株式会社KWSステーションは、殻で守られています

ともはっと


 ちゅんちゅん。

 そんな鳥の囀り。

 なんともまあ、鳥ってちゅんちゅん言うんだなとか思いつつ、意識をゆっくりと浮上させていく。


 昨日はいいことがあった。

 私こと水科迅は、先日、我が株式会社KWSステーションの一部署の、次長へと昇格した。

 部署のみんなからのお祝いに浮かれていたものの、その後に妙な恐怖を覚えたのは記憶に新しい。



「あ」


 と、目覚めと共に、思い出した。


 それは、その妙な恐怖を与えてくれた、あの取締役部長との約束だ。


 夕方に時間を空けておくように、と言われた。おそらくサシ飲みだ。

 部長からの誘い。

 部長の行きつけのコンセプトカフェに連れていってくれるなら喜んで捗らせて頂きますと思いたいところだが、部長と一緒かと思うと嫌な気分である。いくならひっそりこっそり一人で誰も知らないところで楽しみたいと思うのは私だけだろうか。否、私だけではあるまい。


 と、部長とのサシ飲みから現実逃避。


 だけども、時間は刻一刻と迫る。と、いうか、私、普通に会社遅刻な時間ではないか、これ。


 時計を見る。

 外を見る。

 太陽を見る。


 ――明るい。明るすぎる。


 どう考えても、社会人として終わっている時間。そう、太陽は、まさに頭上である。

 雲ひとつない青空。眩しい太陽。

 へへっ。空がやけに澄んでいるぜ。


 なのに。こんなにいい天気なのに。

 私の心はどんより曇天。

 積乱雲がもくもくと溢れ出た、雷注意報込みの天気模様であろうか。



 部長とのサシ飲みというワードだけで灰色のフィルターがかかる。


「天気って、心の状態でこんなに変わるんだな」


 ポエマーかよ。

 そんな自分にツッコミを入れながら、私は会社へ向かった。



 とはいえ、いつも遅刻常連な私である。

 ホワイトカラーに怖いものはないのさ。だって残業代なんてでないんだから、ね。

 なんなら出勤一秒でも出社扱いになるんだから、昇格のメリットはここにある。


 いい世の中である。







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 会社に着くと、あたかも、「元々朝から出社して今日も昼まで引っ張りだこだったぜ、へへ、忙しいって幸せだな」みたいな顔をしながら歩いては、当たり前に挨拶をする。


 我が社は大きな会社である。

 どこかの部署であるだろうが、部署が変わればほとんど知っている人はいないと言ってもいいだろう。


 いたテイを装えば、どうということはない。


 そんな私の足が向かう先は、いつもの休憩室。

 給湯室が近くにあって、スリムタイプの自動販売機が二つ並ぶ。ちょっと奥ばったところにそんなに人が座らないから新品かと見紛うくらいに綺麗で上等なコの字型のソファが置かれた、知る人ぞ知る我が社の休憩室だ。


 いつものコーヒーを自動販売機で購入して、プルトップをぷしゅりと開けては一口。


「普通に遅刻したな」


 優雅なふりをして現実逃避である。



「あら、今日は遅い出社ね、迅君」



 振り向くと、我が愛しの同期、静君が立っていた。



 天気が晴れるとはこういうことを言うのだろう。

 さっきまで感じていた私の曇天は虹が出る勢いで晴天である。


「私が? そんなまさか」

「……私、あなたに用があって部署に行ってるからね?」

「すいません。普通に寝坊しました」

「素直でよろしい」


 静君がくすっと笑う。

 その笑顔だけで今日の天気も夜の営みも捗りそうである。


「そうだ、迅君。昇格祝い、渡してなかったでしょ?」

「え。まさか静君、朝それを渡すために?」

「なのにいないんだから。結構恥ずかしかったわよ」


 そう言って渡された小さな包み。

 一瞬、脳裏に部長から渡された檜の箱が浮かんだ。

 変な呪符みたいなもので封のされていた、祝いではなく呪いとともに渡された白い粉の入った箱。

 そんなわけがない。静君がくれたこの包みは、温かさが籠っている。あれとは正反対すぎる。


 開けると、シンプルな銀のネクタイピンが入っていた。

 私の好みを、ちゃんとわかってくれていることに驚きと捗りを感じる。


「あ、これ……」


 以前静君とたまたま外に行くことがあって、その時に通り過ぎたお店で、こんなのいいよなって言って、ちょっとお高くて買わなかったネクタイピンだ。


「……静君、ありがとう。大事にするよ」

「うん。似合うと思う」


 よし、決めた。

 静君を今日飲みに誘おう。


 捗りたい。

 いや、むしろ、静君と朝ちゅんしたいっ!



 そう心に誓った、そのとき。



「――迅くん。見つけたよ」



 背後から、空気を凍らせる声がした。

 部長だ。


 さっきまでの快晴が、一瞬で曇天に変わる。

 気圧が急降下する音が聞こえた気がした。



「昨日の約束、覚えているね? カワウソについて熱く語り合おうじゃないか」



 忘れていた。今日はサシ飲みの日だ。

 いや、正しくは忘れていたかった、だが。


 部長の肩には、白い粉がうっすらとついている。

 それが風に舞ったのか、私のコーヒーの表面にひと粒落ちた気がした。



 静君が心配そうにこちらを見ている。

 私は笑ってみせる。



「じゃあ、行きましょうか。部長」



 こうして、私は、逃れられないサシ飲みへと身を投じることになった。












 

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「迅くん。今日はいい日になりそうだ」



 店に入った瞬間、鼻をくすぐる日本酒の香りがした。

 落ち着いた照明。静かな店内。

 普通なら「大人の隠れ家」みたいな雰囲気だ。今度静君を連れてこようなんて思うところではあるのだが、今日ばかりは違う。


 部長が目の前に座っている。

 それだけで空気が重い。


 先程から部長が話す内容は、以前話をされたことだ。

 カワウソが卵から産まれる。俺はカワウソと同じように殻の中に閉じこもりたい。

 何を言っているのかと思う。カワウソは胎生だ。殻に閉じこもりたいなら勝手に閉じこもってほしい。そこをこじ開けられないままそのまま中にいてほしい。



 促されるまま席につくと、スタッフが静かにお猪口を二つ置いて去っていく。

 白磁の小さなお猪口。

 その中に注がれる透明な酒。


 白く濁った酒が、ゆらりと揺れる。

 その揺れに合わせて、私の心臓も不規則に跳ねる。



 ……あれ。おかしい。

 カワウソは胎生だって話も、殻に閉じこもりたいって話も、夢でみたはずだ。

 だって、あの時の部長は、まるでパキパキと音を立てて内部から殻が割れるように――



 部長はお猪口を指先でつまみ、こちらに向けて微笑む。

 その笑みは、いつもの夢の住人のそれではない。


「迅くん。君は……殻に戻るべきなんだよ」


 さらりとした声。くいっと、お猪口に入った日本酒を飲み干した。

 まるで天気の話でもするかのような軽さで、恐ろしいことを言う。



「殻……ですか?」



 何を、言っている?

 殻に戻る?



「殻に戻る。戻ったら君は何になると思う?」


 その問いに、私は答えられなかった。

 答えたくなかった。

 部長は続ける。


「そう、殻を破るには――鋭利で、硬い爪が必要だ」


 ぞくり、と背筋が震えた。

 それは、私が見た夢の話だ。なぜ、なぜ? なぜ、部長がその話を知っている……?


「カワウソ。……そう、カワウソ」


 先日、部長は、飼育していたカワウソに逃げられ、捕獲したけど亡くなってしまったと言っていた。


「言ったじゃないか。俺のカワウソは、戻ってくる、と。俺のペットのカワウソの代わりとして、君は今日生まれ変わるんだ」


 部屋の空気が一段冷えた気がした。

 部長はお猪口を軽く揺らし、白濁した酒を見つめる。


「君は優秀だ。あの子よりも、ずっと。だから……次は君が殻に入る番なんだ」


 あの子。

 先日亡くなったと言っていた、部長のカワウソ。



「さあ、迅くん。飲もう。これは君の新しい殻のための酒だ」


 差し出されたお猪口。

 白い粉が底に沈んでいる。白い粉。



 卵の殻。

 何の卵……?


 私は、息を呑んだ。




 カワウソは、卵生ではない。そう言ったのに。

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