殺すつもりはなかったんですよ……w

御子柴 流歌

結局ニンゲンの思想がいちばんこわい


 いや、だから、本当に。

 最初からそんなつもりは無かったんですよ。


 ほら、ニンゲンってふつう追い詰められたときには判断能力が下がるって言いますでしょう? 端的に言って、俺は追い詰められてたんですよ、あの人に。

 いや、マジで、笑ってる場合じゃあ無いんだとは思うんですけどね。

 でも実際に笑うしかねえやって思うような時は得てして存在しているんですよ。――ほら、葬式で坊さんが経上げしてるときに何か不意に笑いがこみ上げてくるようなときだってあるんですよ。シチュエーション的に笑ってはいけないと思えば思うほど笑えてくるみたいなことは往々にしてあるんですよ。だから『笑ってはいけない』とかいうタイトルのテレビ番組があるんですよ。

 ――ああ、すみません、完全に余計な話でしたわ。

 要するに、俺という存在そのものが、笑っちまうくらいにどうしようもなかったって話なんですよ。


 そもそもの原因になる部分を話さないと、たぶんアンタらって納得しないんでしょ?

 ……映像資料出したって『AIで生成したヤツだろう』とか言ってくるのかもしれないですけどね。バカのひとつ覚えみたいに。

 まぁ、そんなことはどうでもいいんですよ。

 少なくとも『俺のせいじゃねえ』ってことくらいは言っておかないと、こっちにも立場とかって物があるわけでね。

 いや、もちろん形式上は俺のせいになるのかもしれないけど、そういう形式的な話なんてモンは俺嫌いなんすよね。

 物事ってモンはサ、もっとこう……複雑で、深淵を覗き込んで時には逆に覗き込まれるようなもんだろって話で。

 解るでしょ? 国民の税金でメシ食ってる分際でもさ。


 たとえば――、ほら、シゴトっすよ、シゴト。

 毎日毎日、誰かがテキトーに鼻くそほじりながら作ったルールなんかを下敷きにして、何の才能も無ければ何の努力もしてこなかったようなヤツらに囲まれて、狭っ苦しいところで同じ空気を吸ってさぁ。

 俺くらいのニンゲンが、何であんな薄暗いし天井もビミョーに惹くいようなフロアで、凡人どもにナマイキに指図されながらペコペコ頭下げるなんて、おかしな話でしょ?

 だって、そもそも俺はヤれるニンゲンですからね。

 昔からそうですし。自薦他薦どっちもですから? 


 だからねえ。

 あの課長が俺に向かって「ミスが多い」だの「最近集中してないんじゃないか」だの、そういう凡人目線から抜け出ることなどあり得ない程度の小言を言ってきた瞬間に、『ああ、俺は終わったな』とそう思ったンスよね。

 いや、人生終わったとか、そういうくだらねえしょうもねえ終末思想じゃねえっすよ。あの課長のニンゲンとしての価値が終わったって意味っすよ。

 俺に説教するとか、どのランクから言ってんの、って話っすよね。

 まぁ、元々終わってたけど。コレはガチ。俺じゃ無くても他の連中だってそういうことをコソコソと言ってたのは知ってるんで。


 でもまぁ、俺も一応は心は広い方なんで?

 そうっすねー、おとめ座超銀河団よりは広いくらいかなと自負してますが。


 ただ、アンタら端くれでもわかるでしょ? 少々の心得がありゃ知ってるはずですよね?

 ニンゲンって、ここを押せば一撃で倒れるって場所がありますよね。

 いじめっ子みたいに攻撃は最大の防御だとか信じ込んでる愚か者はとくに。防御力ゼロの弱いタイプはとくに、メンタル的なところにそういうポイントがあるわけっすよ。

 課長って、まさにそれだったっすねえ。言われた側が黙れば黙るほど増長するけど、ひとたび言い返されると躍起になって大声を出すか、捨て台詞みたいなのを吐き捨てて背を向ける。この2パターンしかないって辺りがまた単細胞って感じですけども。

 ともかく俺がさらっと言い返せばすぐ真っ赤になったり真っ青になったりしてさ。ほんと、弱い人間って見てるだけでも面白いもんで。


 ――で、あの日ですよ。

 俺が提出したレポートに『軽微なミス』があったとかいう話だけで、あいつは俺を会議室に呼び出した。

「今日という今日は……」とかいう典型的な前置きで始まったから何かと思えば、まぁいつものように、くだらない小言のオンパレード。

 凡庸な人間ほど、他人のミスを指摘するときだけは饒舌になるんですよねぇ。自分の価値がちょっと上がった気になってさ。かわいそうに。


 そのとき俺、ふと気付いたんですよ。

「あ、コイツって、俺が本気出したら勝てっこないってこと理解してないんだな」って。


 いやいや、別に物理的に何かするって事じゃないっすよ?

 別に暴力をふるったわけじゃないですよ?

 手を上げるなんて下品だし、俺そういうの嫌いなんで。もっと知的に、精神的に優位に立つタイプなんですよ。

 ――まぁ、何かしらがあればすぐ手やら足やら拳銃チャカやら出したがる人たちには、もしかしたら理解できる領域からは飛び出してしまってるかもしれないですけどもぉ。


 でもまあ……言葉ってさ、時に刃より鋭いんですよね。

 言いますでしょ? 『ペンは剣よりも強し』って。

 あれはイギリスの作家、エドワード・ブルワー=リットンが戯曲『枢機卿リシュリュー』の中で書いたのが起源って話ですけど、ご存知でした? まぁ、どうでもいいですかね。

 とにもかくにも、俺は、軽く、ほんの軽?くだけなんです。

「課長ってさ、家族とかいないんですよね?」

「こんな仕事で満足してるって、人生つまらなくないですか?」

「俺が本気出したら、課長なんて三日で抜かせますよ?」


 シンプルに相手の弱点を、あくまでも想像の範疇で突いてあげただけですよ。だって俺、あいつのプライベートなんて何も知らなかったし。知る気も無いし、どうでもいいし。

 ただただ単純に、何でお前は言い返されることを考えもせずにべらべらとくだらないことをぶつけて来れるんだろうな、と疑問に思ったから、ただただ単純に返して差し上げたってことなんですよ。

 でもまぁ、これが効いたみたいなんスよねぇ……。めちゃくちゃに。

 課長の顔がさ、みるみるうちにぐしゃっと崩れて。泣き出しはしなかったけど、ほぼ泣いてた。目が泳いで、手が震えて、呼吸が乱れて。

 ああいうのを見ると逆にこっちが冷めちゃうんですよ。

「なんだコイツ、ここまで弱いのかよ」って。


 その瞬間、俺の中の理性がまだ残ってたら、引けばよかったんだろうね。

 でも、まあ……人間ってさ、正しさなんぞよりも快感の方が勝つんですよ。

 つまらない真実よりも、スパイスが効かされたマガイモノの方が美味しいわけですわ。


 で、課長が突然、胸を押さえて倒れた。

 ぱたり、って。ほんとに漫画みたいに。


 俺、最初笑っちゃったんですよ。「大げさだな?」って。

 でもわざにしても長ったらしく動かないからねえ。

 ま、救急車くらい呼びましたよ。人としてね。

 ただまあ、……遅かったらしいです。

 病院からは『急性心不全』とかなんとか言われてましたけど。まぁ、大抵ニンゲン死ぬ時なんて『心不全』だっつー話で。死因不明って書けないから『心臓が止まったから死んだ』ってただそれだけのことなんすよね。


 さて、と。

 結局そういうことなんすよね。

 これが真実。これがファクト。

 スパイスも何も効かせてない、素材の味ですが。

 ご堪能いただけましたかね?


 で、あんたらは言うんだろ?

「お前が追い詰めたからだ」って。

「お前の言葉が引き金になった」って。

「事実上の加害者だ」って。


 でもさぁ、それって俺の責任じゃなくない?

 だって、俺、殺すつもりは全く、これっぽっちもなかったんですよね。

 ほんとに。マジで。


 だって、心が弱かっただけじゃん? 二重の意味で。


 そもそもさ、あんたらだって普段、弱い人間を見下したりしてるでしょ?

 SNSで叩いたり、間違えたやつを晒したり、誰かの失敗を笑ったり。

 俺がやったのは、それをちょっとだけ、言葉にして伝えただけじゃん。

 みんなやってることだし、特別でもなんでもない。


 ああ、でもねえ。

 ――正直に言っちゃえば、ちょっとは後悔してるんですよ?


 いや、課長が死んだことじゃないですよ?

 そうじゃなくて、アレがあれだけ弱かったってことを見抜けなかった自分に、です。

 もっと慎重に扱えばよかったなって。

 だって、弱すぎるガラス細工って触っただけで壊れるじゃないですか。


 俺、ああいう壊れもの、好きじゃないんですよ。扱いづらいし。

 だからほら、誤解しないでほしいんですけど――













 ――殺すつもりはなかったんですよ……w

 

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殺すつもりはなかったんですよ……w 御子柴 流歌 @ruka_mikoshiba

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