〖お題フェス「天気」〗明日の遠足、降水確率0%(ただし猫のゴルシが暴れなければ)

月影 流詩亜

第1話 ゲート難の夜



​ スマホの画面に表示された数値を見て、私は絶望的な声を上げた。


「嘘でしょ……降水確率40%……!?」


 明日は待ちに待った遠足だ。行き先は隣町の『みどり牧場ぼくじょう』。


 もし晴れれば、広大な芝生の上でレジャーシートを広げ、みんなでお弁当を食べられる。

 けれど、もし雨が降れば……

 遠足は中止とはならないものの、行き先は学校の体育館に変更され、湿気った空気の中でパイプ椅子に座ってのお昼ご飯となる。それはもはや、ただの『場所を変えた給食』だ。


​「そんなの嫌! 絶対、絶対に晴れてくれなきゃ困るのよ!」


​ 私は、春野麗良はるの うらら。小学5年生。

 勉強も運動もパッとしない、じゃんけんはだいたい負ける、給食の揚げパンは私の番で小さくなる。

そんな「負け組」星の下に生まれた私だけど、明日だけは負けられない理由がある。


 クラスの転校生、オグリくん(本名・小栗おぐり まさる)だ。

 背が高くて、力持ちで、ちょっと天然で、給食のおかわりじゃんけんだけは絶対に負けないオグリくん。

 明日の自由行動の時間、私は彼を誘って一緒にお弁当を食べる計画を立てているのだ。

そのために、彼が好きだというニンジンを使った『特製ニンジン型ハンバーグ』だって練習した。

 青空の下、牧場の風に吹かれながら、「うまいなー」と笑うオグリくん……。そのシチュエーションが必要なのだ。


​ 私はスマホをベッドに放り投げると、リビングへと駆け下りた。

 日本の気象庁がなんと言おうと、我が家の天気予報は別の場所にある。

 リビングのソファの上。そこに、真っ白な毛並みをした「予報士」様が鎮座していた。


​「……ゴルシ、機嫌はどう?」


​ 私が恐る恐る声をかけると、その白い塊は、あからさまに不機嫌そうに耳を伏せた。


 我が家の愛猫、ゴルシ。


 全身真っ白な美しい芦毛あしげならぬ白猫で、黙っていれば天使のように愛らしい。

 だが、その正体は、我が家の気候を支配する『お天気特異点』だ。


 嘘のような話だが、この家ではゴルシの行動がそのまま翌日の天気に直結する。


​ 顔を洗えば、雨が降る。


 大きなあくびをすれば、曇りになる。


 お腹を出して爆睡すれば、快晴(日本晴れ)。


 そして……暴れ回れば、台風並みの嵐を呼ぶ。


​ 今のゴルシは、ソファの上で『香箱座り』なんかせず、ドカッとふてぶてしく座り込み、太い尻尾をバタン、バタンと床に叩きつけていた。


 これはマズい……非常にマズい。


 猫が尻尾を激しく振るのは、イライラしているサインだ。


​「ねえ、ゴルシ様。明日、私にとってすっごく大事な日なの。お願いだから、今日はおとなしく『ゲート』に入ってくれないかな?」


​ 私は部屋の隅にある、ふかふかのクッションが敷かれた猫用ケージ(通称:ゲート)を指差した。

あそこで朝までぐっすり寝てくれれば、明日は間違いなく「快晴」だ。

 しかし、ゴルシは私を一瞥いちべつし、鼻を鳴らした。


​『フン』


​ 猫って鼻で笑う生き物だっけ?


 ゴルシはゆっくりと立ち上がった。

 普通、猫が立ち上がるときは伸びをしたりするものだが、こいつは違う。

後ろ足だけで立ち上がり、まるでボクサーのようなファイティングポーズを取って、私を威嚇してくるのだ。

 そして、口を大きく開けた。


​「ニャ、ニャニャァーン!!」


​ 普通の猫の「ニャー」ではない。どこかこう、荒ぶる魂の叫びというか、いななきに近い独特のリズム。


 私は顔を青ざめさせた。


 これは、ゲート入り拒否の合図だ。


 今の彼には「寝る」という選択肢はない。あるのは「暴れる」か「もっと暴れる」かだ。


​「ちょ、待って! 暴れないで! 

いま、いま極上の『金色の猫缶』開けるから!」


​ 私が戸棚へ走ろうとした瞬間、ゴルシの目がギラリと光った。

 彼の筋肉質な後ろ足が、ソファの座面を深く沈み込ませる。


 来る。


 私が恐れおののく、あの大暴れ(ロングスパート)が始まってしまう。


 もし今夜、彼がリビングで暴れ回れば、明日の降水確率は100%どころか、暴風警報で学校自体が休みになりかねない。


​「ストーーーップ!! ゴルシ、ステイ!!」


​ 私の静止も虚しく、白い暴君はリビングの床へと飛び出した。


 明日の私の恋路とお天気をかけた、深夜の第12レースが、今まさにスタートを切ろうとしていた。


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