第二話 畢竟、それは必然
5.
その音は出口側からだった。
徐々に明るみとなるその姿は、酷く不気味だった。
――ペストマスクを装着し、燕尾服を着た長身の男。
薄暗い空間に黒いシルエットが浮かび上がる。その存在は、場の空気をねじるように重く、不穏だった。
視界に映ったマリヤは、口を明瞭に紡ぎ、髙島の懐に身を寄せた。
「………袋のネズミだ。モルモット」
男の声は冷たく隧道に響いた。
低く、金属的にこもった声が空間に張り付く。それを感じ取るかのように、髙島の背筋にぞくりとした感覚が走る。
「誰――だ?」
髙島が問いかける。
「答えて何になる? ――人畜、それに答えて通じるとでも?」
「だが、冥土の土産だ。――此方としても、用の無い貴様の答えを、答えてやろう」
男は続ける。
「何故に殺すことを前て――」
だが、髙島の発言。
それを男は平然と遮る。
「私は
奴の言葉の端々には威圧感があり、わずかな呼吸の揺らぎさえ、周囲にまで伝わるようだ。
⋯⋯⋯だが、髙島には意味が分からなかった。
というよりも、奴の妄言を理解しまいと脳が理解を拒んでいるのだろう。
確かに武者震いはある。
だが、所詮馬鹿馬鹿しい戯言。
それだけだった。
不審な装いの男が、いきなり自分に殺害予告をした。
それだけでも十分に混乱するというのに、今度は吸血鬼を捕獲すると言う。
完全に異常者だ。
整理すれば、男の言い分はこうだ。
『マリヤ(吸血鬼?)を捕獲(保護)したい。でもお前は邪魔だから死ね』
前者は理解できる。しかし後者は何だ。理由もなくここで死ねと?
ましてや、齢十歳程の少女が、理由もなく魯西亞から遥々ここにほんまで逃げてくる理由が無かろう。
極めつけは、非力な少女を捕獲するなどと言いながら、怖がらせているのだ。
「吸血鬼だかなんだか知らんが、ここで死ぬわけにはいかないんだよ」
髙島は右拳を強く握った。
「ほぅ?」
男は声に笑みを零す。おそらく嘲笑の表れだろう。
奴の目には、挑発的な光が宿り、敵意が増幅しているのを感じ取れる。
「おにーさん、ダメだよっ!」
マリヤが髙島に全力で抱きつく。
「無謀なのっ!死んじゃうのっ!」
マリヤは小さな体で必死に髙島を制止しようとする。
⋯⋯⋯マリヤなりに、髙島を思いやっての行動。
そんなことは髙島自身も、よく分かっている。
だから尚のこと、こんな所でくたばるわけにはいかない。
髙島はマリヤの頭を左手で花を愛でるかのように、ゆっくりと撫でた。
(――!?)
マリヤは最初こそ、それに驚いた表情を浮かべたが、
その意図に気づいたマリヤの体の力が、少し緩む。
それを確認した髙島は地面を蹴り、駆け出した。
歯を食いしばり、右拳を思い切り後方へ引く。
身体の重心を意図的に低くし、最大限の力を拳に込める。
6.
先に仕掛けたのは髙島だった。
男の元へ飛び込み、顔面へ拳を突き出す。
しかし、男は造作もなく躱す。
動揺は微塵もない。攻撃はフェイントでもなかった。
予想外の回避に、髙島の思考が一瞬止まる。
だが、それでも次の動きを考える時間はほとんど無かった。
次の瞬間、男の右腕が剣のように襲い、髙島の腹部を正確に狙う。
――鈍い衝撃が腰に走る。
……ドスッッ!!
疾風の如く髙島の身体が突き飛ばされ、
先程の入り口付近の段ボールに勢いよく、叩きつけられた。
「がふっ――」
幸い、致命傷ではないようだ。
だが、
(腰――っでぇ゙――っ)
腰は激しく痛み、背中全体を東奔西走している。
「おにーさん!」
マリヤが駆け寄る。
少女は、小さな手が腰を押さえながらも、励ましの声を上げる。
「安心しろ、モルモット。貴様は殺さぬ」
マリヤに台詞を吐いた後、男は髙島へと視点を移す。
「……それにしても、哀れな小僧よ」
男はカードのようなものを取り出すと、静止しているこちら側へ飛ばした。
―――反応できなかった。
明らかに人の所業ではない。
カードは音速マッハの速さで迫ってくる。
空気を切る音すら感じ取れず、目で追うだけが精一杯だった。
「――瘴氣を纏いし、黒き祝砲よ、それを用い、奈落の底へと突き堕とせ!」
男が声を張り上げた直後。
黒炎のようなものがカードを覆い、眼前に迫る。
光は異様に黒く、熱気すら感じる。抵抗する間もなく、髙島は死を覚悟せざるを得なかった。
抵抗する時間など、とうに残っていなかったのだから。
……絶体絶命だった。
……筈だった。
………だが、奇跡というのだろうか。
小さな影が、二人の前に立ち塞がったのだ。
次の瞬間、その影。いや、少女が疾風迅雷とも呼べる速さでカードを弾いたのだ。
髙島の目に映る光景は、常識を超えていた。信じられない速さで、少女は攻撃を防いだのだ。
「……何様のおつもりで?」
少女は幼さを残しつつも、勇ましく、凛としており、その瞳に宿る鋭さは、年齢以上のものを感じさせた。
「――こんな見窄らしい場でお目にかかれるとは。奇遇ですね、エレナ嬢」
男は驚きつつも、その表情を隠すかのように取り繕っていた
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