2.出動

――ビーッ!


 みなが寝静まっていた艦内に、大きなブザーの音が鳴り渡った。反射的に目を覚ました私は弾かれるように上体を起こした。


『総員に達する。重巡「ヘリオドール」が被雷した模様、救援の要あり。本艦、緊急出港する。ただちに出港配置につけ。緊急出港する、ただちに配置につけ』


 艦内放送が急を告げる。「ヘリオドール」は電撃奪還隊の旗艦だ。

 あちこちの寝台から乗員がバタバタと出てくる。私も寝台から出て、急ぎ軍服を肩にかけた。


・・・・・・


「出港用意」


 浮標に繋げていた錨鎖が外され、揚錨機によって巻き取られていく。主機関が後進にかけられ、艦が動き出した。


 兵員室で甲板士官の少尉が言った通りになった。夜のうちに、事態が動いた。

 しかし――それにしても、おかしな点がある。この連絡は、あまりに早すぎるのだ。


 戦場が今どうなっているかは分からないが、ズム・ヘルート要塞には未だ一部の陣地を保持して抗戦している部隊がいると聞いている。彼等が損害を被って後退したという話なら、何もおかしくはない。

 しかし入った連絡は重巡「ヘリオドール」が被雷した、というものだった。

 ここパルー泊地から要塞までは急ぎ気味に航海しても50時間程度かかる。いま時刻は0430で、電撃奪還隊が出撃してから10時間ほどしか経っていない。艦隊はまだ要塞から遠い所を航行していたはずだ。


 「被雷」――すなわち、魚雷を喰らった。

 それはつまり……


 否、そんな事があるはずがない。それはあってはならないことだ。


 あってはならないことだ……


・・・・・・


 パルー泊地からは本艦「ターコイズ」の他に、駆逐艦「ネビュラ」「ミーティア」と「哨戒艇17号」が出港した。

 「ネビュラ」が旗艦として先頭を行き、「ミーティア」「ターコイズ」「哨戒艇17号」の順で後に続いた。


 私が見ている通信送受盤に「ネビュラ」からのレーザー信号が入ってきた。


『各艦対潜警戒ヲ厳トナセ』


 やはりそういうことなのか。


「……『ネビュラ』より信号、対潜警戒を厳となせ」


 私の報告を聞いた艦長は航海長の顔を見て、互いに小さくうなづいた。


 対潜警戒――それは、異空間に潜って航行する「潜空艦せんくうかん」に対する警戒である。

 つい昨日までわが軍の手中にあったズム・ヘルート要塞、それより手前の海域に潜空艦がいる。わが軍の対潜警戒網を潜りぬけて……1隻か、もっといるのか。


 どうやら重巡「ヘリオドール」は、戦場よりはるか手前で敵潜の魚雷を受け、救援が必要な状態になってしまったらしい。

 ズム・ヘルート要塞が、急に遠くなったように思った。

 要塞で戦う前に、我々はまず潜空艦と戦わなければならない。


・・・・・・


『発「ヘリオドール」、ワレ左舷後部ニ魚雷1本受ク。機関室ニ損害アリ』


 「ヘリオドール」が自力で引き返してきたため、意外に早く合流が叶うこととなった。

 左舷後部の外板がめくれ上がり、禍々しい穴が見えている。「機関室ニ損害アリ」と言ってきたが、ここまで自力で走ってきており、とりあえずパルー泊地まではたどり着けそうに思える。曳航の必要はなさそうだ。

 そして「ヘリオドール」が言うには、その損害はやはり潜空艦からの雷撃によるものであるらしい。


 それはそうとして、「ヘリオドール」はここまで護衛も付けずに走ってきた。司令部は他艦に移乗して、そのままズム・ヘルート要塞へ向かったとのことだ。

 よくぞ戻ってきてくれた、とも思うが、護衛の駆逐艦1隻すら惜しんで進撃していった艦隊に不安を感じもする。最大の艦であった「ヘリオドール」が落伍して、砲火力は足りるのだろうか。


・・・・・・


 「ネビュラ」と「哨戒艇17号」を護衛に付けた「ヘリオドール」はパルー泊地へ向かって走り去った。

 残された本艦と「ミーティア」は要塞へ向けゆっくりと前進しつつ、道中の対潜掃討を行うこととなった。勝つにせよ敗れるにせよ、いずれは帰ってくるであろう電撃奪還隊の帰り道を安全に通れるようにしておかねばならなかった。


 現在時刻1530。

 要塞失陥の報から32時間ほど。電撃奪還隊の出撃からは21時間である。


・・・・・・


 2交代制で休息をとりつつ対潜掃討に走り回ってはや40時間。特に成果もないまま、疲労だけが蓄積していく。艦橋の空気も、だいぶ重く感じられるようになった。

 目がかすんで画面から視線をそらした瞬間、なにか通信が入った。慌てて画面にかじりついて見ると、長距離通信が入っていた。


 それは増援部隊がパルー泊地から出撃したという朗報であった。戦艦「エイデイラ」を基幹とした打撃部隊が来るようだ。

 要塞失陥からちょうど3日。この早さで戦艦を持ってこられたのは、幸先が良い。


 しかしその通信の続きは、良いものではなかった。


『「ターコイズ」「ミーティア」ハ先行シ電撃奪還隊ヲ支援セヨ』


 すでに洋上に出ている本艦「ターコイズ」は増援部隊とは合流せず、「ミーティア」と共に駆逐艦2隻だけで要塞へ向かえというのだ。

 たった2隻の駆逐艦だけでも先着させたい――そう考えるくらい、戦況は良くないらしい。

 しかし駆逐艦には大した火力はない。どうあがいても、要塞砲や砲艦と砲撃戦で張り合えるような艦ではない。


 無論、要塞までは行けるだろう。潜空艦にさえ気を付ければ、それくらい簡単なことだ。

 しかし、その後に飛び込むことになる要塞での戦闘には、自信を持てない。


・・・・・・


 本艦は僚艦「ミーティア」を後に従えて要塞へ向け進撃を始めた。


 増援部隊が到着するまで奮闘するより、他にない。抗戦を続けていれば、いずれは戦艦「エイデイラ」が大口径砲を引っさげてやって来るはずだ。

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