路地裏のカレイドスコープ~魔道具店の偏屈店主はガラクタの価値を看破する〜
藍家アオ
第1章 『淀み啜りの銀杯』
第1話 魔道具店『カレイドスコープ』
価値ってのは、見るヤツによって変わるものだ。魔道具店の店主たるもの、たった一つの角度から覗いただけで物の価値を決めるなよ。
それが、彼の先代が遺したこの店のルールだった。
王都の煌びやかな大通りを曲がり、石畳のかけた路地を突き当りまで進んだ場所に、その店はある。湿った風が古びた真鍮の鈴を鳴らす。扉の横に置かれた小さな看板にはこう書かれている。魔道具店『カレイドスコープ』開店中。
「……チッ。はぁ……こりゃ駄目だ。魔力回路が逆繋ぎになっている。こんな繋ぎ方をするアホがいるなんて、王都も落ちたもんだなぁ。」
偏屈なくせに独り言は良く喋るこの青年は、この魔道具店の店主ヴァンだ。片目に革ベルトで固定したルーペをはめ、手元のガラクタを睨みつけている。 扱っているのは、水を注いで沸騰するまでの三分間、陽気な鼻歌を奏でるティーポットの魔道具だ。物好きな貴族に修理を依頼された、世間ではゴミと笑われるような、なくても困らない代物だ。実際、一般的なティーポットの魔道具はもっと早く温めることができる。ヴァンの指先が極細の精密ドライバーを回し、魔力の結び目を解いて繋ぎ変えた瞬間、ポットはふんふんと機嫌良さそうに蒸気を吹き上げた。
「先生、またその『ハミングポット』ですか? そんなの直してもパン一つ買えませんよ。」
「お貴族様からの依頼なんだ。断るわけにもいかん。」
カラン、とドアベルが鳴り、明るい声が店内に飛び込んできた。店員のリノだ。彼女は両手に抱えた焼きたてのバゲットをカウンターに置くと、埃っぽい空気を一気に華やかに塗り替えた。
「なら、もっとお金をもらえばいいじゃないですか。小銅貨5枚は少なすぎます。」
「うるさい。これは決まりだ。」
ティーポットの修理にはそれほど素材も時間も掛からない。ヴァンは先代からの方針に従い、魔道具の修理は掛かる手間によってその修理費を決めていた。
「はいはい。先代譲りの頑固さですね。あ、パン屋のおばさんがおまけしてくれましたよ。」
「……お前が愛想を振りまくからだろう。」
ヴァンは毒づきながらも、リノが淹れた茶を啜った。これがこの店の、いつもの路地裏の日常だ。
「しっかし、最近お客さん来ませんねえ。」
「……。」
だが、その安穏は、不吉なほど重く低い音を立てて開いたドアによって破られた。ガラン、とドアベルが鳴る。
「いらっしゃいませ。」
「……た、助けてください。どうにかしてほしいんだ、これ。」
立っていたのは、泥にまみれた一人の少年だった。その手には、ボロ布に包まれた何かがある。布の隙間から見えたのは、美しさのかけらもない、真っ黒に錆びついた銀の塊だった。
ヴァンは目を細める。ヴァンの鑑定眼が、その錆の下から漏れ出す異常な魔力の震えを捉えていた。
「小僧。渡してみろ。」
ヴァンの声から温度が消える。彼はカウンターの奥から、使い込まれた黒檀の箱を取り出した。中にあるのは、幾千ものレンズが重なり合う、筒状の魔道具『カレイドスコープ』。
ヴァンの指が魔道具に触れる。 カチ、カチ、と、刻むような硬質な音が響き始めた。
「君、名前は?」
「……ダンです。」
泥だらけの少年ダンは震えていた。リノはとりあえず、少年の汚れを落とそうとする。濡らしたタオルを渡すが、しかし汚れはしつこかった。困ったリノに、ヴァンはひとつの魔道具を渡した。二枚貝のような形だ。
「これは?」
「『ぺろぺろくん』だ。」
「『ぺろぺろくん』……?」
聞きたかったのはそういうことではない、と口をとがらせるリノを無視して、ヴァンは『カレイドスコープ』を覗いて鑑定を始める。魔道具をひっくり返したリノは、そこにひとつのボタンを見つけた。えい、と押すと、『ぺろぺろくん』が起動する。貝が開いて中から大きい舌のようなものが飛びだす。奇妙な見た目だが、その効果は劇的だった。『ぺろぺろくん』がダンの身体をひと舐めすると、ダンの汚れは一気に綺麗になった。
「わ、すごい!」
「……すごい……。」
びっくりしてはしゃぐリノに対して、ダンは感銘を受けるような反応をする。
「でも、ちょっと気持ち悪いですね。もっと別のやり方にすればいいのに。」
「ほっとけ。ほら、鑑定が終わったぞ。」
ヴァンはカウンターの上にごとりとそれを置く。リノは慌ててその下にタオルを敷いた。それは、杯の形をした魔道具だった。
「これはなんだったんですか?」
「まあそんながっつくな。で、小僧。お前はこれをどうしたいんだ。持って帰るのか?」
ダンは首を横に振る。
「そ、それは僕の物じゃないんだ。元あった場所に戻さないと……。」
「そうか。だが、このまま戻すと大変なことになるぞ。お前もわかっているだろう。」
「う……。」
ダンは苦しそうな顔をする。見かねたリノが、少し怒った様子で言う。
「もう、結局先生は何が言いたいんですか?」
「依頼はなんだ。どうにかしてほしい、じゃわからん。」
ヴァンの淡々とした、しかし有無を言わせぬ言葉に、少年ダンは唇を噛んでうつむいた。
「……治して、ほしい。このままじゃ、僕のせいであそこが消えちゃう。みんなの、大切な場所なんだ。」
消える。その物穏やかではない言葉に、リノが顔を強張らせた。
「先生……。」
「こいつはただの器じゃない。この王都、ひいては路地裏の汚れを代わりに背負うための浄化槽だ。西の路地裏の角、廃教会の壁龕に嵌め込まれていただろう?」
ダンが驚いて顔を上げる。ヴァンは『カレイドスコープ』を覗き込み、レンズの奥で冷たく光る瑠璃色の術式を見つめていた。
「……それを引き抜いて動かした。お前の動機なんぞ興味はないが、結果は最悪だ。こいつは街中の汚れを啜りすぎて、もう限界だった。お前が触れた瞬間に蓄積した淀みが決壊し、本体は呪物へと成り果てたのさ。」
ヴァンの指が、銀杯の表面を這うどす黒い錆を指し示す。
「放っておけば、三日後にはこの銀杯から王国の歴史と同じ分の汚れが逆流する。そうなれば、この路地裏は病魔と瘴気の海に沈むだろうな。」
「そんな……。」
リノが息を呑む。少年の細い肩が、絶望に小さく震えた。
「じゃあ、先生。今すぐこれを直さないと!」
「馬鹿を言え。こんな呪い塗れの骨董品、すぐに直せるものか。それに小銅貨数枚で受ける仕事じゃない。」
ヴァンは突き放すように言って、茶を飲み干した。静まり返る店内。ヴァンは視線を逸らしたまま、ボソリと呟く。
「……『ぺろぺろくん』では小僧の汚れを浄化するのが限界だったか。壊れかけだ。だが……ちょっとは浄化できるというわけだ。」
「た、確かに。希望はありますね!」
ダンは『ぺろぺろくん』を開き、中の青い瓶を取り出す。半透明なそれには罅が入っているが、中には確かに汚れが貯まっている。
「この中の泥を解析する。『ぺろぺろくん』に使ったものより上等な素材を仕入れる。それで新しい魔道具をつくり、こいつを浄化する。」
ヴァンはルーペを外し、少年の真っ直ぐな瞳を見据えた。
「価値は、見るヤツが決める。俺はこれを、街を救う『聖杯』だと鑑定した……。お前はどうだ。この杯に、その価値があると思うか?」
ダンは力強く頷いた。
「……ある。絶対にあるよ!修理代は一生かけても払うから、だから直して!」
「なら依頼成立だ。リノ、仕入れに行くぞ。一秒でも無駄にすれば、この店ごと呑まれるからな。」
ヴァンは乱暴に椅子を蹴って立ち上がった。 路地裏の静寂が、一気に嵐の前の静けさへと変わる。カレイドスコープのレンズが、カウンターの上で美しく光を反射していた。
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