第8話 一回裏、マティアスの攻撃

「チッ……めんどくさいことになりましたわね?」


 ラキィが頭を何度も手で殴り、今度は頬を掻き毟り始めた。いきなりピタッと止まったかと思うと、次の瞬間には姿が消える。


「なんだ後ろか?魔力の動きでバレバレなんだよ。」

「ッ……!!」

「その動き、強化魔法じゃないな。お前の恩寵か?」

「本ッ当にメンドウくさい!!死ねッ!!」


 見えなかったが、ラキィが槍を思い切り振り下ろしたようだ。金属同士の擦れる音がした。しかし森のときと同じくマティアスのダメージはゼロ。それどころか槍がボロボロだ。

 ラキィは鎧の手の甲にくっついていた小さな玉を投げつけた。直径2センチもないであろうものとは思えないほど激しく爆発。周りは岩の地面なのに、油が撒かれているかのように燃えている。

 狙っていたようにマリーが投げたナイフを拾い、なぜか自身の顔を深く斬りつけた。次の瞬間、マティアスが居た辺りは赤いブラックホールのようになり、周りの炎、道、家が球状に削れてしまった。

 

「マティアスッ!!」

「いや、マットはこの程度で死んだりしない。」


 ブラックホールが収まる。塵1つ空間には残っていない。彼を除いてだ。


「……聞いていた以上だわ。あなたひょっとしてムェイデリアの王様より強いんじゃなくて?」

「俺をあんな雑魚と比べるほど気が滅入っちまってるんだな。疲れてるなら無理すんな、諦めろ。」

「この程度で勝ったと思ってるんじゃない!!」


 大きく後ろに下がり、ラキィが独り言を呟いている。いや、誰かと話しているのだろうか。微かに聞こえる。


「悪いけれど、もう手は抜いていられない。あれを使わせてもらう。」

「……許可できません。即刻撤退してください。」

「あれに背中を向けたら即死に決まってるでしょ!?もう真っ向勝負しかない!」

「命令に従いなさい。許可はできません。」

「五月蝿い……!」


 そういうと兜の耳辺りにくっついていた小さな円盤を取り外して握り潰した。

 ふぅ……と、一息ついて左手を前に出す。


「光を切り裂き、顕現せよ肉の刃。汝全てを断ち切る。汝黒の輝きを放ち、光を語る偽物を罰する。ここに血、意思、魔力を束ね、汝の姿とす。」


 ラキィの周囲から赤い液体が吹き出して、彼女の手に集まっていく。やがて剣の形に集中すると、それまで赤い液体の集まりだったものが黒く、あまりにも禍々しい本物の剣となった。


「さぁ……準備万端よ。始めましょうか。」

「おう、さっさとしてくれ。」


 今までの貼り付けたような笑顔を忘れるほど不気味な、口をグワッと開いただけの笑顔に似た何かに変わった。もう狂気を隠す気すらないらしい。

 ラキィが瞬間的にマティアスの前に移動すると、剣を思い切り振り下ろす。それをマティアスが指2本で剣を挟んで受け止めた。顔の真ん前ギリギリだ。

 すると、マティアスの後ろの地面にヒビが走った。次の瞬間には衝撃波が走り、道が全て消えてしまっていた。


「……コレでもだめ。ハァ、流石に消耗が大きすぎる。」

「なんだ?ようやく諦めがついたか。」

「あなたを倒すことはね。」


 次の瞬間、ラキィの剣の周りがまるで黒い絵の具で塗りつぶしたように暗くなった。光を99%以上吸収することで空間の立体感をなくす塗料があるそうだが、そんな次元じゃない。本当に何もなくなっているように見えた。闇が一瞬町を包むほど大きくなり、明るくなったころには、ラキィは消えてしまっていた。


「魔力を感じない。逃げたみたいだね。」


 そう言いながらマティアスが斧を空間にしまう。それを聞いて安心してしまったのか、俺の意識が飛んでしまった。

 


 ――――――――――。


 

「……あ、治し忘れ。まあ平気でしょう。」

「だからそこ黒かったのかよ……ホントにヤブだな。」

 

 声が飛び込んできた。背中がフカフカとした感触に包まれる。ベッドで仰向けになっているようだ。目を開けると、当然だが知らない天井。両手を上げてみると、左手がくっついている。右手の焦げもなくなっていた。


「マット。マリー。起きましたよ、彼。」

「あぁ、おはようイツキ。」


 マティアスは何事もない日常の中で迎えた早朝のような挨拶をする。

 

「お、おはようございます……?」


 ガタガタと音がして奥の階段に目をやると、マリーが上から落ちてきて見事な顔面着地をかました。


「柴又!生きてた……んだね。」

「えぇ、この程度じゃ死にませんよ。」


 マリーが焦っている顔からいきなりキメ顔のようになり、どこか違和感を覚える。

 その様子を見てマティアスがマリーの肩に手を置く。


「折角イツキにはまだバレてなかったのに。バーバラの真似してやってたクールキャラ崩れてるよ。」


 マリーの顔が赤くなっていく。

 なんというか、残念な人ってこういう感じか。

 

「いや死にますからね。冥約の力まで使ったのに。」


 隣で立っている、死んだ魚の目をしているが綺麗な女性が話を戻す。おそらく医者だろう。

マティアスが用意したのだろうか。青の短いローブがベッドの上に置かれていたので着替えた。いかにも冒険者って感じだ。上の服は焦げてしまったのだろう。


「メイヤク?」

「寿命を全部使う代わりに莫大な力を一時的に得る詠唱ですよ。治療は完了しましたが、勿論その力を使っていて生きていた人なんて見たことがありません。『死ぬほど頑張るという行為を極めている』とでも言いましょうか。」

「俺、近いうちに死んだりしませんよね?」

「なんとも言えませんね。こちらの世界に来たばかりで恩寵すらもっていないはずなのに、稀有な体質なのか……。''前例にないこと''なので、できればあと1週間は安静にしてほしいものです。」


 医者がマティアスの方に、じとーっ……と視線を移動する。

 その先にいる当の本人は何ら気にすることなく振る舞う。

 

「いや、3日で終わらせるんだ。」

「ヤブ医者の診察より雑な治療させる気ですか?」

「ヤブは認めるんだね。」


 医者が呆れ返ったように椅子に座って仰け反る。やっぱりマティアスは人間を雑に扱い過ぎだ。


「あのー……これは治らなかったの?」


 マリーが俺の顔を覗き込んで言った。

 

「ごめんなさい。私の治療ミスです。まさか顔にそんな傷がついてるとは思わないじゃないですか。一生そのままですね。」


 医者が手鏡を差し出してきたので自分の顔を見てみる。

 ひどくやつれている……まあ短期間の間に色々あったから仕方ないか。それにしても隈の色が濃すぎるような?触った感じもガサガサしている。それを見てマリーが吹き出した。


「あはははは!!あの火のせいで焦げついちゃったんだよそれ。傷物同士がんばろ!!」

「ええええええ!?一生ってどういうことですか!!」

「治癒魔法は、最後に『確定』という作業が入るのですが、その確定をした後は自然治癒でも、魔法でもその状態に戻ってしまいます。つまりそれがあなた本来の姿に置き換わったということです。……まあ、個性捨てたら人じゃないですよ。貴方という存在をつくる特徴が1つ増えてよかったじゃないですか。あと助けてあげたんだから文句言わないでください。」

「ちょっと良いこと言ってたのに最後で台無しだよ!?そもそも最初から言っていること終わってんだけど!?」


 人に傷がついて笑うヤツ、治療ミスを謝罪しない医者。この世界には無茶苦茶な人しか居ないと改めて確信した。

 しかし、まあ今日は満足感が強い1日だった。理想の自分に1つ近づいた気がする。命を懸けるというのも、存外悪くない……のかも。

 それにしても俺、なんでラキィを殺すのを躊躇ってしまったのだろうか。あれはこの世にあっていい存在ではない。そして、それ以上である可能性の魔王も殺さないといけない。

 疲れているのもあって、そんな思いは胸の奥に一旦しまった。

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