第4話:魔王様、子どものお迎えなので離脱します。
【PM 4:00 激戦地・デスバレー】
「よし、今だ! 敵の親衛隊長が隙を見せたぞ! 全員、突撃――」
勇者が聖剣を掲げ、叫んだその時だった。
対峙していた魔王軍の親衛隊長(凶悪な首なし騎士)が、突如として懐から魔導端末を取り出し、丁寧なジェスチャーで「ちょっと待って」と制した。
「……あ、申し訳ない。勇者一行。今日の私の勤務、**『時短シフト』なのでここで終了だ。今から保育園にお迎えに行かねばならん」
「はぁ!? 戦闘のクライマックスだぞ!?」
勇者の叫びを無視して、首なし騎士は手際よく剣を鞘に収め、愛竜の背中に「チャイルドシート」を装着し始めた。
「わが軍は『育児支援制度』**が徹底していてね。パパ騎士の私も、送り迎えの時間は厳守だ。これに遅れると魔王様に『家族を大事にできない者に、魔界を統治する資格はない』と、こっぴどく叱られるんでね」
【PM 5:50 後方の魔導部隊】
勇者たちは、せめて手薄になった後方の魔導部隊を叩こうと移動した。しかし、そこには誰もいない。ただ、浮遊するクリスタルが数個、淡く光っているだけだった。
「な、なんだ? 伏兵か!?」
『いえ、**テレワーク(遠隔魔法)です』
クリスタルから、聞き覚えのある魔女の声が響く。
『私、今、看護休暇を頂いてまして。子どもが知恵熱出しちゃったんですけど、わが軍は自宅からでも広域破壊魔法を撃てるインフラが整ってるんで。あ、今オムツ替えるんで、詠唱3分待ってもらえます?』
「オムツ替え待ち!? 命のやり取りをしてるんじゃないのかよ!」
「勇者、見て……」
魔法使いが、地面に落ちていた魔界の広報誌を拾い上げた。
そこには、魔王が赤ん坊のオークを抱いて微笑む写真と共に、驚愕の数字が並んでいた。
【魔界通信:特別号】
育休取得率: 100%(魔王自ら取得を推奨)
バースデー休暇: 本人、配偶者、子どもの誕生日は強制休暇(高級ポーション詰め合わせ贈呈)
福利厚生: 魔王城内に24時間対応託児所「サタン・キッズ」完備
【PM 6:00 勇者たちの末路】
勇者パーティの戦士は、その場に座り込んでいた。
「……俺、先週、母親の三回忌だったんだよな。でも勇者が『世界がピンチなのに私情を挟むな』って言うから、無理してダンジョン潜ったけど……。俺、何のために戦ってんだろ」
「そ、それは……世界を救うためだろ! 正義のためだろ!」
勇者の言葉に、空からいつもの天使(労基署)が舞い降りてくる。
「勇者様。家族の行事や看護を『私情』と切り捨て、部下の人生を軽視する組織を、世間では『悪』と呼びます。一方、魔王軍は『子育てサポート企業(プラチナくるみん)』**として天界からも表彰されました」
天使は、魔王軍の福利厚生パンフレットを勇者の顔に突きつけた。
「いいですか、勇者様。子どもを安心して育てられない世界を、誰が守りたいと思うんですか? あなたが守ろうとしている世界より、魔王が作ろうとしている世界の方が、よっぽど未来がありますよ」
「未来……? 家族……?」
独身、貯金なし、趣味は素振り。そんな勇者の目から、熱いものが溢れ出した。
一方、最強の魔法使いは、魔導端末で魔王軍の採用サイトを見ながら呟いた。
「……看護休暇、有給とは別枠で年間10日もらえるんだって。私、もうこのボロボロのパーティに骨を埋める理由、1ミリも見当たらないんだけど」
「勝てるわけないでしょうがーーーー!!!」
勇者の悲痛な叫びは、魔王軍のパパ・ママたちが家族と団欒する、幸せな夕餉の準備の音にかき消された。
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