天下を逃した織田信長は異世界で再起する ~幽閉の王女エリシア戦記~

@syogoki

第1章 王の転生

第1話 炎の中の天下人

「―謀反です! 家紋は…桔梗!!」


怒号が、燃え盛る堂内に叩きつけられた。

梁は軋み、漆塗りの床を炎が這い、天井から煤が雪のように降る。


襖の向こうでは、

刀が骨を断ち、血が畳に吸われ、

怒号と断末魔が、もはや区別もつかぬまま渦を巻いていた。


織田信長は、ゆっくりと立ち上がる。


燃え落ちる梁を見上げ、

その奥に広がる炎の天井を見つめ――

ふっと、口角を上げた。


「金柑頭め……」


喉を鳴らすような低い声。


「ここで打って出るか。

 ふっ―なかなか、やりおるわ」


家臣が、血に濡れた顔で駆け寄る。


「殿!炎は裏手にはまだ――脱出を!」


信長は首を振った。


「是非もなし」


それは諦観ではなかった。

盤上をすべて見切った者の、結論だった。


「天下は、わしには掴めなんだか」


それは目前まで迫って彼の手から零れ落ちた。


だが――


(この首も明智には掴ませぬ)


轟音。


火柱が吹き上がり、

空気が一瞬で焼け、

世界が赤に染まる。


(思えばこの31年間……)


様々な敵を組織を、味方であった者でさえ、この手で切り捨ててきた。


(因果よの…ここで終わるとは)


信長は、炎の中で舞う灰を見つめながら、静かに舞った。


「人間五十年、下天の内をくらぶれば、

 夢幻の如くなり一度生を享け、滅せぬもののあるべきか」


梁が、折れる。


「殿ーっ!!」


叫びが、炎に掻き消えた。


次の瞬間、

世界は、音も熱もすべてを失い、

白く、弾けた。


意識が落ちていく、その刹那。

織田信長は、確かに理解していた。


―自分は、天下人になり損ねたのだと。

何が足りなかったのだろう、あるいは足りすぎていたのか。


直後、

その意識は、白い光の中へと引きずり込まれていった。


―揺れている。


規則正しく、だが容赦なく。

石畳を踏み外すたび、馬車の荷台がきしみ、身体が痛む。


外套を頭から被り、膝を抱えた青年は、じっと目を伏せている。


ノブレス・オーダー


それが、この青年に与えられた名だった。


(……ついてないな)


口には出さない。

だが、胸の内では何度も繰り返していた。


海運業で財を成した地方貴族の一人息子。

商いは順調で、港では父の名が通り、だれもが頼りにした。

母は帳簿と人の顔を読むのがうまかった。


――「いずれは、お前がオーダー家を継ぐのだぞ」


16歳の誕生日彼は両親から確かにそう言われていた。

この家は笑顔が絶えない家だった


だが、それは突然、断ち切られた。


突然の嵐により商船は沈没。

両親の遺体は、上がらなかった。


そこからの展開は早かった。


財産を管理すると称して集まった親族や父の部下たち。

同情の言葉と引き換えに、権利書が事業が切り取られていく。


そして残ったの債務の返済と18歳という年齢。

扱いづらい“一人息子”という肩書きだけ。


(父上、母上がいなければ、家などただの餌だ)


ノブレスの理解は、早かった。


最後に押し付けられた役目は―「王族の侍従」


更にノブレスを憂鬱にするのはその赴任先だ。


「幽閉された王女」の世話係。


地方貴族としては“名誉ある奉公”であろう

しかし実態を鑑みれば、要するにただの厄介払いだった。


馬車の幌がめくられ、護衛兵の顔が覗く。


「おい!大丈夫か?」


乾いた声が馬車の中に響く。


「よりによって“あの塔”とはな。お前も運が悪いぜ!」


ノブレスは、目も見ず何も返さなかった。


返したところで、

何かが変わる立場ではないと知っている。


(運が悪い、か)

いや、違う。


運が良し悪しがあるのは、

運にすがるしかない者たちだ。


―ノブレスは、すでに全てに期待をやめている。


馬車が、急に減速した。

村の中が騒がしい。


「……何だ?」


護衛兵が、舌打ちをする。


馬車は完全に止まった。


ノブレスは、外套の隙間から外を覗く。


広場に人だかりができている。


杭。

薪。

兵。

法衣。


(……異端者への火刑か)


空気が、冷えた。


自分の知らない世界ではない。

だが、知っていても慣れるものではない。


護衛兵が吐き捨てる。


「胸くそ悪いぜ!だが……これは秩序を守るためだ」


その言葉を、ノブレスは反芻した。


秩序を守る。


(なるほど……)


秩序とは、

誰かが“選ばれずに死ぬ”ことで、

多数が安心する仕組みだ。


少なくとも今のノブレスはそう感じた。

自分は運命から選ばれなかったから。


馬車は、森道へ入った。

道は次第に細くなり、

湿った空気と、古い石の匂いが混じり始める。


遠くに、影が見えた、目的地の塔だ。


高く、細く、

まるで「忘れられるために建てられた」かのような建造物。

湖のほとりにあるその塔はかつて王族の保養地でもあったが、

今は使われていない。


(幽閉された王女か)


その言葉が、胸をよぎる。


幽閉の理由は知らされていない。

だが、知らなくても察しはつく。


――王族というのは、

 生きているだけで、罪になることがある。


事情はどうあれ、大きな力が動いている。

つまりその王女が消えるとき自分の命の保証はない。



馬車は湖に沿って林道を進んでいるところ

空が鉛のように重くなる。


辺りは途端に雨に打たれてぬかるみはじめた。


「おいおい!あと少しだってのに、勘弁してくれ!」

「塔へ急ぐぞ!」


護衛兵まで運に見放されたようにため息をつく。


その時、一筋の閃光が近くの木を直撃した。

大地が跳ね、馬が悲鳴を上げた。


「ヒヒーン!!!」


「危ない!」


その瞬間、

世界が真っ逆さまにひっくり返る。


馬車は横転しノブレスは外に放り出された

その衝撃で頭を強く打ちそのまま崖の下の湖に転落した。

まだ肌寒い日の水温は容赦なくノブレスの体温を奪う。


(…やっぱりついていない)

(このまま父と母のところに行くのか)


途切れる意識の中、彼は白い光を確かに感じた。


そして、光の向こうからかつて炎の中で終わったはずの男――


織田信長の意識がノブレスの意識と静かに合致する。


-このままでは死…

-まだだ

-まだ


「終わらせはせぬ!!」


意識を取り戻したノブレスは湖の中から顔上げた。

木の根をつかみなんとか自力で這い上がる。


そして聳え立つ塔まで極限まで冷えた身体を引きずった。


傷ついた身体から信長として生きた記憶が、胸の奥で滲み出る。


炎の記憶。

怒号。

謀反。


そしてノブレスの記憶。

二つの人生が、同じ場所で

重なり混じり始め一つになるのを感じる。


塔は、もうすぐそこだった。


(王女の世話役、か)


何も期待されず、

何も持たされず、

ただ“余っている”から回された場所。


だが―


(だからこそ、見えるものもある)

(1から開始するなんて31年ぶりじゃ!)


天下を取り損ねた男は、

無意識のうちに、そう考えていた。

彼の口角はあがっていた。

あの日の炎の中の顔と同じように。


塔に着いた瞬間、彼の意識はまた途絶えた。

衛兵が急いで塔の中に運び込む。


ここから、このみすぼらしいカビくさい塔から

激動の国盗り物語が始まることを知っているものは誰もいない。


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あとがき

ご覧になっていただき誠にありがとうございます。

初作品で初投稿、初コンテスト参加となります!

全文完成しておりますので、1日1〜2話更新を予定しております。

ただの歴史好きが歴史上の英雄、織田信長を題材にさせてもらうからには

彼の革新性や逆に失敗を通して、今につながる人の物語を皆様と共に

体験してもらえたらと考えております。


まず1章まで、できたら2章まで読んでいただけましたらより世界観が伝わり

没入していただけるのかなと思っています。

ぜひ応援よろしくお願いします。




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