第2話 宿題が終わらないのです。〜圧倒的敗北〜
14.
――世界は無情だった。
ノアの箱舟に登場する舟に乗れなかった連中が代表例だ。
洪水の渦に巻き込まれ、苦しみながら死ぬ。これ以上無い苦痛だ。
「高島さん?」
そして今日、その災厄は忽然と訪れる。
審判のときは近い。
「高島さん!!」
「なんだよ? ――自分の世界に浸ってちゃだめなのか?」
「それを蟻さんにいうのですか?」
「だって降水確率80%だっていうんだもん」
「――蟻さんのお家はよく出来ているので浸水いたしません!」
「ちっ」
「舌打ちしないでください!」
15.
「貴方は神様を信じますか?」
「どちらとも」
エレナは真顔で答える。
「それはどうして?」
「まず、我々は神という存在を観測する手段を持ちません。つまり、無神論というのはヘンペルの烏で説明できます」
「はい?」
「次に有神論というのは神が同じ世界に存在していないと観測が叶いません。しかし、それでは神聖さが崩れてしまいます」
「ん?」
「つまり、ここは不可知論が正しいのです」
「だけど、貴方吸血鬼じゃない?」
「⋯⋯⋯」
16.
「我思う、ゆえに我あり」
「※カントだっけ? ――有名な言葉だな」
「じゃあ、私が私を存在していると思ったら存在しているのですか?」
「⋯⋯」
※デカルトです。
17.
「天使さんだ」
マリヤが水槽を指差す。
「あれはクリオネさんですね」
エレナがニコニコしながらマリヤに教える。
「キラキラしてるの~」
「ですです」
「あっ、ご飯食べるの~」
「もぐもぐタイムです」
「―――…⋯」
「⋯⋯」
18.
薄暗い照明がテーブルを照らす。
高島は手元の2枚のカードを見つめ、指先が冷たく震える。
対するエレナは、余裕の笑みを浮かべる。
「ブラックアウトのルール、覚えてますね?」
エレナの声は低く、挑発的だ。
初手は2枚配られる
目指すのは21に近い数
20以下、31以上は反則負け
初手エースは反則負け
初手ジョーカーはプレイヤーのみ不戦勝。ディーラーが初手にジョーカーを持っていた場合はワイルドカードとして使用可
ドローで引いたエース・ジョーカーはワイルドカードとして使用可
プレイヤーとディーラーが同じ数値になった場合(ミラー)、ディーラーの勝ち
10以上のカードは数字通り扱う
高島の頭の中で、計算が回転する。
(21に近づける…でも20以下や31以上はアウト…初手エースは反則…ジョーカーはワイルド…2枚か…)
彼の手札:8・7
合計は15。まだ安全圏だが、21まであと6。
「ドロー…か?」
頭の中で迷いが走る。引くとリスクはある。だが、引かなければ21に届かない。
「……ヒット」
高島は震える手で追加カードをドローする。
「さて、私も…」
エレナは3枚をドローし、手札を調整する。彼女の手にはまだ秘密がある。
静寂。
卓上に置かれたカードが運命を決める。
「オープン」
高島:8・7・6 → 合計21
完璧だ…!20以下や31以上のリスクもなく、安全圏に到達。
エレナ:9・9 → 合計18
しかし彼女は初手ジョーカーを持っており、これをワイルドカードとして18を21に変換することができる。
さらに、ドローで調整したカードを組み合わせ、合計21でミラーに持ち込む戦略。
「……ミラーですので、ディーラーの勝ちです」
高島は愕然とする。
安全圏で計算通りに21を作ったはずが、ブラックアウトの特殊ルールにより敗北。
理論上の安全策は、心理戦とルールのトリックによって逆転されたのだ。
「……あなた、本当にルールを楽しむためだけに生きてますね」
高島は、手の中の21が紙切れのように無力に思えた。
「ええ。ブラックアウトは、単なる確率ゲームではありません。運と心理、そしてルールを読んだ者が勝つゲームなのです」
高島は沈黙する。
冷静に計算し、安全策を取った自分の敗北――それは、期待値に縛られた人間の限界を見せつけられた瞬間だった。
「……では、お洗濯、頼みましたよ♪」
エレナは笑いながら、冷たくも完璧な勝利を手にした。
「……おい、エレナ」
「なんですか? 敗者に掛ける言葉は、ラベンダーの香りくらいしかありませんよ」
「この洗濯機……『全自動』って書いてあるのに、なんで俺に『今の気持ちを50文字以内で入力してください』って聞いてくるんだ?」
「それはAI搭載モデルですから。あなたの『屈辱』を学習して、より白く洗い上げるのです。
……認識されなければ、汚れも存在しないのと同じですから」
「哲学的に家事をするな!!」
「高島さんも真っ白さんなのです」
その言葉と同時に、洗濯機が「ピー」と無機質な音を立てた。
「おい……今、俺の銀行残高まで『真っ白(0円)』になった通知が来たんだが、これもAIの仕業か?」
「あら。それは『認識』のアップデートですよ。お金という概念に縛られているから、心が汚れるのです。
……ね? 真っ白で、とても軽やかでしょう?」
「軽すぎて俺の存在が消えそうなんだけど!?」
「物語とはそういうものです。消える前に、ちゃんと干してくださいね。お日様に当たれば、少しは『実在感』が出るかもしれませんから」
「干されるのは俺の方かよ!」
19.
「ご都合主義ってなんですか?」
「お前のことだよ」
20
「高島さん、知っていますか? 世界から何かが欠落したとき、人はそれを『不幸』と呼びますが、ギャンブラーはそれを『正解』と呼ぶのです」
放課後の薄暗い教室。銀髪の少女、エレナ=シュタイナーは、トランプの束から無造作に一枚を引き抜き、中身を見ずにポケットへねじ込んだ。
「抜き取り、です。ルールは簡単。最後に『ババ』を持っていた人が勝ち。先にカードが尽きた人は、この世界からの脱落者――つまり敗北です」
高島は唾を飲み込んだ。 「……ただのババ抜きの逆だろ。なら、カードを捨てなきゃいいだけだ」
「いいえ。一番のスパイスを忘れていますよ」 エレナは不気味に目を細め、碧い瞳を輝かせた。
「カードを配り終え、ペアを捨てた直後……あなたには『宣言』をしていただきます。
この世界から私が隠した、あのポケットの一枚――『ジジ』が何であるかを」
「……まだ一枚も引いてないんだぞ? 分かるわけないだろ」
「だから面白いのです。そして、その『正解』は、全てのゲームが終わるまで明かされません。――この宣言は特殊ルールのため、ババを最後に持っていた人
に対して優越権を持ちます」
カードが配られる。高島の手元には、重苦しい数字の羅列。 彼はペアになったカードを場に捨てていく。
本来なら手札が減るのは喜ばしいはずなのに、このルールでは、ある意味、カードを捨てるたびに「勝利(ババ)」を保持する確率が減り、敗北へのカウントダウンが進む。
「さあ、高島さん。**『宣言』**の時間です」
高島は手札を見る。スペードのAが手元にある。場に捨てられた札を確認する。
(Aは一枚捨てられた……もう一枚は誰かが持っているか、あるいは……)
「ジジは……『ダイヤのA』だ」
高島が絞り出すように言った。根拠はない。ただの直感だ。
「了解しました。私は『ハートのQ』と宣言しましょう」
エレナは楽しげに微笑む。 この瞬間、二人の頭上には、目に見えない「死刑執行の猶予」が吊るされた。
ゲームが始まる。 高島はエレナの手札から慎重に一枚を抜く。
(揃うな……揃うなよ……!)
しかし、無情にもカードは揃い、高島の手札は減っていく。
さらに恐ろしいのは、場にカードが出るたびに、自分の「宣言」が殺されそうになることだ。
「あら、高島さん。今、場に捨てられたのは……『ダイヤのA』ではありませんか?」
「っ……!」
違う。それはダイヤの4だ。見間違えだ。 しかし、一度疑念が向けば、心臓の鼓動は早まる。
もし、誰かの手から『ダイヤのA』が捨てられたら、その瞬間に高島の「勝利条件」は消滅する。
高島は「自分がいつ負けるか分からない」という恐怖を抱えたまま、終わりの見えない泥沼を歩かされる。
「高島さん、顔色が悪いですよ? まるで、自分の吐いた嘘が、後ろからナイフを持って追いかけてきているような顔です」
「黙れ……! 俺の宣言は、まだ生きている……! それに、宣言を俺もエレナも外す可能性がある!」
ついに、場からカードが消えた。 高島の手元には一枚。エレナの手元にも一枚。
このターンは高島がカードを引く番であるため、本来のルールなら、この瞬間に高島の「勝利」が確定するはずだった。
「……俺の、勝ちだ」
「ええ、そうですね。……ですが、忘れてませんよね? あなたの『宣言』を」
エレナが、ポケットから伏せられていた「ジジ」を取り出し、ゆっくりと裏返した。
そこにあったのは、高島が祈った『ダイヤのA』ではない。 血のように赤い、『ハートのQ』だった。
「…………あ」
「私の宣言通りですね。……高島さん、残念でした。―――あなたは最強の札を握りしめながら、世界を見誤ったのです。
最初に言った通り、このゲームにはババが無いため、勝負札にはなり得ない。ババ抜きではないのですよ、このゲームは」
エレナは、山積みの「高級アイスクリーム」を優雅に引き寄せた。
「事実は最後にしか分かりません。ですが、恐怖は最初からあなたを支配していた。
……ね? 認識こそが、唯一の現実だと思いませんか?」
「……クソが。アイス、一口よこせ」
「いいですよ。ただし、一口につき50文字以内で、今の敗北感を『厨二ポエム』にして朗読してくださいね?」
「哲学的に嫌がらせをするな!!」
21.
「さっき、あそこでアイスを落としていた男の子がいましたです」
「それは災難だったな」
「ですが、その子は私のせいにしてきたのです!」
「それはまた災難だったな」
「人を堕落させるだなんて――私は見過ごせなくて!」
「ちょっと待て、なんて?」
「だから、白くて軽いアイスを」
「それはどうしたんだ?」
「それを吸ったら高揚感があふれたです」
「その後、どうしたんだ?」
「男の子に罪をなすりつけられて」
―――今現在、事情聴取中です」
「だから会話文だけなのかよ!」
22.
「ポーカーってあるじゃないですか?」
「ああ、あるな」
「ポーカーではジョーカーさんをワイルドカードにすることができる場合があるじゃないですか?」
「ローカルルールだな」
「では、ジョーカーさんを2枚入れていて、それ以外でスリーカードが揃っていた場合、それって役はなんですか?」
「⋯⋯豚」
23.
「歴史にもしもは無いっていうじゃないですか?」
「ああ、いうな」
「じゃあ数学って何なのですか?」
「⋯⋯」
24.
「ロボットさんに心はありますか?」
「それって、シンギュラリティの話か?」
「いいえ。合っているはずなのに不正解にしてくるのですから意地悪なのです」
「横断歩道とか?」
「はい」
「オートバイとか?」
「はい」
「お前も大変だな」
25.
テーブルの上には、52枚の無機質なカードが整然と並んでいる。 本来なら親睦を深めるための道具が、今は高島にとって「自分の首を絞めるための縄」に見えた。
「……先行は、高島さん。あなたに譲ってあげるのです」
エレナが優雅に椅子に深く腰掛け、碧い瞳を細める。
「……ああ。やってやるよ」
高島は手を伸ばした。 ルールは頭に刻まれている。
・最後の一枚を引いた方が負け。
・ペアを当ててはいけない(当てると最後の一枚へ歩みが進む)。
・当ててしまったら最大二回まで継続。
・残り6枚で強制シャッフル。
「(一枚目は……これだ)」
めくられたのは『スペードの3』。 高島は慎重に、配置的に最も遠いカードを選んだ。
(外れろ。不一致こそがこのゲームの正解だ。頼む、3以外を――)
めくられた二枚目は『ハートの3』だった。
「…………っ!」
「おめでとうございます! 高島さん、凄まじい強運なのです!」
エレナがパチパチと乾いた拍手を送る。高島の顔面から血の気が引いた。
揃ってしまったカードは場から除外される。最後の一枚という「底」へ、一気に二段飛ばしで降りてしまった。
「……継続だ。ルールだろ」
高島は震える手で二組目を狙う。
今度は「事故」を避けるため、先ほど開示されたカードの場所を必死に脳から追い出そうとした。
だが、覚えようとしないほど、その位置は網膜に焼き付いて離れない。
「(右上が3……左下が……)」
彼はあえて、何も開示されていない「空白地帯」を選んだ。 一枚目、『ダイヤのJ』。 二枚目、『クラブのQ』。
「ふぅ……」
不一致。高島は安堵の溜息を漏らす。 だが、その安堵すらエレナに利用される。
「高島さん、今の位置、しっかり覚えましたか? 中央はJ、端はQ。……私はもう、絶対にそこを引かない自信があるのです」
エレナのターン。 彼女は流れるような所作でカードをめくる。
彼女は高島が開示した情報を完璧に把握し、寸分狂わず「揃わない組み合わせ」だけをピックアップしていく。
「5と、K。……残念、外れなのです♪」
「(こいつ……!)」
高島は気づく。エレナは「外す」ことで自分のターンを安全に消化し、一方で高島には「開示された情報」という呪いを積み上げていく。
場に残るカードが減るほど、高島の脳内には「揃ってしまう組み合わせ」の地図が完成していく。
―――やがて、ゲームは最終局面へ。
「残り、6枚なのです」
エレナが告げた瞬間、部屋の空気が凍りついた。
場には6枚。高島はそのうち4枚の正体を、自分の「事故」とエレナの「回避」によって完全に把握してしまっていた。
「さあ、お楽しみの『強制シャッフル』のお時間なのです」
エレナがカードをまとめ、無造作にかき混ぜる。 高島の積み上げてきた「回避のための記憶」が、物理的に破壊された。
「……ひどい顔なのです、高島さん。配置が分からなくなったから、また『事故』で当てちゃうかもしれない……。
それとも、運良く外して、私に最後の一枚を押し付けられるでしょうか?」
エレナのターン。一ペアを当て、継続で失敗。
高島のターン。 残りは4枚。ペアは2組。
ここでペアを揃えず、一枚だけを引く状態(奇数)に持ち込めれば、勝機はある。
だが、シャッフルされた今、どこに何があるか分からない。
「(頼む……当たるな……。外れてくれ……!)」
高島がめくった一枚目。『ハートのA』。 そして、祈りながらめくった二枚目。
――『ダイヤのA』。
「ああああああああ!!」
絶叫。 揃ってしまった。残り枚数は一気に2枚。
「継続」のルールにより、高島はもう一組めくらなければならない。
「(やめろ……もうやめてくれ!)」
視界が歪む。 残りは2枚。 つまり、最後の一枚(敗北)を引くのは、確実に高島になる。
「さあ、高島さん。垂直に落ちる準備はできましたか?」
高島は泣きそうな顔で、最後から二番目のカードに指をかけた。 めくられたのは、『ジョーカー』。
このデッキにたった二枚しかない、最大最強の地雷。
そして、隣のカードをめくる。 ……そこには、笑うピエロの顔があった。
「…………っ」
「最後の一枚。……お残しは、許されないのですよ?」
卓上に残ったのは、たった一枚のカード。 高島は、自分が作り上げた「正解」という名の階段を降りきり、どん底に到達した。
震える指で、最後の一枚をめくる。 そこには、ジョーカーだからというのはあるが、数字すら書いていなかった。
ただ一行、**『あなたの負けです』**とだけ、エレナの筆跡で書かれていた。
「……皮肉なものなのです。頑張って『正解』を覚えた人ほど、最後には何も分からなくなって落ちていく。……お疲れ様でした、高島さん」
エレナは満足げに、賭け金だった高島の「明日のお弁当のおかず」の引換券を回収した。
26.
「豚さんや牛さんは家畜と言いますね?」
「ああ、特に人に近いから人畜というな。――人間に縛られた畜生だからな」
「―――ですが、縛られていると思っているのは我々のみなのかもしれません」
「それはどういう?」
「人間さんは己を家畜化しているという話があります」
「というと?」
「逆に言えば我々は家畜よりもずっと縛られているのかも知れません」
「なんでそう思うんだ?」
「待っていても手を伸ばされることはない。つまり我々を世話してくれるのは誰なのでしょうか?」
「世話ってのも縛られているからと考えるのなら?」
「じゃあ、我々はどちらなのでしょうか?」
27.
「悪いことをして死ぬと、閻魔様に下を抜かれるぞ」
「悪いことってなんですか?」
「だから泥棒とか、万引きとか?」
「じゃあもしもそれが外部要因によって、そうせざるを得なくても、それは悪いことですか?」
「行為自体は悪いことだろうな」
「では、なぜ善悪二元論でものを図るのですか?」
「⋯⋯」
28.
「本当の死とはなんだと思いますか?」
「さあ?」
「忘れられることです」
29.
「時間は皆平等とはよく言いますよね」
「ああ、そうだな」
「では、なぜ、『時は金なり』というのでしょうか?」
30.
「性善説って、誤謬ですよね?」
「なんで?」
「ではなぜ、人を罰する法があるのでしょうか?」
31.
「優しい人がモテるんだぞ」
「じゃあ、人間さんは絶滅しますね」
32.
「私は誰?」
「私は誰?」
「私は誰?」
「私は誰?」
「私は誰?」
33.
「人がこの世に生を受けるにはどうすればよいでしょうか?」
「さあ?」
「覚えられること。またはそれに準じて認識されることです」
34.
「最悪な死に方を知っていますか?」
「さあ?」
「天涯孤独でありながら、自ら命を断つ選択をすることです」
35.
「認識を言い換えるとどうなると思いますか?」
「さあ?」
「パラノイアです」
36.
「お前は誰だ?」
「お前は誰だ?」
「お前は誰だ?」
「縺衙燕縺ッ*ー縺?」
37.
この物語はフィクションです。
『現実世界』とは一切の関係はありません。
黙示録(エミリア)の屁理屈 菖蒲士 @14840101
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