/border ├ file1「首だけの夏」

ふじた いえ

第1話 首だけ事件

『決断しないことは、ときとして間違った行動よりたちが悪い』

                   (ヘンリー・フォード)



―――――――――――――――――――――――――――――――





 瑞上村みずかみむらは、熊本県の隅っこにある。人口二千人ほどの、小さな村だ。


 熊本って、もとは「隈本」って書いたらしい。戦国のころ、加藤清正がこの地に城を築いたとき、「隈」には“日が当たらない場所”という意味があるからと「熊」の字に変えたそうだ。──けれど、陽の当たらない場所っていうのは、字を変えたくらいじゃ消えないのかもしれない。


 そして、俺の人生も、だいたいその“隅っこ”をうろうろしている。浪人生。十九歳。現役は落ち、再挑戦もあやしい。勉強の合間に書いた小説をネットで公開してみたものの、アクセス二桁。人気はなく、文章だけがやたら長い。そんな俺のもとに、「小説のネタにしてください。お礼はいいです」というLINEを送ってきたのが、従妹いとこ美々ビビだった。


 確か高三だけど、学校にはほとんど行っていない。俺の従妹だと言っても誰も信じないくらい、可愛い。いや、美少女と言っても過言ではない。それなのに、趣味は未解決事件の考察で、愛読書は『猟奇殺人辞典』だ。俺が読んだら吐き気がするような内容を、ポテチを食いながら読んでいた。しかもページの角に、可愛い猫の付箋がついてる。


可愛いと、恐怖に近い奇妙さと、ぐっちゃぐちゃしたビビの人格を受け入れてくれる友人はおらず、いつも俺のアパートに入り浸っている。


「十五年前の“首だけ事件”、覚えてます?」

「……は?どこの話だよ」

「熊本県の瑞上村。女の人の首が二つ見つかったんです。胴体なし」

「……知らん」

「いい事件ですよね」

「“いい事件”って言い方やめろ」


 俺のツッコミにも反応せず、ビビは菓子袋が散乱するテーブルの上にファイルを広げた。古新聞、地図、そして手書きのメモ。この村で起きた十五年前の未解決事件。俺たちが住んでるのは横浜なのに、なぜそんな遠い所に興味を持ったのか──。説明を求めても、どうせ俺には理解できない。黙って、次の言葉を待った。


「でね、この事件、実はもう解決してるんですよ」

「……は?」

「ただ、誰も“そうだ”って気づいてないだけです」


 ビビはカーテンを閉め、部屋を暗くした。ノートパソコンの光が、青白く彼女の横顔を照らす。その顔はどこか楽しそうで、少し寂しげでもあった。


「犯人はね……まだ、この村にいるんです。捕まってません」


 その言葉に、背筋がぞくりとした。しかしビビは、怖がる俺を見て爆笑している。笑いのツボが、完全に違う。時々、ビビはこんな感じで俺をゾッとさせた。


「だから行きましょうよ、瑞上村」

「はあ!?なんで俺が──」

「だって、現地に行ったほうがリアルに書けるでしょ?」


 こうして、俺の浪人生活は一時中断され、 “首だけ事件”の村へ行くことになった。

 ──それが、あんな夏になるとは、思いもよらなかった。

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