魔王をワンパンした最強四人組、ギルドに帰ったらムキムキのオネエ受付嬢に絞め落とされる 〜お前らみたいなガサツ男は愛のアイアンクローよ!〜

たらこの子

第1話:魔王降臨? 知るかよ、こっちはランチ中だ

その日、世界は終わるはずだった。

 王都の遥か上空、高度一万メートル。暗雲が生き物のように蠢き、空そのものが腐敗したかのような禍々しい赤黒い雷鳴が、絶え間なく大地を震わせていた。数千年の長きにわたり、神々の封印によって次元の狭間に幽閉されていた『災厄の魔王・デストロイヤー』。その封印が今、パリンと安物のガラス細工のような音を立てて弾け飛んだのだ。

「クハハハハ! ついに、ついにこの時が来た! 忌々しい神々よ、そして我を忘れた人間どもよ、絶望を味わうがいい! 我こそが深淵の主、万物を無に帰し、太陽すらも黒く染め上げる恐怖の権化――」

 魔王がその、世界を滅ぼすに足る禍々しい口上を朗々と述べていた、ちょうどその時。

 王都の目抜き通りにある定食屋『マッスル亭』では、それどころではない、あまりに理不尽かつ個人的な死活問題が発生していた。

「……おいゼノン。お前、今なんて言った?」

 剣士のカイルは、手に持っていた割り箸をミシミシと、今にもへし折らんばかりの勢いで震わせながら、目の前の男を睨みつけた。

「だから言っただろ、カイル。俺はただ『いつものA定食、ライスを富士山盛りで。あと生卵を二個、いや三個追加だ』って店主に注文しようとしただけだ。ただ、ちょっと魔力が指先から漏れて、語頭に第一位階禁止呪文【極大消滅呪文(アナイアレイション)】の詠唱が不運にも乗ってしまっただけだ。これは不可抗力、いわば天災だろ」

 ゼノンと呼ばれた、寝癖だらけのボサボサ頭の男は、悪びれもせずに鼻をほじりながら答えた。

 その一瞬の「魔力漏れ」の結果は、凄惨なものだった。定食屋の看板は分子レベルで消滅して光の粒子となり、店の二階部分はまるで消しゴムで消されたかのようにロスト。さらには、はるか上空で威勢よく世界滅亡を宣言していた魔王の「へそから下の全パーツ」が、ついでに因果律ごと消し飛んでいた。

「『だけだ』じゃねえよ! 看板がねえから店主が『俺のアイデンティティがぁ!』ってショックで白目剥いて泡吹いて寝込んじまったじゃねえか! 俺の生姜焼きはどうなるんだよ! この空腹で腹と背中がくっつきそうな絶望をどう責任取ってくれるんだ、この中二病魔法使い!」

 カイルの怒声が、静まり返った王都に響き渡る。彼はこの世界最強の剣士であり、神速を超える一撃を放つことができるが、その才能の九割九分は、こうして仲間のあまりにデタラメなボケを物理的・精神的に止めるためだけに使われている。

「……ま、待て……貴様ら……。我の話を……聞け……。我は……魔王……ぞ……」

 空から、上半身だけになった魔王が、涙目で鼻水を垂らしながらゆっくりと、重力に従って降りてきた。

 さすがは伝説の魔王、下半身を概念ごと消し飛ばされても即死はしない。だが、その威厳はもはやゼロどころか、道端に落ちている生ゴミ以下だった。切り口からは紫色の魔力がドバドバと、景気よく下水のように漏れ出し、不格好に這いずる姿で、カイルたちのテーブルのすぐ横に着地した。

「あ? なんだお前、邪魔だぞ。今、昼飯のA定食をB定食に切り替えるかどうかの瀬戸際なんだわ。空気が読めない奴は地獄に落ちても嫌われるぞ」

 重戦士のオーガが、食事を邪魔された苛立ちから、邪魔そうに魔王の頭をパシッと叩いた。

 ドゴォォォォォォォォォォォン!!

 ただの「邪魔なハエをのけぞらせるための軽い平手打ち」だったはずが、オーガの防御力と引き換えに完ストさせた異常な腕力と筋密度、そして惑星をも粉砕しかねない破壊的質量が加わったせいで、魔王は王都の強固な石畳を豆腐のように突き破り、地下数百メートルまで続く巨大なクレーターを作って埋まった。

「あーあ、オーガ。そんなに乱暴に扱ったら、換金パーツとしての価値が下がるじゃないか。魔王の角は滋養強壮に効くし、その皮は最高級の財布になるんだよ? 傷一つにつき金貨百枚の減額なんだからね」

 聖職者の服を着ているくせに、目は一銭も逃さないという強欲さと脱税への情熱に満ちた僧侶シエルが、手慣れた手つきでクレーターに飛び込んだ。彼は魔王がまだ虫の息で「たすけて……」と呟いているのを確認するや否や、その懐から四次元ポケット並みの容量を持つ黄金の財布を抜き取り、さらには身に着けていたアーティファクト級の指輪を、関節ごとへし折る勢いでもぎ取っていく。

「……へぇ、魔王のくせに結構持ってるね。これなら店を修理して、さらにお詫びとして王宮御用達の特上寿司を百人前くらい出前させてもお釣りがくるよ。カイル、魔王って意外と歩くATM(オートマチック・トバル・魔王)だね」

「よし、決まりだ。こいつの首――いや、死んでねえから全身か。全身を証拠品として引きずってギルドに行くぞ。……ついでに、あの『最恐のオネエ』に魔王討伐を報告して、さっさと昼飯にありつこうぜ。俺の胃袋はもう限界だ」

 カイルが重いため息をつきながら、地面に埋まった魔王の角を乱暴に掴み、まるで安売りの大根でも運ぶような手軽さで、ズルズルと引きずり始めた。彼らにとって、世界を救う、あるいは魔王を滅ぼすという行為は、食欲という根源的な本能の前では「ついで」の雑務に過ぎなかった。

【冒険者ギルド:筋肉の揺り籠亭】

 王都の平和を影で(物理的に)支える冒険者たちの拠点、『筋肉の揺り籠亭』。

 その、樹齢千年の巨木から削り出された重厚な扉が、いつものように「ガシャーン!」という、明らかに蝶番が数本イカれた音と共に蹴破られた。

「おーい、ローズさん! 魔王がそこらへんの空から落ちてきたから持ってきたぞ! あと、シエルが道中で略奪した魔王の私物から金を抜いて、定食屋の修理費を領収書なしで経費精算しようとしてるから、後で厳しく絞めてやってくれ!」

 カイルが軽口を叩きながら、魔王(※もはや全身の骨が粉砕され、原型を留めていない紫色の肉塊)を、あろうことか受付カウンターの上にドンッ!と無造作に放り出した。

 その瞬間。

 ギルド内の空気が、まるで神の逆鱗に触れたかのように一変した。

 昼間から安酒を煽っていた荒くれ者のベテラン冒険者たちが、戦いも見ずに一斉に白目を剥いて泡を吹いて倒れ、天井を這っていた百戦錬磨の毒蜘蛛すらも、本能的な恐怖のあまり心肺停止となってボタボタと落下する。

 カウンターの奥。

 そこには、身長二メートル十センチを超え、上腕二頭筋の太さが並の成人男性の胴体ほどもある、圧倒的な「筋肉の山脈」がそびえ立っていた。

 ピンク色のフリルがこれでもかと装飾された、特注サイズ(推定XXXXXL)の可愛らしい受付嬢の制服は、限界まで盛り上がった広背筋と大胸筋のせいで、布地が悲鳴を上げ、今にも核爆発でも起こしそうなほどパンパンに張っている。

 丁寧に、かつ大胆に塗られた真っ赤なリップ、扇風機の羽根のようにバサバサと動く付けまつげ。

 このギルドの実質的な支配者にして、世界で唯一、この最強四人組を純粋な「物理的な愛(暴力)」と「圧倒的な威圧感」のみでねじ伏せられる存在。

 ローズさんである。

「……あら。おかえりなさい、ガサツで可愛い坊やたち」

 地響きのような、重低音のソプラノボイス。だが、その語尾には物理的な質量を持ったハートマークが見えるほど艶っぽい。ローズさんは、カイルがカウンターに投げ出した魔王のなれの果てを、まるで汚れた雑巾を見るような冷ややかな目で見下ろした。

「……ちょっと、カイルちゃん。これ、何かしら?」

「え? 見ての通り魔王だけど。ほら、この折れ曲がった角と、微かに感じる邪悪なオーラが証拠だよ。本物だぞ、一応」

「…………そう。で、討伐報告書は? 提出期限は『即時』だって、昨日、あんたの鼓膜が破れるほど耳元で囁いたはずよね?」

「あー、いや、まだ書いてねえよ。腹が減りすぎてペンを握る握力が残ってなかったんだわ。後でいいだろ、そんな紙切れ一枚の事務作業。魔王倒したんだから、細かいことは気にすんなよ」

 カイルが鼻を掻きながら、面倒くさそうに、そして少しだけ不遜な態度で答えた、その刹那――。

 「いいわけないでしょおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!!」

 ドガガガガァァァァァン!!!

 ローズさんの、大岩のような拳がカウンターを叩いた。厚さ三十センチの純鉄製カウンターは、まるでお餅のように一瞬でクレープ状に平らになり、ギルドの強固な床の石畳には半径十メートルにわたる巨大な地割れが走った。あまりの衝撃波に、ギルドの窓ガラスは全て粉砕され、街の反対側にある教会の大鐘が勝手に鳴り響いた。

「ひ、ひいいいっ!? ひい、ひい、ひいっ!!」

 カイル、ゼノン、オーガ、シエルの四人は、本能的な死の恐怖によって脊髄反射的に一列に並び、一糸乱れぬ直立不動、いや、もはや魂が抜けた「気をつけ」の姿勢を取った。

「あんたたちィ! 昨日も、その前も、さらにその前の魔神討伐の時も言ったわよね!? 討伐報告は指定のギルドフォーマットに、楷書で、丁寧に、一点一画のズレもなく、愛を込めて書きなさいって! 見てごらんなさい、この魔王の無様な首! 血と魔力が飛び散って、私のピカピカのカウンターが汚れちゃったじゃないの! 私の美意識が、純真な乙女心が、そして何より完璧な事務処理フローが汚されたわッ!!」

「す、すみませんローズさん! すぐに拭きます! 俺の、この昨日買ったばかりの十万ゴルドラの特注防具を雑巾代わりにして、舐めるようにピカピカに磨き上げますから!」

 重戦士オーガが、顔面蒼白で必死に謝罪の言葉を並べるが、ローズさんの怒りのボルテージはもはや神の領域すら超えて振り切れていた。

「拭けばいいっていう問題じゃないのよ! あんたたちには、一度『愛のムチ』……いえ、『愛の重圧(プレス)』が必要みたいね……。いいわ、今すぐ裏の訓練場に来なさい。たっぷり、みっちり、あんたたちのガサツな根性が入れ替わるまで……可愛がってあげるわ……♡」

 ローズさんの背後に、怒髪天を衝く憤怒の筋肉鬼神(物理)が幻影となって浮かび上がり、ギルド全体が震度5の揺れに見舞われる。

 カイルは、遠のいていく意識の中で、確信を持って悟った。さっき一瞬でゴミのように処理した『伝説の魔王』の絶望なんて、ローズさんの機嫌を損ねた時の絶望に比べれば、春先の陽だまりの中を泳ぐそよ風のようなものだったのだと。

「……ゼノン、お前の『神の座すら奪える最強魔法』で、今すぐここからワープできないか?」

「無理だカイル。ローズさんの放つ『殺気』という名の物理的重圧で、周囲の時空が固定されてる。さっきから無詠唱で【因果律崩壊】を三発ほどぶち込んでるが、ローズさんのしなやかな皮膚に吸い込まれて、ただの心地よい微振動マッサージに変換されてるよ……。もう、僕たちに明日はないんだ……」

 最強と謳われた四人の男たちは、これから始まる「地獄の指導」にガクガクと震えながら、死刑台に向かう罪人のような足取りで、ローズさんの巨大な背中を追って訓練場へと向かった。

 世界を救った最強の四人組。

 彼らがこの世界で唯一、勝つことも逃げることも、そして言い返すことすらも許されない「人類最恐のオネエ」による支配は、今、ここに幕を開けたのである。

(第2話:伝説の聖剣、ローズさんの肩たたきで粉砕される へ続く)

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