硝子の果物(フラジール・エデン)
@Havin
第1話 硝子の葡萄
「ねぇ。願いが叶うガラスのぶどうがあるって知ってる?」
放課後、帰り支度をしていた私は友人である梨沙に突然話しかけられた。彼女は目を輝かせて、何かすごい秘密を聞かせたくてたまらない様子だった。
「何それ?」
「だから、願いが叶うガラスのぶどうだって。そのぶどうを1粒、手に取って願うと想った願いが叶うらしいよ。だから、一緒に探してよ。」
「断るわ。他力本願で叶う願いほど、面白くないものは無いもの。」
私は少し鼻で笑って答えた。願いが叶うものなんて、絶対に後ろ暗いものがあるに違いない、そう思っていたから。
「えー。つまんないの。」
梨沙はぷりぷりと怒った顔をして、そのまま教室を出ていった。
その日から数日後、梨沙は行方不明になった。家族や教師、警察も総出で捜索したが、彼女の姿は一向に見つからなかった。周囲は心配し、誰もが梨沙の安全を願っていた。
だが、行方不明になってから約二週間後。突然、彼女はケロリとした顔で学校に登校してきた。
「何週間も行方不明になって、どこ行ってたのよ。先生もおばさんたちもすっごく心配していたんだら。」
私は驚きと同時に、少し怒りを込めて問いかけた。
「えーごめんって。あのガラスのぶどうが気になって、探していたの。」
梨沙は笑って答えた。あのガラスのぶどうか。私はまた、あの不思議な話を思い出した。どうして彼女がそんなものに執着するのか、全く理解できなかった。梨沙は物欲がない、どちらかと言えばあっさりとした性格だと思っていたから、その変化に違和感を覚えた。
「それで、見て。」
梨沙は自慢げに手のひらを差し出した。その上に、透き通った紫色の、まるで宝石のようなガラスのぶどうが載っていた。その細工は非常に繊細で、美しい。しかし、私はそのぶどうを見た瞬間、何か不安を感じた。あまりにも完璧すぎて、どこか不自然に思えたのだ。
「それ、どこで見つけたの?」私は声を潜めて尋ねた。
「見つけたんじゃなくてね。誰かがくれたの。」梨沙は嬉しそうに答えた。
「誰かがくれた?」
私は疑問に思った。誰が?何のために?
「うん。顔は霞んでよく分からなかったけど、ガラス職人だって言ってたかな。」
梨沙は首をかしげながら言った。
「それ、噂を聞いた誰かが作ったまがい物じゃなくて?」
「私もそう思って試してみたの。『お小遣いが欲しい』って。そしたらね。次の日ぐらいにお母さんがお小遣いくれたの!いつもより多めに!」
「偶然じゃないの?」
「ううん!お願いしたことが絶対次の日には起こるの!すごくない!?」
梨沙は興奮気味に言った。その目が、どこか異常に輝いていて、私は言葉を失った。そのお小遣いでスタバに行こうよ!と、梨沙は楽しそうに言った。
「そのぶどうも個数が限られているんだから、慎重に使わないと。」
私は言ったが、梨沙はもう全く耳を貸さなかった。
「大丈夫だって。願いがなくなったら、ガラス職人のお兄さんにお願いすれば、もう1個くれたし。これ、2個目ね。」
梨沙はガラスのぶどうを嬉しそうに見せてきた。私はその言葉に不安を感じつつも、何も言えなかった。
その後、梨沙はさらに欲をかき、どんどん願いを叶えさせるようになった。最初は小さなことから始めて、やがて、彼女の願いは手に負えないほどに膨れ上がり、そのぶどうの数も増えていった。私は彼女を止めるために、何度も忠告したけれど、梨沙はもう「ガラスのぶどうさえあれば、何でも叶う」と信じ込んでいた。
ある日、私は決意した。もし梨沙がこれ以上ガラスのぶどうに依存し続けるなら、何か恐ろしいことが起きるかもしれない。私はあのぶどうを壊してでも、彼女を救わなくてはならない。
誰もいない教室に、梨沙のカバンがポツンと机の上に置かれていた。その中に手を入れて、ガラスのぶどうを取り出す。その瞬間、背後から声が聞こえた。
「何……してんの…?」
振り返ると、そこには梨沙が立っていた。彼女の顔には、まるで別人のような怒りと狂気が浮かんでいた。私は一瞬、息を呑んだ。
「……なんで!?」
私は焦った声で言った。梨沙が目を血走らせて、私を睨みつけている。
「そのガラスのぶどうは私のなのよ!どうするつもり!?私のガラスのぶどう、返してよ!!」梨沙は涙を浮かべながら叫んだ。
私は必死に逃げたが、梨沙は容赦なく追いかけてきた。私は距離を取った瞬間、ガラスのぶどうを地面に叩きつけた。夕日を浴びて、そのガラスのぶどうは七色に光りながら砕けた。
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!」
梨沙は床に崩れ落ち、苦しみだした。私は何が起こったのか理解できず、彼女を揺さぶりながら必死に呼びかけたが、そのまま気絶し、病院に運ばれた。
数日後、彼女の意識はまだ、戻ってはいなかった。私は自分を責めた。なぜ、ガラスのぶどうを探すのを止めなかったのだろう。あのガラスのぶどうを割ってしまったんだろう。
あのガラスのぶどうはなんだったんだろう?
街の外れの山の中にある一軒家。その屋根の上に、あの男が座っていた。彼は片手に瓶を持ち、空から何かが吸い込まれていく様子を見守っていた。男は瓶を揺らし、微笑みながら言った。
「今日は2色かい。こんな贅沢。今日は吉日かね。」
男から、笑い声が漏れる。
「願いと欲望は紙一重。願いは思いやりにも思えるが、欲望に変われば、後は溺れるだけさね。」
男がマントを翻すと、彼はふっと消えた。不気味な笑い声が、あたりに響き渡った。
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