俺は拾われた。


その人はたまたま人間界こっちに来ていた、魔女だった。

人間をいきなり魔法界には連れて行けないか、とこっちですぐにアパートを借りた。

そのボロアパートの部屋に入って、今日からお前と私の部屋だよ、と笑った。

その日はあったかい風呂に、あったかい布団、それからまずい飯を食べた。

嬉しかった。

人間の子どもにポーションを飲ませるわけにはいかんしなあ、と苦戦しながら飯を作っていた。

結局まずくて、ポーションにしとけと言われたけど、俺は残さずに食べた。

物好きな奴だなあ、と師匠は笑っていた。

次の日から、飯は俺が作ることにした。

テキトーに作ったチャーハンを、それは目を輝かせながら食べていた。

魔法だけじゃなくて、料理の適性もあるのか!すごいな!とはしゃいでいた。

俺が風邪を引いた時は、俺より動揺していた。

人間の子どもはなんて軟弱なんだ!と、風邪に効くおまじないをかけてくれた。

「私はお前の親じゃないからな、私のことは尊敬を込めて師匠と呼びなさい」

それが師匠の口癖だった。

師匠が帰ってこなくなって、もうすぐ3年になる。


師匠がいなくなったのは、高校受験に合格した次の日だった。

お祝いするから楽しみにしとけよと言っていたけど、帰ってこなかった。

幸い、残っていた金と高校に入ってすぐにバイトを始めたのもあって食い繋げた。

アパートの大家も異変には気づいていただろうが、俺を追い出しはしなかった。

師匠がいないと、浴槽でポーションは作られないし、魔法書で部屋はごちゃごちゃしないし、酒瓶は溜まらないし、快適だった。

一緒に過ごした5年間が嘘みたいに静かだった。

俺はもうすぐ高校を卒業する。

師匠がいなくなった部屋に、今日も帰る。

いつ、あの馬鹿師匠が帰ってきてもいいように。

あの部屋は、まだ師匠と俺の部屋だから。


バイト帰りに夕飯の買い出しをした袋を引っ提げて、俺は家路に着いた。

世間はまだ寒い冬だが、区切りをつけるにはうってつけの春はすぐそばまで来ている。

あの家と別れを告げるのにいい時期なのかもしれないと、それが湧いては、沈めていた。

帰らない理由を知らない。

探しに行くにしても世界が違うから行き方も知らない。

いつまでも待っていていいんだろうか、時々そう思う。

「馬鹿師匠…、早く帰って来いよ」

もうアパートは目と鼻の先で、その前に人が立っていた。

「おーーい、コタ!おかえり〜!」

「…は」

俺に向かって手をブンブン振っている人がいる。

「あのさ〜、鍵見当たらないんだよね。開けてくれ…、えっえっえっっ!?」

気づいたら、呑気な魔女の胸ぐらを掴んでいた。

「グエ…、く、るしいよコタ」

「あんたどこで何してたんだ!?」

「えっ、どこって、ちょっと魔法界におつかいに…。ん?なんか、コタ大きいね?」

「おつかいに3年かける馬鹿がどこにいんだ!」

「なに怒ってるのさ〜。そりゃ予定より延びたけど、たかが2週間くらいでそんな。コタもまだまだ子どもだねえ…、ん?3年?」

魔女は何かに気付いた様子で、顔が青ざめていった。

「…何」

魔法界あっちと人間界の時間の流れ、違うんだった…」

「は…?」

「2週間のつもりでいた、わ…」

「…」

「コ、コタ…」

「心配してた俺が馬鹿だった!!」


「あんたはいっつも肝心なとこが抜けてんだ!このポンコツ魔女!」

「ごめんなさ〜い!」

メソメソしながらなんとか俺の機嫌をとろうとしている魔女を無視して、飯を作る。

「あんた、飯抜きな」

「そんなあ〜!コタのご飯を楽しみに帰ってきたのにぃ!」

ポケットからたくさんの金と、お土産らしきものを出してきた。

「ほらっ高校入学のお祝いと、あと生活費!ポーションで稼いできたんだよ!」

「俺もう高校卒業なんだけど」

「そ、それは…」

目が泳ぎまくっている魔女の前に、親子丼を置いた。

「ふぇ…」

「普通の飯でも文句言うなよ」

「コタ〜〜〜!!!」

「ひっつくな。うざい」

「コタ様、神様、精霊様〜〜〜!いただきますっ!」

「はいはい」

食卓は3年ぶりにうるさかった。

「たまごトロトロ〜、ツヤツヤ〜。やっぱりお前は天才だね!」

「調子いいな…」

「高校入学と同時に魔法を教えようと思って、お前専用の杖も買ってきたんだよ!」

ジャーンと、何やら立派な木の棒を掲げた。

だからもう高校終わるんだって。

「そんなことより俺大学行くんだけど、今度こそ面倒見てもらえるんすか」

「まっかせなさい!私はお前の親じゃないけどね!さあ、師匠とお呼び!」

「はいはい。…師匠」

「ん?」

「おかえり」

「ただいまっ!」



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