不要になった天気予報

木枝茂間

不要になった天気予報

科学者のAとBは、最新の気象予測システムを紹介するため、山奥の先住民の村を訪れた。

 テレビ局のスタッフとともに、アンテナを立て、ノートパソコンを開き、衛星画像や数値予報モデルを映し出す。


「これで三日先まで、かなりの精度で天候が分かります」


 Aは自信に満ちた声で言った。誤差率の低下、観測点の増加、過去データとの照合。

 だが、村人たちは感心した様子もなく、互いに視線を交わしていた。


「天気予報は要らない」


 沈黙を破ったのは、白髪の長老だった。


「この村には、天候を占う巫女がいる」


 Aは思わず笑った。

「占い、ですか。今の科学がどれほど正確か、ご存じないようですね」


 Bはそのやりとりを黙って聞きながら、村の奥に続く細い道を眺めていた。


 夕方、二人が滞在している家の前に、巫女は現れた。

 布をまとった小柄な女性で、顔色は悪く、歩くたびにわずかに身体が揺れていた。


「それなら勝負をしよう」


 巫女は低い声で言った。


「今夜、雷雨になるかどうかだ」


「望むところです」

 Aは即答した。

 その日の予報は、曇り。降水確率は低かった。


 村の広場に、巫女は儀式の道具を並べ始めた。

 太鼓、仮面、羽飾り。

 一つ運ぶたびに息が荒くなり、時折、額を押さえる。


「村の収穫が多くありますように」


 巫女はそう唱えた。

 今年は日照りが続き、畑はひび割れていた。

 雷雨ほどの雨が、どうしても必要だった。


 村人たちは自然と輪を作り、手を合わせた。

 祈りは次第に声となり、声は熱を帯びていった。


 そのとき、Bは気づいた。

 空気が変わっている。湿り気を帯びた風が、広場を横切った。


 雷鳴が落ちた。


 激しい雷雨だった。


 雨は大地を叩き、乾いた土を一気に黒く染めた。

 村人たちは歓声を上げ、踊り、泣き、互いを抱きしめた。


 Aは呆然と立ち尽くしていた。

 モニターに映る予報図は、沈黙していた。


 巫女は儀式を終えると、その場に崩れ落ちるように座り込んだ。

 肩は大きく上下し、呼吸は乱れている。それでも、満足そうに微笑んだ。


「ほら、当たっただろう」


 そして、かすれた声で続けた。


「やはり天気予報は要らない。今すぐこの村を出ていけ」


 追い出されるようにして、二人はトラックに乗った。

 フロントガラスを雷雨が激しく叩いていた。


 しばらく走ったあと、Bが口を開いた。


「おそらく、あの巫女は体調が天候に敏感に反応する体質なんだろう。気圧や湿度の変化を、無意識に感じ取っている」


「……それなら、なぜ言い返さなかったんです?」

 Aは悔しそうに言った。


 Bはすぐには答えなかった。

 窓の外で光る稲妻と、雨の向こうに小さくなる村を見つめていた。


「村の様子を見ただろう」

「あんなに幸せそうだったじゃないか」


 トラックは、雷雨の中を静かに走り去った。

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