戻らない夜に
浅野じゅんぺい
戻らない夜に
最初に距離を取ったのは、私だった。
そうしてきた人は、きっと私だけじゃない。
嫌いだったわけじゃない。
ただ、近づく前に立ち止まってしまった。
足元が不安で、踏み出すより先に、転ばない理由を探していた。
勇気がなかったというより、
勇気を出さなくてもいい言い訳を集めていただけだと思う。
傷つかずにいられる距離を測りながら、
時間だけが、私を追い越していった。
連絡は返していた。
「今日はありがとう」「また連絡するね」
それだけで、関係は続いている"つもり"だった。
会う約束の話になると、会話は少し逸れていく。
「来週とか、どう?」
その言葉に、「その週はちょっと忙しくて」と返す。
送信したあと、胸の奥に小さな痛みが残ったけれど、
見ないふりをした。
相手の気持ちは、わかっていた。
返事の速さや、言葉の選び方から、透けるほどに。
それを確かめるたび、安心して、目を逸らした。
「無理しなくていいよ」「時間できたらで大丈夫」
その優しさに甘えていた自覚はあった。
誰かを待たせている現実を、
まだ引き受けきれなかった。
それでも、その人は連絡をくれた。
夜に届く短いメッセージ。
「都合が合えば」という逃げ道。
私は一度も「会いたい」と言わなかった。
言葉を続けながら、未来だけを遠ざけていた。
ある日、このやり取りが
生活の一部になっていることに気づいた。
逃げていたのは、相手じゃない。
向き合うことを怖れていた、自分だった。
それで私は、「会おう」と送った。
指先が、少しだけ熱を持った。
返事は少し遅れて、
「ありがとう」「予定、確認してみるね」
その言葉の向こうに、前よりも静かな間があった。
最後に会った日、
その人は穏やかで、優しかった。
帰りの電車でスマホを開き、
通知のない画面を伏せたとき、
もう戻らない夜があることだけは、確かに分かっていた。
それでも、あのときの自分を、完全に否定はできなかった。
戻らない夜に 浅野じゅんぺい @junpeynovel
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