墜ちる竜王
騎士ヴァロスの駆る馬は風のように駆け大門へ迫る。疾風迅雷なる一団を見た門上の屈強なドワーフの警備隊は、半裸になり今か今かと蛮族へ投石機の一撃を加えるため構えていた。初めての戦いに緊張する彼らは己の彫刻のような肉体がヒトへ通用するのか不安であった。緊張の波紋は汗となり門上を湿らせる。ドワーフの警備隊長は兜を脱ぎ捨てスペンサ王国軍方へ放り投げると、
「白き礫を放て!清浄なる白の礫は奴らを穿つ!手を強ばらせるな、とにかく放て!」
張り裂けんばかりの号令が礫の雨を降らせる。しかし、騎士ヴァロスと騎兵隊は突然立ち止まり、礫は彼等の手前へ沈む。お返しのように前進を続けていたスペンサ王国軍の大砲が煙と炎を吐き出した。威風堂々と佇み護国にその身をやつした大門はけたたましい陥没音、熱波と爆発音に包まれた。その1射で大門の趨勢は決した。騎士ヴァロスは馬を駆り一騎前へ躍りで朗々たる声を張り上げ、
「我が国は戦争で敗北したことが無い。精強なる軍はかつて大陸中央に居座っていた獣人共を東へ追いやり!南の魚人共を宝剣を煌めかせ絶やし!西のエルフ共のひょろ矢を弾き飛ばした!そして・・・あれを見ろ!」
と言うや否や、かれは腰の緑石がはめ込まれた宝剣を引き抜くと、その切っ先を戦車に砲撃されるエルターニンを指す。
「300年前は竜王へ不覚を取ったが、そこから続いた形だけの戦争と休戦。今や我らは傲慢極まる竜王を留め置き、更に炎のような流血すら流させた。我々の背後にはドワーフが死屍累々と満ち、血の大河が流れる、これよりアルビオンへその大河を引く!突撃!!」
ヴァロスは大門へ振り返り、宝剣を門へ掲げた。無慈悲な砲撃が2射、3射と続き、苦悶の顔を浮かべ、ゆがみきった大門は遂にちぎれ飛び、ヴァロス達を迎えるようにガラリと開く。駆ける軍馬は大門を跨ぎ竜王の街へ飛び込んだ。僅かなドワーフの警備隊が戦槌を振り上げて立ちはだかるが、騎兵隊の小銃が火を噴き屈強な警備隊は眠るように息絶える。生き残り達も仲間につまずき、逃げられず大河のような騎兵隊に轢殺された。
アルビオンはエルフ達に蹂躙されていた。エルフ達は昆虫のような眼で淡々と矢をいる。飛来する矢は解散された軌道を描きドワーフ達の背へ吸い込まれ、尖った鏃が肺を貫いた。街中は矢羽根を飾った住民達が寝転がり、流血の大河を作る。生き残ったドワーフ達は家々へ駆け込み息を潜めていた。しかし、息を潜めるドワーフ達の目の前に黒々とした球体が飛び込んでくる。恐れおののいたドワーフ達は家の壁へ薄い身体をこすりつけ目を瞑り、息を殺していると、部屋がカッと光激痛と共に彼らは息絶えた。死の球を家々へ放って回るのは、大門の警備隊を鎧袖一触にしたヴァロス率いる騎兵隊である。彼らは音を立ててドカドカと走り、家に逃げ込んだドワーフを爆殺しようというのである。しかし、500人のエルフは別だった。蹄を聞いたエルフ達はエルターニンが敗北したと考え真っ先に大砲を放棄してドワーフ達が崩した家々の隙間に隠れた。蹄の音を頼りにエルフ達は天に500の矢を射る。放たれた矢は騎兵隊へ降りかかる。矢は3本程度しか騎兵へ命中しなかったが、彼等の駆る馬は悉く射られ足を鈍らせた。ヴァロスは降りかかる矢をむんずとつかみ、刃先を確認すると、
「物語が彫られた鏃、エルフが来ている。エルターニンはアホウか。」
と声を潜めて竜王をなじる。
「何人居るのか知れないが、とにかくエルフを探せ。散開しろ。」
そうヴァロスは小声で言うと下馬し、腰の指揮笛をデタラメに吹き始めた。不規則に鳴らされる高音の音波がエルフ達を苛立たせ再度矢を射させ、ヴァロスは降り注ぐ矢に鎧は凹み、瞬く間に針山となった。打ち上がる矢を見た兵士達はそこへ爆弾を放る。つんざく爆音が響き白い肉とドス黒い焦げ肉がアルビオンの白亜の家へべったり張り付き、焦げたエルフやドワーフの肉と髪の異臭と火薬の臭いが街中に立ち込めた。大きく数を減らしたエルフは不利を悟り、赤弓のエルフの号令をもって、家々の隙間から飛び出しエルターニンの居城へ退却していった。騎兵隊達は彼らを捨て置き、アルビオンで更なる殺戮を始めた。
大門が悲鳴を上げていた時、飛び上がっていたエルターニンは目の端で、大砲を背負ったアーギルをカナイの丘に認める。彼は直ぐさま翼をはためかせ包囲する戦車達を振り切り、大門とカナイの丘の間に降り立った。そこで、己を背に生える剛翼飛来する砲弾から身を包み、竜の息吹を吐き出す。エルターニンの翼の隙間から業火と熱波が吹き荒れ、彼の足元はあまりの熱でとろけその巨体は沈む。アーギルは丘向こうへ避難し、戦車達は左右に広がり全速力でエルターニンへ砲撃しつつ接近する。放たれた砲弾は剛翼の翼膜を打ち据え、翼膜は裂け、エルターニンの翼の第4指をへし折った。エルターニンの背後に大門を落とし反転した大砲が襲いかかり、彼の背を榴弾が弾ける。激痛に耐えたエルターニンは一気に翼を開き、四つん這いでカナイの丘へ疾走しながら息吹を解放する。熱波の波は竜王の威厳のような圧力で戦車達を破砕し溶解する。しかし全ての戦車を打ち倒すことは出来なかった。両翼へ回り込んだ戦車から狙いもつけず放たれた砲弾はエルターニン左足の指先を直撃し、彼の足の小指が根元から潰れると鮮血が迸る。背に当たる榴弾の衝撃はヒビの入った鱗を劣化させ剥離させる。カナイの丘からはアーギルの背負う大砲よりも一回り大きな巨砲が覗き、エルターニンの顔面を狙う。エルターニンはアーギルへの殺意を全身に込め、左右に蛇行しつつ疾走する。巨砲の砲撃は外れ半開きの大門へ当たった。大門には大穴が開き穴の周囲には細かい焼けとヒビが走る。あまりの激しい疾走にエルターニンの潰れた指がちぎれるが、彼はそよ風を受けたようで無反応に左足を踏ん張る。エルターニン左右へ張り付いていた戦車達は、彼の背後へ周り追走しつつ砲撃を仕掛ける。砲撃は執拗にエルターニンの後頭部を打撃した。その衝撃は凄まじく、エルターニンは既に吐き気やだるさを感じていた。丘の麓へたどり着いたエルターニンの足元はおぼつかなく這い上がるように丘へ登り、頂上から覗く憎たらしい砲身を両手でつかんで足元へ叩きつけた。砲身は地へたたきつけられると跳ね上がる。エルターニンは剛翼を広げてその場から逃げようとするも、背後から戦車が次々と突撃し彼は丘向こうへ目眩と共につんのめる。エルターニンは全身の力を振り絞り丘の頂上へ左手を突くと、剛翼で戦車を押しのけつつ上体を丘下へ逃そうとする。
「構わんやれ!」
アーギルのザラつく機械音声が響く。エルターニンへ激痛が走る。カナイの丘の頂上は球を描くように削れ、突撃してきた戦車達は消え失せていた。アーギルは削れた丘向こうから背の大砲でエルターニンの肩を強か撃つ。エルターニンは初めて戦いで痛みの咆吼をあげた。アーギルの放った砲弾はエルターニンの切り株となった左腕へ直撃し断面へめり込んだ。そして、大爆発。エルターニンの肩口がズタズタに引き裂け鮮血はグラグラと煮え立ち、沸騰し沸き立つ白い煙は怒髪天を衝く彼の怒りのようだった。アーギルは勝ち誇る事無くエルターニンの喉目がけて再び砲撃し、エルターニンの背後を取るように若草を蹴散らして走る。空を割く砲弾はエルターニンの喉を強かに撃つ。エルターニンの喉は真っ黒に変色し、破れた頬肉の隙間からは沸騰する血のあぶくがこぼれ落ちる。父ラドンから称えられた剛翼は左翼を失い、太い尾は骨まで抉れ、中程から力なく実を付けた稲穂のごとくしな垂れる。遂に日は沈み、月が夜を照らす。手負いの竜王と月明かりを纏った万全の魔王との一騎討ちが始まろうとしていた。
一方、もうもうと煙が立ちのぼる、アルビオンを見下ろす竜王の王宮ではドナン達が略奪を働いていた。賊達はカーテン飾りを引きちぎりポケット一杯に詰め込み、鏡を風呂敷で包み背負う。ドナンは両手に槌と手斧を握りしめ、妹ヘレナを探す。
「ヘレナ!何処だ、死と竜王の目をかいくぐりお前を助けに来た!」
ドナンは勇ましく寒い廊下へ叫んだ。返事は無く、彼の声は城のカーテンへ吸い込まれた。彼は仲間を放り、城の上階を目指して太い2本の足で駆け始める。
いくつ階を巡っただろうか。ダナンはエルターニンの魔術塔を通り抜け、白いエルターニンの魔術札が転がる庭を一望できる大食堂等を抜け遂にヘレナの部屋前を駆ける。ドナンがヘレナの部屋前を駆け抜けると扉が開き中から若い侍女が顔を小さく覗かせた。彼はそれを目ざとく見つけとって返すと、手斧を持った手で器用にドアノブを握った。ドアには鍵が二つ掛けられ、ノッカーは黄金で細かい傷がついている、ドアは頑丈な木版がはめられ、木目が解らないように厚い塗料で美しく仕上げられていた。ドナンの胸中に嫉妬の炎が点る。
「おい開けろ、中に竜王の母親でもいるのだろう!おまえ達侍女もドワーフならば扉を開けろ!」
暴言を吐き出すドナンの目は、打ち上げられた深海魚のようにギョロつく。
「開けなさい。」
ドナンが聞いた事も無い美しい声が彼の外耳を通ると、優美な扉が開く。部屋からはなんとも言えぬすっきりとした匂いと暖かな空気がドナンを迎えた。ドナンは汗臭い身体を部屋へ滑り込ませるとヘレナの姿に瞠目した。ヘレナは美しい春風のようなドレスと、煌びやかなネックレスを身につけていた。細い労働を知らない指には磨かれた桃色の宝石が飾られ、ドナンには目の前の美女がこの世の者とは思えなくなっていた。ドナンは両手に握る武器が場違いな物に見え己の背へ隠す。ヘレナは目を細め、
「貴方の愛とは?」
とドナンへ尋ねた。ドナンは何も言えなかった。ドナンは目の前の美女へ恋をしてしまっていたのだ。
「俺は、白く美しい貴女の事が知りたい。」
震える声でドナンは本心を伝えた。まあ!とヘレナはニコリと笑う。ドナンはたき火よりも熱くなっていた。顔は赤く、照れくさくなり顔を背けるも目はヘレナを捉えて離さなかった。
「あなた、お兄様でしょう?ヘレナです。」
ヘレナはドナンへ近づく。ヘレナ?と呟いたドナンは己の体臭を恥ずかしがるようにジリジリさがる。ドナンの腰からちぎれた向日葵の花びらがヒラヒラ落ちる。
「奥様、お飲み物が冷めてしまいますよ?」
老侍女が見かねて言うや否や、ドナンは怒った。美しい他人のような妹へ近づかれ、心が日向のように暖まっていたところへ冷や水をちょろちょろと垂らされた思いであった。
「ドワーフの誇りを竜王へ売ったババアが!俺の一撃を受けてみろ!」
唸る棍棒が、切り裂く手斧がドナンの叫びと共に老侍女を襲う。混紡の一撃は胸を打ち、手斧は逃げ出す老侍女の背中を裂く。悲鳴をあげた侍女達は我先に扉を飛び出し、血まみれの老婆もそれに続く。逃げる女達と初めて見る鮮血にドナンは己の肉体の血が沸き立ち、呆然と両の手から二つの凶器が滑り落ちる。
(俺は英雄だ。これがドワーフの戦い方だ。)
ドナンは魔王アーギルですら倒せる気になっていた。
「お兄様、ここまで来る冒険を効かせてくださらない?」
うっとりする兄ヘレナは尋ねると、アーギルは正直に全てを答えた。ヘレナは絶句するとタンスから抱える程の銀杯を取り出した。杯は銀であるにもかかわらず異様に軽く女手で簡単に持ち上げられる程だった。
「これは、値打ち物か?」
ドナンは銀杯へ顔を映しヘレナへ問う。杯の鏡面に映るヘレナの容はゆがんでも尚、美しかった。ドナンへ頭を振ったヘレナは、
「ここに竜母の血を入れるのです。そうすると、魔術塔にある魔法の扉が願いを叶えるそうです。」
そう言い終えると、窓外からエルターニンの咆吼が聞こえる。ドナンは総毛立ち、なんとかせねばと考えた。
「エルターニンは俺の行動に気がついたに違いない。ここの高さから飛び降りては尻に敷いたパンになるのは逃げるべくもない。門へ逃げる時間も無い。どうすることも出来ない!竜母はこの国に居ない!」
ドナンは頭を抱えふけが落ちる。ヘレナは兄を支えると、兄は子供のようにヘレナへ抱擁する。苦笑したヘレナは兄を物書き机に座らせようとするが急に首が痛む。ドナンはガラスペンを力一杯ヘレナの首へ突き刺していた。ガラスペンはあっという間に割れた。ドナンは転がる手斧を持ちあげ、痛みに伏せるヘレナの首筋へそのなまくらな凶刃を叩きつけた。鮮血が飛び散りヘレナは地に伏せた。
「ヘレナ!謝るよ!間違っていたら謝るよ!」
3度続けてドナンは斧を振り下ろし弁明する。ヘレナは血を吐き、鼻からは糸を引いていた。
「ああ、勿体ない」
止めどなく流れる鮮血を見たドナンは慌ててヘレナの首元へ杯を置き、たちまち杯は満杯になった。
エルターニンとアーギルの最後の戦いは、エルターニンのちぎれた左腕へ回ったアーギルの突撃から始まった。猛然と突撃するアーギルは1発、エルターニンの側頭部へ砲弾を撃ち込んだ。地面に転がる戦車の残骸を踏んだアーギルは狙いを肩口から逸らしてしまったのだ。砲弾はエルターニンの左耳を吹き飛ばすも、エルターニンは更に闘志を燃え上がらせアーギルへ向かって右によれながら走り出した。両者はぶつかり合いアーギルの大砲はあまりの衝撃でひしゃげる。アーギルは鋼の両腕をエルターニンの頭部へ掛けると、その竜王から光を奪おうと万力の如き力でその目を潰そうとする。エルターニンは残った右腕でアーギルの片腕を握りしめた。アーギル右腕はエルターニンの左目を押しつぶす。エルターニンはアーギル左腕を引きちぎり、彼の喉が灼熱に燃え、ボロボロの口蓋から灼熱の息吹を放つ。アーギルはエルターニンの目を潰した腕を頭蓋に向かってねじ込み、エルターニンの顔を逸らし致死の爆炎を遠ざける。エルターニンの決死の息吹は雲を弾き、辺りを昼のように照らす。照らされた大門は次々とスペンサ王国軍を招き入れ、アルビオンは黒煙を天へ吹かす。
エルターニンは頭蓋が削れることもいとわず、灼熱の息吹を吐きながらアーギルを向き、剛腕でアーギルを押さえつける。アーギルの腕とエルターニンの頭部が押し合う中、徐々にエルターニンの剛力へ軍配が上がる中、エルターニンの吐く息吹は徐々に黒ずみ、天まで届く光の柱はしぼみ、遂にアーギルへ届かなかった。アーギルは沸騰する血液にまみれた右腕をエルターニンから離すと、背の大砲を分離して後ろへさがる。エルターニンは指の折れた右翼を盾のように構えてアーギルへ猛然と突進する。アーギルは己の側面を包む装甲を取り外し、走りながらエルターニンと大砲を挟むように位置を取る。エルターニンは大地を踏みしめ剛翼で大砲を弾き飛ばしアーギルへ豪腕を唸らせ殴り掛かる。アーギルも負けじと己の側面から鋭い凶悪な隠し腕を2本展開すると、全速力でエルターニンへ突撃する。エルターニンの拳はアーギル隠し腕の1本を粉砕しながら強固な正面装甲を陥没させ、アーギルの体はへし折れ後輪が宙を浮く。陥没した装甲からエルターニンの血液が溢れていた。アーギルの2本の腕はエルターニンの裂けた頬、鱗が割れた胸部へ命中し、エルターニンの頬肉は消失し、胸肉は削れて白い肋骨が顔を出す。アーギルは隠し腕であらわになった肋骨、右腕で顎を握り締める。
「麗らかな両手に抱かれて長耳を狩る。金封に吹かれ永寿を止める。」
アーギルのザラザラとした呟きを拾ったエルターニン、尾から翼までの全ての力を振り絞り、アーギル右腕を剛腕でギリギリ組むと競り勝ち引きちぎる。更に右足で陥没した装甲を足蹴にアーギルから離れようとするも隠し腕が肋骨を掴む。エルタニンは強引にアーギルの腕を掴み、胸骨を割って銀に輝く腕をズルリとひねり出すが時既に遅く、アーギルの全身が揺らめき輝くとエルターニンの右腕と右足と共に溶けるように消え去った。血まみれのエルターニンは大地を揺らして地に墜ちる。芋虫のような血を吐くだけのエルターニンを始末するため、後詰めの部隊一万が進軍を開始した。
モンスター・スラグ 栗鼠 @123-8910
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