第3話 黄金の運び屋

 西区のどん詰まり、巨大な煙突が墓標のようにそびえ立つ場所。そこが、かつて王宮専属の地位を追われて隠居した老鍛冶屋、バルカスの仕事場だった。だが、今のそこには職人の活気など微塵もない。炉の火は落ち、肺を刺すような冷たい鉄の匂いと、安酒の臭気だけが立ち込めていた。入り口に掲げられた休業中の看板を無視してヴァンが煤けた扉を押し開ける。


「暗いな。」


 ヴァンが指先で古びたランタンのような魔道具に魔力を通すと、淡い光が室内を照らす。埃まみれの鍛冶場が露わになった。


「……帰れ。今はやってねえ。」


 奥の暗がりから掠れた声が響く。現れたバルカスは煤けたエプロンに汚れきった白髪を振り乱し、酒瓶を片手にヴァンたちを睨みつけた。胸元まで伸びた手入れのされていない髭が不機嫌そうに揺れる。


「すまんが、ちょいと事情があってな。爺さんの力が必要だ。」


「バルカスさん。どうかお願いします。」


 バルカスは頭を下げるリノを見る。その灰鉄色の瞳が一瞬だけ揺れた。だが、すぐに彼は顔をそむける。


「リノちゃん……いや、俺はもう無理だ。無理なんだ。」


「あんたがでかい仕事を失敗したのは知ってるが、まさかここまで腑抜けてるとはな。しかし……。」


 ヴァンはじろりと足元に転がる槌を見る。どうやら手入れは怠っていないようだとヴァンは見抜いた。


「……まあ、手遅れってわけでもなさそうだ。」


「わかったような口をききやがって。いいからさっさと出ていけ。」


 これ以上話しても無駄だ。そんな空気が鍛冶場を満たす。ダンの震える吐息だけが響く中、その静寂を粉砕したのは、あまりにも場違いで豪快な笑い声だった。


「――っはー! 今日もいいマッスルだ! ここは相変わらずいい鉄の匂いがするぜ!」


 ドゴォン!と、修理中だったはずの勝手口の扉が蹴り開けられた。ばらばらと木片が散る。そこに立っていたのは、天井を突くほどの巨漢だった。岩のような筋肉、浅黒い肌に硬質な角が額に覗く。象徴的な金の鎧が、彼は戦士だと告げている。その背には巨大な荷袋を軽々と背負っている。よいしょと体を小さくして勝手口だった場所をくぐる。


「……ゼップ。なぜここにいる。」


 ヴァンがこの日一番の、心底嫌そうな顔をした。根本的に彼は人嫌いなのだが 、特にこの大男は話が通じないため面倒くさいと考えていた。


「よう、世界一の鑑定士!それが、聞いてくれよ。俺の相棒ゴールちゃんがぶっ壊れちまったんだヨォ!」


 黄金の運び屋、ゼップ。ハーフ・オーガの怪力とドワーフの執着心を併せ持つ多種族の混血であり、ありとあらゆる危険な迷宮を散歩をするがごとく踏破する、筋肉と金の亡者だ。探索者ギルドではAランクと評価される、凄腕の探索者である。ゼップは背負っていた巨大な荷袋から、見るも無惨にひしゃげた黄金の塊、すなわち『黄金の破城槌ゴールデン・バトリングラム』を取り出し、作業台にドスンと置いた。


「は!?『黄金の破城槌ゴールデン・バトリングラム』を壊した!?てめぇ何考えてやがる!」


 これにバルカスが猛然と反応した。先ほどまでの萎びようが嘘のように怒鳴り散らす。リノとダンがびくりと肩を震わせた。


「ど、え、は!?どこの馬鹿がドワーフの国宝級の得物をこんな風にひん曲げるんだ!?」


「いやあ、なんか『どんな攻撃も防ぐ盾』っちゅうもんがあるらしくて、つい試したくなってな。結果は相打ち、というわけだ!」


 ゼップは自慢の筋肉を誇示するようにマッスルポーズをとる。ヴァンは冷ややかな目を彼に向けて言った。


「まあ、魔道具の性質上、『どんな攻撃も防ぐ盾』ってのは作り得ない。偽物に違いないが、どうやら質は良かったようだな。調子に乗ってたら、バケモンが来ちまったってところか。」


 バルカスは酒瓶を放り出し、折れた黄金の槌を震える手で撫でた。


「どうだ、親父さん。直りそうか?」


「誇らしそうにするんじゃねえ、阿呆が。……ちょっと待て。」


 バルカスはその目を真剣なものに変え、壊れた破城槌を観察する。ゼップはここでリノとダンの存在に気が付いたようで、彼らに挨拶をした。


「おお、リノの嬢ちゃん。それに、見知らぬ少年。オレはゼップ!ゼップ・サンフラワーだ!よろしくな。」


 彼はその図体からは考えられないほど優しい握手をした。少年はもちろん、なぜか顔見知りのリノにも。しかし、リノは驚いた表情だ。


「ええ、ゼップさんって、貴族様だったのですか。」


「ん。まあ、そうだな。」


 ゼップは歯切れの悪い答えを返す。彼自身は、貴族であることに良い印象は抱いていないようだった。バルカスは『黄金の破城槌』から手を放し、はあとため息をついた。


「こんなもん、今の俺の炉じゃ直せねえ。これを溶かすには火力が足りねえ。」


「だから相談に来たんだ! 親父さん、こいつが直れば俺はもっと金が稼げる! 報酬は弾むぜぇ!」


 ゼップが乱暴に袋から取り出したのは、一枚の古びた地図だった。


「東の迷宮『溶炉遺構』の最深部。その主である『溶炉の巨像』。そいつの心臓部には、伝説の――。」


「『這い回る熱水銀』か。」


 ヴァンが言葉を継いだ。バルカスの肩が、ピクリと揺れる。高位精錬触媒であるそれは、結晶である『聖女の涙』を液状化するために必要な熱を起こすことができる素材だ。ヴァンはこの素材を繋ぎに使うことを考えていた。


「そうだ!あれを熱源にすりゃ、どんな硬い石だってバターみたいに溶ける!もっとも、あそこは貴族お抱えの探索者パーティーでも全滅するような地獄だがな!ははは!」


「……ゼップ。俺もつれていけ。」


 ヴァンの静かな、だが断固とした言葉に、ゼップは目を丸くし、バルカスは鼻で笑った。


「ふん。お前正気か?」


「お前のその細い体じゃ、あそこの熱気で干物になっちまうぞ!」


「お前とは違って俺には頭があるんだ。熱なんぞ魔道具でどうとでもなる。それに……報酬は出そう。お前、『地脈喰らいの爪』欲しがってたよな?」


 ゼップの目が金貨のマークに変わった。


「はっはー!俺とお前の仲だ!あんな所サウナ同然!裸の付き合いといこうぜ!」


「やめろ気持ち悪い。報酬分は働けよ。」


 ムキムキの筋肉に強引に肩を組まれ、ヴァンは嫌悪感を露わにしながらも、その腕を振り払うことはできなかった。諦めたように溜息をつき、バルカスに向き直る。


「バルカス。俺たちが『這い回る熱水銀』を持って帰ってきたら、その時は炉に火を入れろ。それに、少しは分けてやる。まだ『太陽』は諦めていないんだろう?」


 老鍛冶屋は、しばらくの間、無言で自分の震える槌を見つめていた。


「……フン。生意気な小僧共が。……いいだろう。持ってこられたら、の話だがな。おい、ゼップ。勝手口の弁償はしろよ。」


「交渉成立だ。……リノ。お前は留守番だ。店は開かなくてもいい。ダンも家に帰れ。家族も心配しているだろう。」


 不安そうにしながらも、リノとダンは頷いた。空はすでに暗くなり始めていた。三日の期限、その三分の一が過ぎようとしている。ヴァンは『カレイドスコープ』と、とある自作の魔道具を荷物に詰める。偏屈な鑑定士と黄金の運び屋は、荷物をまとめて灼熱の地獄『溶炉遺構』に向かった。

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路地裏のカレイドスコープ~魔道具店の偏屈店主はガラクタの価値を看破する〜 藍家アオ @AiieAo

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