俺は人生を全力で生きる事にした。
古代ねこ
第1話 高校1年生、6月
「--おい直人、おい、起きろって」
誰かの声と一緒に肩を軽く揺すられた。
「……ん」
重たいまぶたを開けると視界に蛍光灯の白が滲む。
次いで見慣れた教室の天井。
一瞬、ここがどこかわからなかった。
「もうすぐ三時間目だぞ、寝過ぎ」
顔をのぞき込んでいたのは友人の三浦陽斗だった。
俺、更階 直人(さらしな なおと)は机に突っ伏したまま寝ていたらしい。
「あぁ……悪い」
ほんの数分、気を抜いたつもりが、そのまま寝落ちしてしまったようだ。
三時間目が始まり、教科書を開く。
ノートを取ろうとしてペン先が紙の上で止まる。
--なんか集中できない。
眠気のせいかと思ったがそうでもない。
起きているのに頭がぼーっとしているようだ。
窓際の席から見える校庭には、少し色あせた鉄棒と、白線の残るグラウンド。
見慣れているはずの景色なのに、なぜか胸の奥がぎゅっと締め付けられた。
高校に入ってまだ3ヶ月、情緒を感じるような時間を過ごしたわけでもないだろう。
「なんかさ、お前今日変じゃね?」
昼休み。
陽斗がお弁当を頬張りながら言う。
「そうか?」
「うんうん、なんていうか雰囲気が?存在感無いっつーか」
ひどい事を言ってくれる。
でもまぁ元々そんなもんだろうと自分で納得してしまった。
そう、俺は背も高くないし、特別目立つタイプでもない。
成績は中の中……いや下に近いか。
運動は苦手じゃないけど得意でもない。
集団に溶け込んでいるが、逆に言えばいなくても困らない存在。
昔からそんな立ち位置だったように思える。
「それは否定できませんなぁ」
横から軽い調子の声が飛んできた。
隣りの席の月島沙耶。
クラスの中でも社交的な方で、誰とでもそれなりに話せるタイプの女子だ。
その性格に助けられ、今では軽口を言い合えるような仲になっていた。
「気付くといるけど主張しないタイプだよね。なんていうんだっけ?人畜無害?」
「言い方ぁ!」
「悪い意味じゃないやつ、褒めてる褒めてる」
絶対褒めてねえだろ、と言い返そうとすると教室の入り口から声が飛んできた。
「沙耶ー、ごはん行こー」
「あ、今行くー」
彼女は弁当を手に立ち上がり「いやー存在感ある女は大変っす」と笑いながら友達の輪に戻っていく。
「……だってさ」
陽斗がにやにやしながら言った。
「うるせ」
そう言って俺は弁当を口にかきこんだ。
「そういや文化祭ってまだ出し物決まってねえんだよな」
弁当を食べ終わった陽斗が思い出したように言う。
「文化祭っていつだっけ、夏休み明け?」
「そうそう9月、俺楽しみにしてるんだよ。なんかさ、青春!って感じするじゃん?やっぱ学生時代の想い出作らないとさ!」
「屋台とかいいよなー、たこ焼きとかさ!俺みんなでわいわいやるのに憧れてんだ!」
と、目を輝かせながら言う。
「そういや中学の時の文化祭って展示ばっかでお祭り感のあるもんじゃなかったな」
「そうそう、あれマジでショックでさー、小学生の頃から楽しみにしてたのに」
陽斗ほどではないが俺もちょっと憧れがある。が陽斗のようにはしゃぐのもなんとなく恥ずかしい。
こんな風に素直に気持ちを出すのがこいつのいいところなんだよな。
「午後のホームルームはその話し合いだろ?会費も一人千円だったし、そんだけあれば何か色々できそうだよなぁ」
その流れで陽斗は後ろを振り返る。
「なぁ佐伯、会費ってもう全員分集まってんの?」
「もう集まったよ。集めた日に事務室に預けてる」
佐伯と呼ばれた男は振り返って答える。
「正確な金額っていくらなん?」
「午後の話し合いの前に確認してくるつもり。三万ちょっとだよ」
佐伯は俺と同じで自己主張が得意じゃないタイプだ。
成績も運動も平均的で前に出るより空気に溶ける方を選ぶ。
細身の体つきに、少し長めの髪。
その髪は視線を避ける言い訳のように、気弱な性格を隠すように目元にかかっていた。
午後のホームルーム前。
佐伯が事務室から戻ってきたとき、教室の空気が少しだけ変わった。
「どうした?佐伯」
教卓に立っていた担任が問いかける。
佐伯は少し困った顔で言った。
「会費……事務室に預かってないって言われました……」
一瞬意味がわからなかった。
「は?」
「どういう事?」
「預けたんだろ?」
ざわっと教室が騒がしくなる。
「うん、預けた。確かに」
佐伯は力の無い声で答える。
「でも記録がないって」
「金庫にも入ってないって言われた」
教室内がさらにざわつき始める。
「ちょっと待てよ」
「じゃあ金どこいったんだよ」
「本当に預けたのか?」
「お前が持ったままとかじゃねえの?」
言葉が少しずつ刺々しくなっていく。
そしてーー
「盗んだんじゃねえの?」
誰の声だったのかはわからない。
でも、その一言だけは、やけに教室に響いた。
一瞬、時間が止まる。
「だって事務室に無いんだろ?」
「……まぁそう考えるのもあるけど……」
「他に無くない?」
納得したように頷くやつ。
目を逸らしながらも否定しないやつ。
誰もはっきり肯定しないのに、空気だけがそっちに流れていく。
佐伯は何も言わなかった。
反論しなかったんじゃない。
できないといった顔だった。
「おい、みんな落ち着け。まだそうと決まったわけじゃ--」
「じゃあ、どうするんすか」
担任の言葉に別の誰かが被せる。
「金無いまま文化祭やるんすか?」
教室のざわめきは更に大きくなった。
誰かを悪者にすれば、話が早い。
そんな空気が確実に出来上がっていた中、気付けば俺は机を叩いて立ち上がっていた。
乾いた音が教室に響く。
誰も喋らない。
視線だけが刺さるみたいに集まってくる。
逃げるという選択肢はなぜか思い浮かばなかった。
「--俺は」
胸の奥がぎゅっと締まる。
「俺は、佐伯を信じる」
空気が止まる。
「盗んだとか、そういう話をする前に」
「ちゃんと調べるべきだと思う」
「どうやってだよ」
「今から調べられんの?」
教室のあちこちから短い声が飛んでくる。
「俺が」
「俺が--証明する!」
声が教室に響いた。
佐伯が顔を上げる。
その目と、初めてちゃんと視線が合った。
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