見習い魔導士と、雨後の山道

路地猫みのる

1. 三日間の不外出の理由

 窓ガラスに水滴が張り付いていて、その奥に広がる山がぼやけて見える。雨は断続的に降り続いている。浅い春は、ときどき冬に負けて、肌寒い時間をもたらす。こんな日は、あたたかい紅茶と肌触りのいいブランケットをおともに、ゆっくり読書するに限る。


 雨が、上がった。窓の向こうには、いかにも生まれたばかりの萌黄色に包まれた山道が見える。鳥たちは春を歌うのに忙しく、多くの動物たちにとって、待ちに待った恋の芽吹く季節だ。邪魔をするなんて野暮なことはしてはいけない。こんな日は、濃いめにれたコーヒーと、春野菜のチップスをおともに、じっくり読書するに限る。


 窓ガラスは曇り色。空は、雨を降らせようか、それとも太陽に顔出しさせようか迷っている。いつ泣き出すか分からない、不安定な空の下を歩いては、人間だって心が休まらない。こんな日は、ミルク多めのカフェオレと、明るく鮮やかな発色のステンドグラス風しおりをおともに、たっぷり読書するに限る。


 ……トレフル・ブランの「三日間の」の理由いいわけを聞いたキーチェは、怒りと呆れを上品にブレンドさせて、細い眉を吊り上げた。

「私たちが出かけている間、ずっとああやって、窓辺で猫みたいにお茶を飲んでいたんですの? 健康な男子のすることではありませんわ」


 宝石を閉じ込めたような紫色の瞳を憤慨で潤ませている彼女の名は、キーチェ・アウロパディシー。一行最年少の14歳である。美容と礼儀にうるさい彼女は、今日も艶やかな金髪をツインテールに結い上げ、レース付きの紺色のリボンで飾っている。


(猫は、お茶を飲まないと思うけど)

 キーチェの怒りを、苦笑で受け止めたユーリは、賢明にもその台詞を飲み込んだ。お怒りツンツン状態のキーチェに反論すれば、火に油を注ぐことは明白だからだ。


 だけどユーリも、友人が犬か猫かとかれたら、やっぱり猫に分類すると思う。

 出不精、運動は嫌い。昼寝と読書が好き。一応、人族ひとぞくなので、野菜や肉、果物などまんべんなく食べる。

 樹皮のような暗褐色の髪と、深緑のような瞳を持つ旅の仲間のひとりで、背丈は16歳という年齢相応。すぐ下の弟と同い年ということもあって、ユーリがなにかと面倒を見てやりたい気持ちに駆られる少年である。


 そんなトレフル・ブランは、会話が聞こえているだろうにそ知らぬふりで、また新しいページをめくる。またキーチェが怒り出す前に、「温かいお茶でも、ルームサービスで頼んだら?」とユーリは彼女の背中を押し、彼女はしぶしぶ、部屋を出て行った。


 ユーリたち三人は、見習い魔導士として研修中の身の上だ。

 彼らが目指すのは、白き闇の魔王と呼ばれる存在がこの世に与える災厄を退ける魔法騎士アーテル・ウォーリアーになること。大抵は白い獣として現れるそれらを祓いながら、指導者とともに旅をして実戦経験を積んでいる。


 ユーリは、三人の中で最年長の19歳。フラームベルテスク家という、有名な家門の傍流である。れたザクロの実を溶かして染め上げたような赤髪を、後ろでひとつに結び、瞳は理性的な落ち着きのある黒色。

 派手な炎の魔法と筋トレが好きな活発な青年だが、年少者ふたりが生意気なため、なだめ役にまわることが多かった。五人の弟妹がいる身として、実家と変わらぬ雰囲気で結構旅を楽しんでいる。


 基本は旅から旅へと移動する彼ら。

 この地に三日間も留まったことには、理由があった。


 現在地は、サフィス共和国の辺境である。この土地で起こった土砂災害について、地元から応援を求められたのだ。

 魔導士協会は、人類が正しく魔法を使用管理すること目的として設立された組織である。魔法という理が広く普及している現代において、実利においても体裁の上でも、応援要請には応じるのが基本であった。

 指導者が、魔導士協会本部と連絡を取り、また地元と意見の調整をしている間に、時間が過ぎてしまった。

 留守番をしていただけのユーリとしては、いささか後ろめたく感じる。


 幸い人的な被害はなく小規模な災害であると聞いてはいるが、町と町の連絡通路である山道が塞がれて、住民は困っているらしい。できるなら、早く駆けつけて助けてあげたいと思うのだが……。


 窓の外に広がるのは、不安定な曇天。

 また雨が降らないことを祈りつつ、指導者の判断を待つユーリ。


 その指導者は、キーチェから30分ほど遅れて、宿に戻ってきた。

 結果から見ると、三日間待機したことで、土砂からある程度水分が流れ、作業しやすい状態にはなったらしい。トレフル・ブランが、いかにも「待っててよかったよね」と言いそうで、ユーリはおかしくなったが、指導者は眉間にしわを寄せていた。


 彼の名は、ソーカル・ディーブリッジという。中級魔導士である。

「今から、あの読書小僧を連れて、下見に行ってくるよ。明日から全員で作業だから、そのつもりでいろ。

 今日まで話し合って、まだ費用の分担について結論が出てないんだが、住民からは待てないと声が上がっていてな。もうその辺は、に放り投げるよ」


 強い煙草の香りがして、空白の30分は一服のためだったのだなと納得した。


「おい、トレフル・ブラン。さぞかしゆっくり休めただろう。キリキリ働いてもらおうか」

 ソーカルの言葉に、さすがに本は閉じたものの、トレフル・ブランの反応は素直ではなかった。

「自分が忙しいからって、他人も忙しくさせようなんて、イマドキ流行りませんよ」

「はいはい、俺はさもしい人間だよ。ほれ、いいから、さっさと支度しろ」


 魔導士世界における、師匠と弟子の関係というのは、本来もっとシビアなもので、協会内部だけに限定しても、指導者が見習い魔導士たちの本試験の推薦状を書くため、かなり関係になりがちである。

 それがないことも、ユーリがこの一行を好きな理由のひとつだった。

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