猫と天気雨の関係

@akihazuki71

第1話

 小春日和には少し時季はずれだったが、暖かな日差しが射す冬の日だった。

 ハチワレの猫・フクマロはお気に入りの椅子に寝そべって、ぼんやりと外を見ながら昨日の事を思い出していた。

 フクマロには小さな頃から仲のいい友達がいた。近所に住んでいる黒っぽいトラ縞の猫・トラキチだった。2匹は正反対の性格だったが、初めて会った時からなぜか気が合い、かれこれ7年のつき合いになる。

 トラキチはまだ生まれて間もない頃、神社にいたところを近所の三毛猫に助けられた。それ以来、「三毛猫の親分」と慕って、その一の子分を名のっていた。

 確かに、オスの三毛猫は珍しくこの辺りでは有名だった。飼い主は代々続く家柄で大きな屋敷で暮らしていた。名前は龍之介といい、「龍さん」とか「龍様」などと呼ばれることはあったが、「親分」と呼ぶのはトラキチだけだった。

 トラキチもその屋敷で共に暮らすようになったが、度々抜け出しては神社へ行ってしまうのだった。自分は野良猫だという思い入れがあるようだったが、屋敷でエサをもらい、暖かな寝床もあるのに、飼い猫じゃないなんて。そうフクマロは思うのだったが、トラキチには何も言わずにいた。

 そんなトラキチが昨日、フクマロの隣りに暮らすサバトラ猫のコテツと一緒にいるのを見掛けた。庭にいるところをチラッと見ただけだが、2匹とも深刻そうに見えたのが気になっていた。しかし、トラキチの方から話しに来るだろうと思っていた。

 フクマロが昨日と同じように窓から隣りの庭を見ていると、

「フクマロ、ちょっとこっちに移動してね。」と娘が声を掛けると、フクマロが寝そべっていた椅子ごと窓から移動させた。そして、何かいろいろな道具を持ってくると、窓を拭き始めた。

 フクマロはしばらくの間、窓ガラスの上を行ったり来たりする手を目で追いかけていた。そして振り返ると、孫娘も何かしているのに気付いた。いつもは二人とも朝から出かけていくのに、昨日も今日もずっと家にいるなと首をかしげた。

 それにしても、あちこち行ったり来たり、動かしたりして、何だか騒がしいと思っていると、おばあさんもやって来て、

「ずいぶんと忙しそうだね。猫の手も借りたいって感じだね。」と言うと、

「そんな事言ってないで、お母さんも手伝ってよ。」と娘が言った。

 おばあさんは孫娘のそばへ行くと、窓の方を指さして何か言うと二人で笑った。しかし、娘がもう一度同じような事を言うと、仕方ないなという顔をした。

「先生、こっちをお願い。」と孫娘が言うと、

「ハイハイ、わかりました。」と答えた。

 孫娘はおばあさんのことを「先生」と呼んでいた。時々家にやって来る男がそう呼んでいるので、きっとそれを真似しているんだとフクマロは思った。

 家の中が益々騒がしくなってきて、何だか落ち着かなかった。フクマロがどうしようかと思っていると、ちょうど庭にトラキチの姿が見えた。


 トラキチとフクマロは植え込みの陰に入った。

「今日は暖かいけど、風が強いね。それで、何かあったの?」

 フクマロはきっと昨日の事だろうと思ったが、トラキチが話しやすいようにそう言って促した。

「昨日、通り掛かったらな。コテツが庭から家の方をじっと見てたんだ。何してるんだと近づくと、落ち込んでるみたいでさ。」

「うん。コテツ、どうしたの?」

「この前キツネがさ、コテツん家の窓を割っちまっただろ。それを新しいの替えたんだってさ。それを見てるんだ。」

「そうなの。コテツはショックを受けてたんだね。」

「そうなんだよ!あいつ、じいさん達に悪い事をしたって落ち込んでさ。」

 フクマロの家の隣りには、老夫婦とサバトラ猫のコテツが暮らしていた。数日前、キツネが縁側の窓ガラスを割って、逃げ出していったのである。

 そのキツネはコテツが縁の下にかくまっていたのだが、この辺りの家々を荒らし回って、最後は、世話になった家に恩を仇で返した。コテツは親切のつもりだったが、老夫婦に迷惑をかけたと落ち込んでいた。

「それは可哀想だったね。」とフクマロが言うと、

「そうだろ、そう思うよな・・・」とトラキチが肩を落とすので、

「でも、コテツのおじいさんもおばあさんも優しいから、きっと大丈夫だよ。」

「そうだよな、きっと大丈夫だよな。」

 トラキチはそう言うと、別の話を始めたので、フクマロは相づちを打った。

 それにしても、トラキチはいつからこんなにコテツに入れ込むようになったのか、以前は避けていたのにと思い、フクマロは笑みを浮かべた。

 トラキチとコテツは、三毛猫の龍之介から半分ずつ縄張りを受け継いでいた。それは、トラキチの言い方なら兄弟分のようなものである。コテツの方はそうでもなかったが、トラキチの方はなぜかコテツが気にいらず、まともに相手をしなかった。

 それが変わったのが今年の春、珍しく約束の時間に遅れてきたトラキチは、うれしそうにコテツと仲直りしたと言った。くわしい話はしなかったが、今までのわだかまりが無くなったのは確かなようだった。

「おい、フクマロ、聞いてるのか?」不意にトラキチが言うと、

「聞いてるよ、トラキチ。」とフクマロが笑った。

「本当か?おまえはいつもボーッとしてるからな、心配だ。」

 そう言ってこっちを見る友達に、フクマロは益々おかしくなって笑った。それを見たトラキチが「なんで笑うんだ!」と怒るので、また笑ってしまった。

 トラキチもコテツも違うようで似ている、そう思ってしまったフクマロは笑いが止まらなかった。


 一方、数日前に窓ガラスを割って逃げたキツネは、あちこちを転々としていた。

 すでに、コテツとの事が知れ渡り、行く先々で猫や犬に追い立てられ、近くの神社に逃げ込んだ。

 手水鉢で喉の渇きを潤すと、何か食べる物はないかと境内をうろつき始めた。コテツの家を飛び出してから、ほとんど何も口にしていなかったのである。

 すると、大きな社にお供えしてあった油揚げを見つけ、空きっ腹におさめた。他にもないかと歩き回り、小さな社を見つけ駆け寄ったが、そこには何もなかった。

「そなたが噂になっておるキツネじゃな。」

 急に声がしてキツネは驚き、後ろへ飛び退いた。

「わらわの社を物色とは、ずうずうしいキツネじゃの。」

 社の戸が開いて、全身真っ白な女が姿を現した。キツネは白い女から目を離さずに後ずさりした。ゆっくりと足を後ろへ動かし、何歩目かで何かにぶつかり、慌てて身をひるがえした。

 そこには自分と同じ、キツネが立ちふさがっていた。その首元に鈴の付いた赤い紐を結び付け、その後ろにも同じ姿の狐が何匹も並んでいた。

 白い女と狐の群れに挟まれ、逃げ場を失ったキツネは双方をにらみ付け、うなり声を上げた。

「これ、そう怒るでない。そなたをどうこうしようとは思わぬ。少しばかり話を聞かせて欲しいのじゃ。」

 白い女が微笑むと、キツネはうなるのを止めた。すると、先頭にいた鈴を付けた狐が一歩、進み出た。

「控えよ、野狐。こちらにおわすは、この地を治める土地神であらせられる。」

 静かだが、力強い低い声が響いた。キツネは何か強い力に従うように、警戒を解いてその場に伏せた。

 すると、進み出た狐も後ろへ下がり頭を下げ、その後ろに並んでいた狐達もそれに倣った。

「そうかしこまらずともよい。」

 白い女こと土地神がそう言うと、鈴を付けた狐達は少しだけ頭を戻した。それを見たキツネも起き上がると、土地神の方にゆっくりと向き直った。

「知らぬ事とはいえ、失礼いたしました。」キツネが頭を下げると、

「よほど腹を空かせておったようじゃの。あれだけ追い回されたのであれば、それも致し方ないかの。」

 土地神の言葉にキツネが驚いたような顔をすると、

「この地で起きた事ならば、わらわにわからぬ事などないのじゃ。」と土地神が微笑みを浮かべると、キツネは納得したようだった。

「では、そなたが何故この地へ来たのか、そして、何故あのような事をしたのか。聞かせてもらおうかの。」

 土地神の視線にキツネは少し顔を背けた。すると、鈴を付けた狐が、

「土地神様の仰せである。申せ。」

 力強い低い声がすると、キツネは決心したように顔を上げた。


「わたしは強く優しい夫と、かわいい子ども達と共に暮らしていました。山は豊かで実りも多く、食べる物に困る事もなく幸せだった。あの日までは・・・」

 キツネはそこで言葉を切ると、悲痛な面持ちとなり深く息を吐いた。

 ある日、彼女ら家族の住む山に、野犬の群れが住み着いた。山は荒らされ、野犬の牙は子ギツネ達に襲いかかった。父ギツネが立ちはだかったが、野犬の群れは十数匹もいてどうにもならなかった。

 夫と子ども達を失い、自らもケガを負い、どこにも行く当てのなくなったキツネは町へとやって来た。あちこち転々として、何とか食べる物を見つけて生き延びた。

 猫の住む家へやって来たのは偶然だった。辺りには犬が多く、いない家を見つけて潜り込むと、猫が帰って来たのである。追い出されると思ったら、なぜか自分のエサを分けてかくまってくれた。

 しかし、その猫が隣の家の犬と仲良くしているのを見たら、裏切られたような気持ちになった。野犬に襲われた時の事を思い出し、あの猫もそんな犬の仲間だと思うと憎しみが沸き上がってきた。

 それで、辺りの家々を荒らし回り、あの猫を困らせてやろうと思った。それなのにあの猫は家の中に入れ、子どものような姿を見せてきた。もう許せなくなって、最後には窓ガラスを割って飛び出したのだった。

 話し終えるとキツネはうなだれ、悪い事をしたと思っているようだった。

「そうであったか。そなたにも事情があったわけじゃ。」

 土地神はキツネに近寄ると、手を伸ばした。

「たいへんな目にあったのう。さぞ辛かったであろう。」

 キツネは土地神に頭を撫でられ、涙をこぼした。そして、嗚咽が聞こえてきた。

 すると、鈴を付けた狐達は顔を背けたり、うなだれたりした。社に仕えている狐達も、かつては辛い目に遭ったものが多かったのである。

 しばらくしてキツネが落ち着くと、

「それで、このキツネの処遇はいかがいたしましょうか?」力強い低い声が言った。

 鈴を付けた狐達の先頭に立つその狐は、稲荷神社に仕えるお使い狐達をまとめている、お使い頭だった。

 この場所は元々、土地神を祀っていた神社があった広大な聖域の一部で、稲荷神社はそこに間借りして建てられた。長い年月の間に土地神の神社は焼失し、聖域は縮小されていった。今や稲荷神社の中に、土地神が間借りしているようだった。

 それでも稲荷神社では、土地神を敬い続け従っていたのである。

「このまま追い出すわけにもいかぬであろう。」土地神が視線を送ると、

「はい。お許しいただけるなら、当方で引き取りたいと存じますが。」とお使い頭が力強い低い声で言った。


 庭先でトラキチとフクマロが笑っていると、コテツがやって来た。

「何がそんなにおかしいんだ?」

「あっ、コテツ!」

「久し振りだね、コテツ。元気?」

 あっけらかんとしたフクマロに、トラキチは焦ったように言った。

「バカッ。さっき、コテツは落ち込んでるって言っただろうが・・・」

「あっ、そうだったね。ごめんね、コテツ。」

 すると、コテツは笑って、

「トラキチもフクマロもありがとうよ。でも、オイラもう大丈夫だ。」

「そっ、そうなのか・・・」

「そうなの、よかった。」

「だけど何で急に元気になったんだ?昨日はあんなに落ち込んでたじゃないか。」

 トラキチが乗り出すように聞くと、フクマロも不思議そうに聞いた。

「どうしてなの?」

「昨日、窓が元通りになったらさ、じいちゃんも元気になったんだ。それでオイラに、気にするなって言ったんだ。」

 コテツは何だかとてもうれしそうだった。昨日、トラキチが会った時とはまるで正反対だったので、

「そうか・・・よかったじゃねえか・・・」とやや半信半疑だったが、

「よかったね。おじいさんが元気になって。」とフクマロが言うと、

「うん、よかった。」とコテツが答えた。

「えっ?どういう事だよ・・・」

 トラキチが首をかしげるので、フクマロがクスッと笑った。

「コテツが落ち込んでたのは、おじいさんが落ち込んでたからだよ。」

「そうなのか、コテツ。」

「そうだよ。オイラのせいでじいちゃん、元気がなくなっちゃってさ。」

「わかるよ。ボクもおばあさんが悩んでると、心配するから。」

 フクマロとコテツが顔を見合わせるのを、トラキチが見ていると、首から提げたお守り袋から声がした。

「これ、トラキチよ。わらわじゃ、聞こえておるか?」

 土地神の声だった。トラキチのお守り袋の中には、名前の由来となったおみくじが入っていた。それはまだトラキチが生まれて間もない頃、土地神が首に結び付けたもので、いつでも持ち主の居場所がわかり、声を届ける事が出来た。

「なっ、なんだよ、いきなり!」とトラキチが言ったので、

「どうしたの?」とフクマロが言い、コテツも驚いて見ていたので、

「なんでもないぞ・・・」

 トラキチがそう言ったので、土地神が察したように言った。

「誰かと一緒におるのか、もしやコテツという猫か?ならばちょうどよい。」

 土地神の声はトラキチにしか聞こえなかったのである。

「よいか、あのキツネは神社のお使い狐となった故、安心せよ。もう悪さは出来ぬ。ちなみにのう、わらわはこれを狐の嫁入りと呼んでおる。」

「何の事だよ?」

「ほれ、見るがよい。おあつらえ向きに小雨も降ってきたではないか。」

 トラキチが首をかしげると、コテツが言った。

「見てみろよ、トラキチ。晴れてるのに雨が降ってるぞ。」

 

 

 


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