復讐代行アカウントの末路~正義は、拡散される~
ソコニ
第1話「復讐、引き受けます」
スマホの画面を見つめる女性の指が、わずかに震えていた。
深夜二時。リビングのソファで、彼女は夫が眠る寝室の方向を一度だけ振り返った。そして、もう一度スマホに視線を戻す。
画面には、匿名アカウント《@revenge_agent》の投稿が表示されている。
『不倫相手の職場に、証拠写真を送りました。翌日、彼女は退職届を出していました』
投稿には、ぼかし処理された写真が添付されている。ラブホテルの前で抱き合う二人。女性の髪色と服装から、誰かは特定できないが、「本物」であることは分かる。
コメント欄は祭り状態だった。
『スカッとした!』
『悪い女にはこれくらい当然』
『よくやった!!』
彼女は震える指で、DMのアイコンをタップした。
そして、打ち込む。
『私も、依頼したいです』
《@revenge_agent》の運営者——通称「エージェント」は、モニターを三台並べた作業デスクの前に座っていた。
整頓されたデスク。無駄のない動線。
DMの通知が鳴る。
また来た。今日で五件目。
エージェントは、機械的にDMを開き、テンプレ返信を打つ。送信。次のDMを開く。
ルーティンをこなしながら、手元のマグカップに手を伸ばした。中身は、コンビニで買った激甘のカフェオレ。三本目。
エージェントは、復讐案件を処理する時、必ず甘い物を口にする。
理由は分からない。ただ、そうしないと、指先が冷たくなる。
画面には、依頼者から送られてきた「感謝のメッセージ」が並んでいる。
案件No.47【浮気夫への制裁】
『本当にありがとうございました! 夫は左遷されました!』
エージェントは、それを流し読みし、ウィンドウを閉じた。
フォロワー数:12万3,456人
一週間前は10万だった。伸び率、順調。
「復讐」は、コンテンツになる。
正義は、数字になる。
翌朝。
エージェントは、コンビニのコーヒーを片手にPCの前に戻った。
昨夜のDMをチェックする。新規依頼、8件。
その中に、一通だけ、妙に長い文章があった。
差出人:@broken_bird_2024
①復讐したい相手の情報
氏名:柴田真理子(仮名)
年齢:28歳
職業:フリーライター
関係性:かつての親友
②裏切りの内容
三年前、私が体調を崩して仕事を休んでいる間に、彼女は私のクライアントを奪いました。私の企画案を「自分のもの」として提出し、私の仕事を全て横取りしました。さらに、私が精神的に追い詰められていることを知りながら、SNSで「彼女は仕事に向いていなかった」と投稿しました。
③ご希望の復讐方法
彼女の盗作行為を暴露し、ライターとしての信用を失わせたいです。
④証拠資料
添付ファイル:7点
エージェントは、添付ファイルを開いた。
メールのヘッダー情報、タイムスタンプ、企画書の比較——すべて、本物だった。
ただ、一つだけ気になる資料があった。
『過去の盗作疑惑について.pdf』
ファイルを開く。
そこには、依頼者自身が五年前に「別のライターの文章を流用した」という記録が残っていた。クライアントからの指摘メール。謝罪文。そして、契約解除の通知。
エージェントは、画面を見つめた。
つまり、こういうことだ。
依頼者は、かつて「盗作した側」だった。
そして今回、自分が盗作された。
エージェントは、マウスを動かし、返信画面を開いた。
数秒、考える。
そして、打ち込む。
『案件として受理します』
三日後。
エージェントは、《@revenge_agent》に新しい投稿をアップした。
『【案件報告No.51】盗作ライターの末路』
投稿内容は、いつも通りだ。
「親友に裏切られた依頼者」
「盗作の証拠」
「ライターコミュニティへの匿名告発」
「ターゲットの謝罪文と、契約解除の報告」
ぼかし処理された証拠画像が添付されている。
ただし、依頼者の「過去の盗作」については、一切触れていない。
投稿は、瞬く間に拡散された。
『これは酷い』
『盗作する奴は業界から消えて当然』
『復讐代行、マジで有能』
リツイート数:8,742件
いいね数:23,891件
数字は、正義を証明する。
エージェントは、画面を閉じた。
そして、新しいマグカップに、激甘のココアを注ぐ。四杯目。
その夜、依頼者からメッセージが届いた。
@broken_bird_2024:『ありがとうございました。彼女は、もうライターの仕事を失いました』
@broken_bird_2024:『あなたは、私の"過去"を知っていましたよね?』
エージェントは、画面を見つめた。
@broken_bird_2024:『それでも、私の依頼を受けてくれた』
@broken_bird_2024:『ありがとうございます』
エージェントは、返信を打った。
『証拠があれば、受けます。過去は関係ありません』
送信。
ウィンドウを閉じる。
指先が、冷たい。
翌週。
《@revenge_agent》のフォロワー数は、15万人を突破した。
コメント欄には、相変わらず称賛の声が並んでいる。
だが、その中に、一つだけ、違和感のあるコメントがあった。
『でも、依頼者も昔、同じことしてたって噂あるよね?』
エージェントは、そのコメントを見つめた。
数秒後、そのコメントは削除された。
誰が削除したのか、分からない。
その日の夜。
DMに、新しいメッセージが届いた。
差出人:@anonymous_truth
件名:なし
本文:
『あなたに、復讐を依頼したい人がいます』
『ターゲットは——あなた自身です』
エージェントは、画面を見つめた。
意味が分からない。
だが、次の一文を読んだ瞬間、背筋が凍った。
『あなたが"正義"だと思ってやったこと——まだ正しいと思えますか?』
『あなたが選んだもの、選ばなかったもの。どちらも、誰かを壊しています』
エージェントは、返信しようとした。
だが、指が動かない。
画面の隅に、フォロワー数が表示されている。
150,234人
数字は、増え続けている。
正義は、拡散され続けている。
エージェントは、マグカップに手を伸ばした。
中身は、もう冷めていた。
翌日。
エージェントは、いつも通りPCの前に座った。
DMには、新たな依頼が殺到している。
その中に、@anonymous_truthからの続きのメッセージがあった。
『次の依頼を送ります。受けるかどうかは、あなた次第です』
添付ファイル:1点
エージェントは、ファイルを開いた。
そこには、一枚の古い記事のスクリーンショットがあった。
『SNS炎上で自殺未遂——匿名告発の真相は』
記事の日付は、五年前。
そして、記事の中に、見覚えのある名前があった。
自分が、かつて「正義」として拡散した、ある告発の——
エージェント自身の、別のアカウント名。
画面を見つめたまま、エージェントは動けなかった。
指先が、震えている。
マグカップに手を伸ばす。
中身は、激甘のココア。五杯目。
でも、甘さを感じない。
【第1話 終わり】
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