第7話 帝国の「食糧封鎖」

アイゼングレイズ領の活気は、急速に失われつつあった。 帝国の呼びかけによる食糧封鎖。それは、周辺諸国からの物流という「血管」を縛り、ルナという巨大な「心臓」を止めようとする残酷な策だった。


「……お腹が空いて、世界が逆さまに見えます」


屋敷のバルコニーで、ルナは力なく手すりに寄りかかっていた。 彼女のエネルギーが枯渇し始めた影響で、領地内の重力バランスがわずかに揺らいでいる。積み上げられた鉄屑が自重に耐えかねて軋み、時折、地震のような微動が大地を走った。


「ルナ、これを飲みなさい。少しは楽になるわ」 母イザベラが差し出したのは、魔力を無理やり凝縮した不味い栄養剤だった。だが、ルナの胃袋はそれを拒絶するように鳴る。


そこへ、アイゼンが血相を変えて飛び込んできた。 「イザベラ! 国境付近の森で、不審な男を捕らえた。帝国の軍服を着ていたが、持っていたのは武器じゃなく……これだ」


アイゼンが放り出したのは、厳重に梱包された包み。 その瞬間、ルナの鼻がぴくりと動いた。


「この匂い……懐かしい、あったかい匂い……!」


ルナはふらつく足取りで駆け寄り、包みを開いた。そこには、まだ温もりを帯びた、分厚い魔獣肉のローストがあった。 背後に控えていた捕虜――帝国を脱走してきたカイルが、拘束されたまま静かに口を開く。


「……九年ぶりだな。少しは、いい顔で飯が食えるようになったか?」


ルナの動きが止まった。 目の前にいるのは、かつて自分に「おにぎり」をくれた少年、カイルだった。 ルナは返事もせず、ローストを一口、夢中で頬張った。


(――美味しい。……身体が、熱い!)


魔獣のエネルギーが、カイルの超絶的な調理技術によってルナの全身へと行き渡る。 背後の鉄傘が黄金の光を放ち、領地を揺らしていた微震がピタリと止まった。ルナの瞳に、かつてないほど強大な、そして「怒り」を帯びた輝きが戻る。


「カイルさん、ですね。……助けてくれて、ありがとうございます」


ルナはカイルの拘束を重力で弾き飛ばすと、窓の外、帝国軍が展開している国境の方角を睨みつけた。


「でも、これだけじゃ足りません。お父様、お母様。帝国は、私から食べ物を奪おうとしています。これは、私に『死ね』と言っているのと同じです」


「ルナ……」


「食べ物がないなら、耐える必要なんてありません。――帝国を、『食べに』行きましょう」


その場の全員が、耳を疑った。


「帝国が食糧を溜め込んでいる兵站基地、あの巨大な要塞……あれを丸ごと、アイゼングレイズへ『テイクアウト』します。邪魔をする軍隊は、全部プレスして道の舗装材にしてあげますわ」


ルナの宣言は、もはやお嬢様のわがままではなかった。 それは、生存本能に火がついた「頂点捕食者」による、宣戦布告だった。


「面白いじゃない。帝国を私たちの巨大な冷蔵庫にするわけね」 イザベラが不敵に笑い、計算尺を放り投げて扇子を広げる。


「よし、野郎ども! 聖女様のご夕食の時間だ! 邪魔するやつは一人残らず鉄屑にしてやれ!」 アイゼンの号令に、領民たちが、そして重機たちが地響きを立てて応じる。


カイルは、圧倒的な威厳を放つまでに成長したルナを見上げ、苦笑しながら包丁を握り直した。 「……わかったよ。お前が奪ってきた食材、世界で一番旨く料理してやる」


空腹の聖女による、史上最大の「食事代」を巡る戦争が、今、始まった。

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2026年1月13日 22:00
2026年1月14日 22:00
2026年1月15日 22:00

圧搾聖女の満腹建国記 ~食べ物がないなら帝国を食べればいいじゃない。重力魔法で始める幸せのレシピ~ にゃん @ito64

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