4.火災

 敵は本艦が初めに放った魚雷に気付いていなかった。敵の光線が本艦を捉えるよりも早く、魚雷は当たった。

 敵にとっては、当たり所がだいぶ悪かったらしい。多少の装甲がある軽巡の艦体が、へし折れた。


 それは轟沈と言ってよかった。


「撃ち方やめ、発射やめ」


 からくも助かった本艦は、砲撃・雷撃の態勢を解いた。


・・・・・・


 8号堡塁の射線内を綱渡りをする思いで走り、さすがに砲撃が来たので転舵して、次に6号堡塁の射線へ入り、さらに変針するも今度は4号堡塁からの長距離砲撃に晒された。

 だいぶ距離があるため光線はあさっての方向へ飛んでいくが、万に一つも当たったらたまらない。戦艦並みかそれ以上の巨砲だ、場合によっては一撃で打ち砕かれる。


 敵はどの程度この要塞を掌握しているのだろう。大型の1号堡塁と中型の2・3号堡塁を本艦はまだ見ていないが、ひとつくらいは味方が保持してくれているだろうか。

 そうでなくては、この戦いに勝つのは厳しい。こうして戦ってみると、ズム・ヘルート要塞はわが軍が設計した通りの苛烈な戦闘能力を持っている。


 増援部隊はまだ来ない。戦艦「エイデイラ」の来援が、この星系にいる全ての味方にとって唯一の希望だ。早く来ないものか――


・・・・・・


 幾度か不明艦と遭遇したが、全て敵味方の識別ができないまま離れてしまった。

 このさい駆逐艦でもいいから味方と合流したい。先程の軽巡との戦いでも、もう1隻駆逐艦が側にいれば初めからこちらが圧倒できただろう。ここで単艦で行動するのは危険すぎる。


 やはりどこかに艦を隠そうと検討を重ねた結果、第6惑星の衛星のひとつが好適であると分かった。元々がわが軍の要塞であるので、星系内の詳細な図が手元にある。巨大惑星から小惑星のひとつに至るまで、情報は全て手の内にあった。

 目標の衛星は小さく、惑星との間に本艦がすっぽり入る程度の陰があるだけだ。しかしその小ささゆえに、潜空艦はいないだろうと判断された。いくら敵が用意周到であったとしても、まだ他にも数多くある同様の陰すべてに潜空艦は張り付けられまい。ここなら停止して隠れていても安全だろう。


 減速しつつ衛星に向かっていく。周辺に艦影はない。


・・・・・・


「両舷前進半速、取舵10度」


 衛星の目前まで進んできた本艦は、図になかった多数の漂流物に阻まれて、幾度も舵を切り難渋しながら進んでいた。

 要塞には、陣地を構築したり敵艦の進行を妨害したりする目的で漂流物をわざと流すことがある。いま直面している漂流物は図に載っていなかったので、初めは敵が流したものかと思われた。

 しかしよく拡大して見たところそれは廃艦の残骸で、塗料の特徴からわが軍のものと分かった。まだ築造中の要塞であったから、直近に設置された障害物は図に記載されていないのかもしれない。


 この衛星の陰は小さいが、本艦がそこに入ろうとしているわけだから、敵艦も1隻くらいなら入ることができる。潜んでいる艦がいないか、主砲を衛星の方へ向けながら漂流物の合間を低速で走っていた。


 みな神経を尖らせていた――その時だった。


――ドン!


 突然突き上げるような衝撃が走り、何人かが転倒した。


「なんだ?」

「潜空艦か――」

「この狭い空間にか?」


 さすがに潜空艦はありえない。これだけ漂流物が密集していては、魚雷の射線を確保できないはずだ。


「艦底前部、漏気!」


 艦底に穴が開き、空気が漏れ始めた。

 ただちに応急員が艦底前部へ向かい、破孔の調査と気密保持作業が始まる。


 周囲に敵艦の姿はない。いたとしても漂流物が邪魔になって、砲も魚雷も撃てないはずだ。本艦が誤って漂流物に衝突したわけでもない。この低速では、なにかに当たっても空気漏れが起きる程の損傷が生ずることなはい。


「いかん、両舷停止!」


 艦長が大声で推力を止めさせた。


「触雷した――機雷原だ!」


・・・・・・


 艦橋が一瞬どよめく。私は初め、何を言っているか理解しかねた。


「両舷後進半速」


 機関が後進にかかり、艦は周囲の漂流物に対し相対停止の状態となった。

 触雷、つまり機雷に触れたということだが……


 そこまで考えて、ようやく私は本艦が迂闊うかつに危険地帯へ進入していたことに気がついた。


 宇宙要塞には、砲艦陣地を増やすため、また敵艦の進行を妨害するために漂流物を流してある。

 当然、敵はそこに砲艦がいないかどうか確かめにやって来る。本当に砲艦がいたなら、撃破する。

 そしてそういう敵艦をほふるため、機雷が仕掛けられることもある。砲艦陣地と見せかけて、中が機雷原になっているわけだ。


 そして本艦は――何の疑念も抱かず、その中に入ってしまった。


 これが敵のものであるならまだ言い訳がつくが、漂流している廃艦の残骸がわが軍のものであることから考えて、周囲の漂流物と中に仕掛けられた機雷、これら全てわが軍が設置したもの――


 ――味方の罠にかかってしまった。


「前部区画、気圧低下」

「艦底前部区画は放棄、気密扉を全部閉めろ」


 漏気量が多いとみたか、艦長は大規模な区画閉鎖を命じた。

 艦長が航海長、砲術長、水雷長を呼び寄せる。


 私は艦長席の周りでの話し合いを見て、命運尽きたと自沈など言い出すのではないかと思い聞き耳を立てた。

 しかしそれを言い出す者はおらず、本艦はどうにかしてこの機雷原から脱出することに決まった。

 砲術長が、爆雷を前方に投射して機雷を吹き飛ばせないかと提案すると、水雷長はその言葉が終わらぬうちに反論した。


「爆雷はそんな使い方をするようにはできていない。それができるなら敵も味方も、とうの昔にそのやり方で機雷封鎖を突破している」


 それで4人は黙った。


 ややあって、沈黙を破ったのは艦長だった。


「仕方がない。無策で動くことになるが、ここは機雷に触れないで離脱できると信じて行こう」


・・・・・・


『総員へ達する。本艦は現在機雷原にあり、これより離脱を試みる。総員は突発的な艦の動揺に備え、受け持ち区画の防気作業に全力であたれ』


 艦内全員を驚かせる放送が流される。しかしこれでも予告なしで触雷するよりは、いくらかましであろう。


「両舷前進微速」


 機関が前進にかけられ、艦が走り出した。

 機雷原にはまって、そこから触雷せずに出ようというのは、目をつぶって針に糸を通すようなものである。まさに薄氷を踏むように、艦は機雷原を進んでいく。


「取舵5度、上げ舵10度……戻ーせ、面舵10度」


 漂流物の間を幾度も曲線を描きながら抜けていく。今にも足元が爆発するのではないか――みな気が気ではない。

 それでも10分ほど無事に走って、引きつっていた顔も少し緩んだ。


「下げ舵――」


――ドン!


 横殴りの衝撃に、艦体が金属の軋み音をあげる。スクリーンがちらつき、私は目の前の信号送受盤に倒れ込んだ。


「右舷中部、漏気、火災!」


――ジリリリリ!


 火災警報ベルが鳴り出す。私は送受盤に手をついて、身を起こした。

 やはり甘くはなかった。本艦は再び機雷に触れた。


「消火急げ、火が消えんのなら気密扉を閉めて空気を抜け――」


 艦橋が一瞬、静まり返った。何人かが頭上を見上げた。

 いつも清浄な空気を吹き出している空気調和装置から、かすかに異臭が漂ってくる。


「火災区画、空気調和装置を止めたか」

『……空気調和装置……換気口、閉じない……』

「区画放棄する、気密扉閉め」

「右舷中部電路損傷、気密扉の遠隔操作ができません!」


 火災区画の換気口が閉まらない……するとこの異臭は空気循環系を伝ってきた火災現場のものか。

 まずい、煙が艦全体に回ってしまう。艦内の空気が汚染されたら、私たちが呼吸できる空気はもうどこにもない。

 既にこの艦橋にまで、僅かとはいえ煙が入ってきている。宇宙艦の中であってはならない、人が感じ取れるほどの異臭が漂ってきている。


「泡沫消火剤を使え!」

『……』

「聞こえんか、消火剤は?」

『……』


 火災現場からの応答がなくなった。

 どうしたのか。火災はそんなに激しいのか。


『こちら1番発射管室、火の手が近い、魚雷が危ない!』


 発射管室まで迫る火災――思った以上に深刻な状況に、送受盤についた手すりをぐっと握った。

 魚雷は1本で1艦を沈めることもある兵器である。実際本艦はこの戦いにおいて2本の魚雷だけで、軽巡洋艦を轟沈させた。

 発射管には、撃っていない魚雷が装填されたまま残っている。そこに火の手が迫っているのだ。魚雷に誘爆すれば最後、本艦は一瞬で砕け散る。


「魚雷を捨てましょう!」


 航海長が慌てて言った。


 魚雷に危険が生じた場合の究極の対処法は、艦外へ捨てること――つまり、そのまま発射することだ。もちろん無駄撃ちであるが、もはやそんな事を気にしている場合ではない。


 しかし――


「捨てるったって、ここじゃあ撃てない。どの方向にも射線が通らないぞ!」


 水雷長が苛立ちを露わにしつつ言う。


 艦の周囲に漂う無数の漂流物が、魚雷の射線を遮っているのだ。発射しようにも、必ずどれかに当たってしまう。

 魚雷には、発射直後は艦のそばで炸裂しないよう安全装置が付いている。しかし物にぶつかったら魚雷の針路が変わってしまう。銃弾が壁に当たって跳弾を起こすのと同じで、いま魚雷を撃ったらどこへどう走っていくか分からない。下手をすれば、あちこち跳ね回った末に本艦に戻ってくることもあり得る。


「手空きの者は総員右舷中部の火災に対処せよ。1番発射管室は発射準備を整えて待て」


 艦長が指示を出した。

 これが、今の本艦に出来る最大限の対処であった。


 異臭が強まり、艦橋内がうっすらと霞み始めた。


・・・・・・


 触雷の恐怖におびえつつ走ることさらに10分、本艦はついに漂流物の群れから脱け出した。

 空調の吹き出し口からは異臭が出続け、淡い煙が見えるようになった。有毒ガスが混じってはいないか――自分ひとりだけでも救命衣スペーススーツを着て安心して呼吸したい。


「艦長、魚雷撃てます」


 水雷長のその言葉に、僅かばかり気がらくになる。恐ろしい爆発物を、ようやく捨てられる。


「よし、発射始め」

「発射始め、ヨーイ、撃て!」


 何もない空間に向かって、残っていた2本の魚雷が走り出した。


 もはや本艦は戦えない。今はとにかく火災を抑えつつ、星系外へ脱出するしかない。


「気密扉はまだ閉まらないのか」


 右舷中部の電路が断線か何かで使えず、停電して気密扉の電動開閉機構が作動しない。閉めるべき気密扉をひとつずつ判断して応急員が手で閉めに回っているが、狭く複雑な艦内で勘違いや情報伝達の間違いが多発し、まだ扉を閉め切れていない。

 停電した区画の空調装置は止まったとみられるが、火災の煙は開いたままの気密扉から停電していない区画へ流れて、そこから艦の空調機構全体に回っているらしい。艦内全ての区画で、異臭と薄い煙が報告されている。


「艦影、30度の方向、仰角20度――」


 突然の見張員の報告に、みなの反応は鈍かった。

 2度の触雷と火災に見舞われ、みな薄々もうだめだと思っていたのだろう。


「数は3隻!」


 それは、抗いようのない本艦の運命を決定づけたかのようだった。


「対艦戦闘、砲戦、魚雷戦用意」


 それでも本艦は戦闘態勢をとる。3対1では勝負にならぬが、主砲と2番発射管室の魚雷はまだ撃てる。軽巡を本艦だけで沈めたように、足掻けばどうにかなるかもしれない。望みは薄いが……


 私の前の信号受送盤が、何かを表示した。

 レーザー信号を拾っている。何者かが本艦とレーザー信号回線を繋ごうとしている。


 ――!


「その目標からレーザー信号――あれは『インディゴ』です!」


 私の言葉に、艦橋内がどよめいた。

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