第05話「最初の依頼は魔物退治じゃなくて、用水路作りでした」

 冒険者たちが加わって数日。

 農園の開発は急ピッチで進んでいたが、一つだけ深刻な問題が発生した。


 水不足だ。


【土壌改良】で土の状態は完璧にできるが、水そのものを生み出すことはできない。

 これまでは地下水を魔法で汲み上げていたが、畑が広がったことでそれでは追いつかなくなってきたのだ。


「近くに川はあるんだけどな……」


 地図を広げたシルヴィアが、険しい顔で一点を指差した。

 ここから数キロ離れた場所に大きな川が流れている。

 だが、そこからここまで水を引くには、岩盤地帯をくり抜いて水路を作る必要がある。


「普通の工法なら数年はかかります。魔法を使っても、マナの消費が激しすぎて……」


「よし、僕が行こう」


 僕は立ち上がった。

 僕の【土壌改良】は、土の性質を変えることができる。

 岩盤を柔らかい土に変えてしまえば、掘り進めるのは簡単だ。


「ゴードン、みんなを集めてくれ。『大人の泥遊び』の時間だ」


   ***


 現場に到着した僕たちは、巨大な岩山を前にしていた。

 ここを貫通させれば、川の水を農園まで一直線に引くことができる。


「旦那、いくらなんでもこの岩山は無理だ。ドワーフの削岩機がいるぜ」


 ゴードンが呆れたように言うが、僕はニヤリと笑った。


「見ててくれ。フェン、手伝ってくれるか?」


「わふっ!」


 僕は岩山の斜面に手を当てた。

 イメージするのは、硬い岩の分子結合を解き、サラサラの砂に変えること。


「【土壌改良】・液状化」


 ズズズ……ッ!


 地鳴りと共に、岩山の一部が泥のように崩れ落ちた。

 さらに魔力を注ぎ込み、トンネル状の空洞を形成していく。

 崩れないように、壁面だけをセラミックのように硬化させるイメージも同時に送る。


「なっ……!?」

「岩が、溶けていくぞ!?」


 冒険者たちが腰を抜かす中、僕はどんどん道を切り開いていく。

 そして、後ろからはフェンが巨大化し、その大きな前足と爪で、掘り出された土砂をかき出していく。

 まさに人海戦術ならぬ、人狼戦術だ。


 作業開始からわずか半日。

 僕たちは岩山を貫通し、川のほとりにたどり着いた。


「道が……できちまった」


 ゴードンが乾いた笑いを漏らす。

 あとは、このトンネルに水を流すだけだ。


「よし、開通式だ!」


 僕が最後の土手を取り払うと、川の水が怒涛の勢いで新しい水路へと流れ込んだ。

 水はゴウゴウと音を立ててトンネルを抜け、乾いた荒野へと注がれていく。


 農園に到着した水は、シルヴィアが設計した細かい水路を通って、全ての畑に行き渡った。

 乾いた大地が水を吸い込み、作物が嬉しそうに葉を揺らす。

 キラキラと輝く水面は、荒野に命の血管が通ったことを証明していた。


「ばんざーい! ノア様ばんざーい!」

「これで水浴びができるぞ!」

「今日から毎日トマト祭りだ!」


 歓声が上がる中、シルヴィアが感極まったように涙を拭っていた。


「治水工事……国家事業レベルのことを、たった半日で……。やはり貴方様は、この地を統べる王となるべき方です」


「いやいや、ただの農作業の一環だから」


 僕は笑って否定したが、この水路開通によって、農園の生産力はさらに爆発的に向上することになる。

 そして、川から流れ着いた「あるもの」が、新たな騒動を巻き起こすことになるのだが、それはまだ先の話だ。


 その夜の宴会は、最高に盛り上がった。

 採れたての枝豆と冷えたビール(のような麦ジュース)で乾杯し、僕たちは労働の喜びを分かち合った。

 これこそが、僕が求めていたスローライフだ。


 ……まあ、フェンが酔っ払って(トマトの食べすぎで)遠吠えをし、その衝撃波で遠くの雲を吹き飛ばしたことは、見なかったことにしよう。

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