短編バッドエンド

@ryusakatoboku

取りこぼして…取りこぼした

長年勤めあげた警察官を先日定年退職した。

まだまだ現役でみんなの役に立ちたいと思っていた。

警察官であることに誇りを感じていたし、やりがいを感じていた。

だが、もう定年前再任用での任期も終わり、本当に引退することになった。

小さいころ、近所の警察官に命を救われた。

近所の川で遊んでいたところ思った以上に深いところに出てしまいおぼれた。

苦しくて怖くてもう終わりだと思ったときにその地域の警察官に助けてもらった。

その後、大きな雷が2回鳴った。

親とその警察官だ。

私はひたすら泣き、そして謝った。

あまりの剣幕にお礼を言えてなかったことをその日の夜に気づいた。

翌日、伝え忘れていたお礼を言いに交番へ向かった。

今だから正直に言うと、あの時の足取りはかなり重かった。

せっかく命を助けてもらった手前、お礼も言えなかったから。

また叱られるかもとおもっていたが、実際は違った。

交番に行くとあの時の警察官がいた。

私を見るなり、その後の私の様子を心配してくれた。

私は警察官に言えていなかったお礼を伝えると、かっこいい笑顔で、次も助けてやるからな、と。

そもそも危ないところには行くなよ、とも釘を刺された。

その笑顔はずっと今も鮮明に残っている。

それからは警察官になるべく必死に勉強した。

元々勉強は苦手な方だったせいもあってか成績を上げるにはかなり苦労した。

半年間必死に勉強しても99位だった順位を85位に上げるほどだった。

格闘技経験がある方がいいということで柔道部に入り、県大会優勝の成績を上げた。

正直、勉強よりこっちの方が性に合っていた。

それでも警察官になるためには筆記試験を通る必要があるため、勉強の方も頑張ったが、論文試験の勉強にはかなり頭を悩まされた。

先生を巻き込んで論文の演習を重点的にこなしながら頑張った。

そのかいあってか、高校を卒業するときの試験に受かった。

嬉しかった。

柔道の大会で優勝した時とは比べ物にならないほどの喜びの感情があふれた。



警察学校に入って、約10か月間一生懸命に授業に打ち込んだ。

卒業後は地域の交番に配属され、様々な仕事をこなしていった。

あの時の警察官と一緒の立場になれたのが嬉しかった。

あの時から役職は配属は変わっているはずだから会える機会はそうないだろうけど。

どこかであったら声をかけていきたいと思っていた。

そんな日々を送っていき、私は結婚した。

そして、ほどなくして娘が生まれ、なれない子育てに妻と悪戦苦闘。

それでも、多少の反抗期はあったが立派な娘に成長し、志望の大学にも受かって

私が50代のときに家を立ってしまった。

少し、いやかなりの寂しさがあったが同時にわが子の成長を実感するとともに

自分自身についても誇りを持てるようになった。

たまに娘の近況を妻からこっそり聞きつつ、警察官としてその職務を全うした。

時には、救えなかった人も出てしまったが、犠牲は出ないようにさらに奮起した。

そうしているうちに、娘がいよいよ結婚した。

30代をすぎてからの結婚だった。

自身も遅めの結婚で人のことは言えなかったが娘のこととなると正直心配だった。

結婚の話を聞いた時、心からほっとした。

ああ、これで幸せになれると。

昔よりは離婚のハードルは低くなっていると聞くが娘は賢いから、きっとそんなことにはならないだろう。

たとえ、そんなことになっても私が守ると決めていた。

娘の結婚から、数年して孫が生まれた。

男の子だった。名前は大志。

大きな志を持ち、豊かな人生を築くことを願って娘がつけたそうだ。

初めて大志を抱いた時、娘が生まれた時を思い出した。

絶対に守ると





それから数年、半年~1年くらいのペースで娘たちは家に泊まっていった。

夏の静かな夜、縁側には私と娘の夫である『息子』の2人きり。

最初はぎこちなかったが、他愛ないことで話すことができるようになった。

今では本当の息子のように感じていた。

以前妻から、夫が育児に協力的だということも聞かされており、この人なら安心して預けることができると思っていた。

ふたりで晩酌をし、つまみを食べながら、ふたりだけの内緒話をする。

どうしても娘には言えないことはあるだろうし、私もその経験をした身だ。

話すだけでも楽になれるとお世辞を言われたがそれでも息子の力になれている気がした。





翌朝

布団から体を起こす。

少し頭痛がする。

昨日は少し飲み過ぎたかもしれない。

息子との内緒話に夢中になりすぎた。

寝室から出て、リビングに入ると

大志が首を絞められ、リビングに吊るされていた。

普通の人では、固まっていたかもしれないが警察官としてそういう現場を何件も見てきた。

そうした経験がすべきことを教えてくれる。

まだ生きている可能性がある。

大志を苦しめているロープを素早く外し、脈を確認する。

「大志!」

小さく、力のない体を床にそっと横たえ、警察官として、祖父として、できる限りの処置を施した。

人工呼吸、心臓マッサージ。訓練で身につけた動作は頭で考えるよりも早く、無意識のうちに続いた。

しかし、幼い体は冷たくすでに硬直し始めていた。

警察官として見てきた現場では「最善を尽くす」ことが鉄則だった。

だが、目の前で横たわるのは、その小さな手が、たった数時間前まで私の指を握っていた大切な孫だ。

「大志…目を覚ませ…!」

汗と、涙と、無力感が混ざり合った熱いものが頬を伝う。

「無駄だよ…2時間前からその状態なんだから」

息子の声だった。その顔に表情はない。

呆然と息子を見つめた。

自分の息子がこの状態でこの落ち着き様。

本当に息子がなぜ、どうして。

いくら経験を積もうとも、自分の娘の旦那が、自分の子供を殺す状況なんて想像できない。

「大志っ!」

娘の切羽詰まった声が響いた。

大志にかけより、懸命にその名を呼ぶ。

「救急車を!」

娘にそう指示した。

私はまだ息子への警戒を解くわけにはいかない。

まだ他にも手をかける可能性がある。

「…どうしてこんなことを」

その言葉を発することしかできなかった。

「30年前の虐待死事件覚えてるか、子供が一人死んで、その後、その兄が寝ている両親を刺し殺した事件」

ホストと水商売の女。育児放棄と虐待。当時、世間を震撼させた悲劇だ。

当然覚えている。忘れられない事件だ。そして、私はその事件を忘れられない理由がある。まさか。

「その兄はな、事件前に警察に助けを求めたんだよ…そしたら、取り合ってくれず、たまたまそれをみていた母親が父親にばらして過去一番の暴力さ」

息子はその時の様子を淡々と語る。

「いつもはじっとしている弟がその時ばかりは父親にたてついたんだ、そしたらさらに激怒してそのまま首絞められて死んだよ」

死んだと気づいたとき、ゴミみたいに床に捨てやがってそのまま部屋で寝やがったのさ、と付け足した

「母親はその間何をしていたと思う?ただ自分の子供が首を絞められて死ぬのをみていたんだ」

乾いた笑みさえ浮かべて息子は続けた。

「俺は思ったよ、神様も何もないんだって、助けてくれると思った警察は何もできずに碌に俺の話も聞かずにあしらう始末だ。ただ、その時の警察官の名前は覚えていたよ。交番に入る時に呑気に娘の話で談笑していたからな」

そう、事件当日の夕方に子供が1人私がいた交番へ来たんだ。のちの捜査資料で、あの時の子供が兄の方であることが分かった。その子供は家に帰りたくない、怖いとそう言っていた。てっきり、親に怒られて帰りづらくなっているだけだと思った。虐待されているなんて当然知らなかった。

それがこんなことになるなんて…。

「だから、自分の身は自分で守るって決めたんだ。クソったれな警察官様にもいつか復讐してやろうってな。…まさかお義父さんが、あの時の警官だったなんて驚いたぜ。あの時助けてくれればあいつは死なずに済んだのに」

息子の声にだんだんと怒気がはらみ始める

「親をやるときは意外とあっさりできたよ。先に親父ののどに全体重をのせて包丁を突き刺した。それに気づいて腰を抜かした母親も刺したよ、怖くて声もでないようだったよ。傑作だったぜ」

「どうして大志を手にかけた!」

「どうして?あんたなら気づくんじゃないのか?殺された弟の名前は覚えているか?」

はっ、とした

そうだ、たしか殺害された弟の名前は【大志】!

「気づいたようだな。そうだよ。同じ名前をお前の娘がつけたんだよ!殺された弟と!よりにもよって大志だ!俺はせっかく自由になったんだ。なのに【大志】がずっとちらつくんだよ!必死に弟じゃないって思ったんだ!でも俺には【大志】に見えてくるんだよ。もう限界だったんだ」

「そんなことで…自分の息子を」

「そんなことかもしれないな、俺の苦しみを知らないあんたにとっては。わかるかあの子を見るたび虐待されていた記憶がよみがえるんだ。わかるか顔を灰皿代わりにされた痛みが、気まぐれで殴られる恐怖が分かるのか!」

そんな息子の悲痛な叫びに何も返すことができなかった。

サイレンの音が鳴る。もう誰も何もはなすことはなかった。



大志の死因は首を絞められたことによる窒息死だった。

やはり見つけた時点ですでに死亡していた。

娘は最愛の子供が、最愛の旦那に、殺害されてしまったことにかなりのショックを受けてしまっていた。

妻はかわいい孫が娘の旦那に殺害されてしまったという考えもしなかった出来事に言葉がでなくなっている。

私はそんな2人になんと声をかければいいのかわからない。

今回の事件は、あの時の私が引き起こしてしまった。

その場にいなかった妻はまだそのことを知らないが、娘はその場にいたから知っている。

救急車、警察がきてから娘は私にできるだけ近づかないようにしているように見える。



大志の葬式後。

妻から自宅にはいられないことを告げられた。

大志との思い出が詰まったあの家で残りの人生を過ごすにはあまりにも辛いと。

私は、そうか、と発し、次の住まいの手配をした。

私はもう少しあの家にいて、色々考えたいと伝え、一時的に別居状態となる。

もしかしたらずっとその状態かもしれない。

私はあの家を離れられるだろうか。

大志との思い出と息子の思いを知ってしまったあの家から私は離れてもいいように思えない。

娘は事務的な会話以外はほぼ話しかけてこなかった。

何とか前を向けるようにしてやりたかった。

だが、原因は私だ。どうすることもできない。

あれだけ、明るい家族だったのにたった数十分の出来事でこうも暗くなってしまった。

大志がいたからこそみんな笑顔でいられた。

なのにもうその大志はいない。二度と戻らない。



交番内で同僚と話していた。

他愛ない話だ。お互いの娘の話で盛り上がっていた。

そこに1人の子供が訪ねてきた。なにやらその体が震えている。

「どうしたの」

私は震える子供に尋ねた。

「家に帰りたくない、怖い」

きっと何かやらかして怒られたんだろう

私は家に帰るように言おうとして、ふと止めた

「…」

子供がどうしたという目で私を見る

「いや、ごめんな。何かあったの。交番の中入るか」

そういうと子供はまるで救われたとでもいうように交番に入っていった。

ふと、私は思った。あの時のかっこいい笑顔ができているだろうか



あの時取りこぼした小さな命。

私の日常だったものがこぼれていった。

娘を守ると誓ったのにその身は守れても、人生は守れなかった。

後に残ったのは、何もできなかった孤独な老人だけだ。

あの時のかっこいい笑顔はもう思い出せなかった。



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