助けられたら別の世界!? 泉の女神、始めました

神泉せい

前編 女神の引継ぎってなんですか!?

 景色が蒼く歪む。空気が口から大きな泡になって、上にのぼった。私の体は泡とは反対に、ゆっくりと水底へ沈んでいく。

 衣服が重く、思うように動けない。


 必死にもがくと、伸ばした手に触れるものがあった。私は助かりたい一心で、それを思いきり掴んだ。

 同時に引っ張り上げられる。

「大丈夫か!!!」

 掴んだものは、人の手だった。

 助かった……!!!

「あ、ありが……ゴホッ、ゴホ!!!」

 髪から水がしたたり落ちる。咳き込む私を心配して、助けてくれた大きな手が背中を撫でた。


「何があったんだ? こんな泉で溺れるなんて」

「泉? 私は橋から川に突き落とされて……」

「……本当に、何があったんだ?」

 男性が不思議そうにしている。

 呼吸を整えながら周囲を確認すると、木々が幾重にも立ち、先が見えない森の中にいた。

 後ろにはあまり広くない泉。川から流れ着いた……ほど時間も経たないし、そもそも川に繋がっていそうにない。森の中にポツンと、忘れもののように静かに、透明な水が光を水面で遊ばせていた。

 助けてくれたのは若い男性で、紺色の髪に青い瞳が私を覗き込んでいた。手には斧を持っている。きこりだろうか。


 私は川に落ちた経緯を思い出しながら、男性に説明した。

「私は貴族学園に通う生徒です。裏手にある聖獣のもりへ行く途中、ピンクの髪の男爵令嬢に呼び止められて。あ、その女性は私の婚約者だけでなく、高位貴族の令息に色目を使う問題児でして」

「そりゃ厄介な女だなあ」

 場面を思い浮かべているのか、男性は眉をひそめて苦笑いしている。それが普通の反応よね。


「呼び止められたのは、杜へ向かう橋の上でした。私たち魔法薬学科の生徒は聖獣の杜で薬草を探すので、待ち伏せをされていたんだと思います。そこでおかしな言いがかりをつけられて、断ると腕を掴んだりしてきました。様子がおかしいので先生を呼ぶべきだと判断し、学園の建物に戻ろうとしたところ、彼女の魔法が暴発してしまって。突風がおき、私の体は巻き上がって橋の欄干を越え、下の川に転落したんです」

 男性は不快な表情を隠さず、とんでもない女だなと同情してくれた。

 ちなみに私の婚約者は、彼女を迷惑だと言っていたわ。婿養子になってうちの家を継ぐ予定だったから、普通に考えたら浮気なんてしまいわよ。


「ところで、言いがかりって?」

「ええ、“悪役令嬢のあなたが私をいじめたり、不正をしたりしないから、うまくいかないじゃない! ちゃんとやってよ!”って……」

「なんだその、ちゃんと不正をしろって。マジで頭がおかしいな、そりゃ」

 やっぱり、おかしな薬でも使ってそうよね。先生を呼ぶ判断は間違っていなかったわ。相手が興奮して魔法が暴発するほど制御できない、おバカさんだというのが想定外だっただけで。

 真面目に授業を受けて訓練していれば、簡単に暴発なんてさせないのに。

 話をしたからか、気持ちが落ち着いてきた。深呼吸をして、改めて周囲を見た渡す。

 学園の近くに、こんな森があったかしら……?


「ところで、ここはどこですか? 家族が心配しているので、早く帰りたいんですが……」

 私の言葉を聞いて、男性は困ったように言い淀んだ。

「それがさぁ、多分だけど、君はこの国……いや、この世界の人じゃないと思う。聖獣の杜なんてこの辺にはないし、この泉は女神様が住んでいらっしゃる泉で、異界に通じてるとも言われてるんだ」

「女神様の泉……、どんな伝承があるんですか?」

 女神様がいる泉と、あの川が通じていたのかしら?

 泉を覗き込んでみるが、美しい清水を讃える、普通の泉だ。ここでは女神様に直接会えるのかしら。だったら、私の今の状況を説明してもらえないかな。


「昔、この泉に斧を落としてしまった木こりがいてね。落胆していたところ、女神様が泉から現れて、“あなたが落としたのはこの金の斧ですか、銀の斧ですか”と、質問をされたそうだ」

「質問を」

 これはきっと、小さな試練なのね。クリアした者だけが、幸福を掴める。

「木こりは、“いいえ、私が落としたのは普通の斧です”と正直に答えた。すると、自分の斧だけじゃなく、金と銀の斧ももらい、とても裕福になったそうだ」

「それはすごい!」

 斧と同じ重さの金と銀。平民なら一生手にできない金額だろう。思わず手を合わせて、パチンという軽快な音が木々の間に響いた。


「しかし突然裕福になった木こりは斧の入手ルートを疑われ、取り調べを受けたんだ。そこで入手経緯を説明して実験したところ、また女神様が現れて斧をくださった」

 そうだ、急に裕福になったら疑われるに決まっているわ。女神様、また金と銀の斧を授けたんだ。太っ腹だわ。

「斧っていくつあったのかしらね……」

「他の木こりも真似をして、村には裕福な木こりが増えた。ただ、ある時から斧を投げても女神様が現れなくなったらしいよ。そうか、数に限りがあったのかも。在庫が尽きたのかな」


 みんなが真似したんだ! それ、泉の底は斧だらけでは。

 男性ももしかして、斧を投げに来たのだろうか。見上げると、思惑を見透かされたと思ったのかきまずそうに顔を逸らした。

「斧とは関係なく姿を現してくれないの?」

「さあ……、今でも斧を投げたり祈りを捧げたりするヤツはいるが、お姿を見たなんて、噂にも聞かないな」

 よく見れば、泉のほとりに切り花やお菓子の残骸など、捧げられたものが残っている。信仰は続いているみたい。


 今まで神様の姿を見たとか、声を聞いたとか、そんな人に会ったことはない。

 金の斧をくれる女神様なんて半信半疑だけど、きっと私の状況について知っているはず……! 私は指を組んで祈りを捧げた。

「女神様、もしいらしたら応えてください。私はどうなったんでしょう、どうしたらいいんでしょう……!」

 祈りに呼応して、水面が銀に波打つ。照らされた木々も白く光っていた。

「す、すごい……奇跡か」

 ボスン。

 女神様の姿も声もなかったが、泉から投げられたように一冊のハードカバーの本が目の前に現れた。表紙には『女神業務 引き継ぎに関して』と、書かれていた。


 女神業務……?

 不思議に思いながら、表紙をめくる。中表紙には『今日から女神になるあなたへ』との一文が。今日から、女神……?

 不穏なものを感じつつ、読み進める。

『はじめに。あなたは水難事故で亡くなりました。この泉の女神は、水が原因で命を落とした者がなります。女神としては仮免許です』

 女神の仮免許……? 読めば読むほど疑問が湧く。

 これ、私よね。私はあの川で死んでいて、女神として生まれ変わったの? 仮免許だけど。姿形や声など、全て前世のまま。

 金色の髪も緑の瞳も、ディアーナ・ロザーノそのまま。唐突に死んだと言われても、実感が湧かない。


『女神の業務は、人を幸せにし、信仰心を高めることです。幸福度が上がると女神としての能力が高まり、信仰を集めれば女神としての格が上がります』

 つまり、誰かを幸せにして、信仰を得よ、と。

 抽象的で難しいわ。あ、だから金の斧とかポンポンあげてたんだ。その女神は、きっと斧でノルマを達成したのね。

『女神ランクが五つ上がれば、仮免許から本採用になります。ここで女神になるか、再び人として生まれ変わるかが選べます』

 最終目的はこの泉から抜け出すことか。

 達成しなかったら、ずっと泉で孤独に女神をするんだろうか。真剣に本を読みふける私を、助けた男性が心配そうに眺めていた。


『女神としての能力は、この世界でのあなたの最初の強い希望と結びついています。確かめてみてね★ 食事はしなくても死なないよ。では良き女神ライフを!』

 ね★ じゃないわ!!!

 大事な内容がこの程度の記述で終わるなんて。

 最初の希望……、もしかして助かりたいと思って手を伸ばした……アレかな。

 この手に、人を助ける力が宿っているのかな……? 右手と左手を開いて眺めたが、特に変わった感じはない。

 能力から調べなきゃ……!


 異世界女神一日目、私は森の中の泉の前で本を投げ捨てたい衝動を抑えていた。

 この泉で……暮らすの……!???

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助けられたら別の世界!? 泉の女神、始めました 神泉せい @niyaz

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