春雪を抱く【カクコン11お題フェス④】

🐉東雲 晴加🏔️

春雪を抱く







 龍の吐く息が舞う吹雪がやめば、辺りは一面の銀世界。

 枝にも白く輝く衣をまとった木々は、まるで砂糖菓子のようだ。



 晴れた空の下、白い息を吐きながら、さくりさくりと誰も歩いていない新雪を踏みしめる。

 木々をかき分けて、最初の丘にたどり着いたら、後ろから呆れたような声がした。


「……こんな雪深い日に、登ってこなくてもよかろうに」


 冷たい、と、背後からすっと長い指が伸びてきて、ハルの頬に触れた。

 ハルはふふっと笑って、その手に頬を甘えるように寄せる。


「……だって。こんな日には必ず貴方に会えるって知っているもの」


 頬に触れた手にそっと自分の手を重ねて、後ろにいる長身の男の方にゆっくりと身体を向ける。ハルのうしろには、雪と見紛うかと思うほどの白い長髪と、金の色にまだらに空の色を移した瞳の美丈夫。


 ハルは彼――雪嶺せつれいの手に添えた手を、するりと彼の身体に回した。雪嶺の身体からは、冬の香りがする。


「雪の深い日には、他の人間も山には来ませんし。この美しい白銀の世界に、貴方をより感じ取れるのが好きなんです」


 そう言ったハルの顔には、世辞も、恐れもなくて。


「お前は、本当に物好きな人間だな」


 私が怖くはないのか、と微かに眉尻を下げた雪嶺の顔を見て、陽の光が雪の上で弾けるように、ハルは笑った。


「全然! なんなら龍の姿のままの貴方でもいいくらいだ!」


 くしゃりと目がなくなって、言い切るハルの眩しさに雪嶺は目を細める。


「……あの姿のままお前に会ったら、私の身体から発する冷気でお前が凍えてしまうだろう。人の身体は、脆弱だから」


 女子おなごよりも丈夫とはいえ、龍である雪嶺にしてみれば人であるハルの脆さは大差ない。雪嶺はハルを気遣ったつもりであったが、ハルは唇を少し尖らせ、恨みがましく雪嶺を見上げた。


「よく言う。その割には貴方、僕の身体を好きにしますよね」


 突然の反撃に、雪嶺は目を人のようにパチパチとさせた。


「……なんだ、気に食わなかったか」


 お前は、喜んでいると思っていたのだが。


 真顔で言った雪嶺に、ハルは頬に赤を走らせて、「き、気に食わないとは言ってません!!」と雪嶺の身体をぐいっと押して距離を取った。雪嶺は首筋と耳を真っ赤に染めて、雪を散らしながらずんずんと前を歩くハルの背を追いかける。


 後ろから、「ハル」と名前を呼ぶと、まだ赤い顔でハルが振り返った。



「……僕、本当に元の姿の貴方も好きなんです」



 朝日に照らされて煌めく白銀の鱗も、夕日に染まって桃色に色づくのを見るのも。 

 月灯りの下で闇夜に光り輝くのも。……鱗がさざめいて、まるで鈴のような音を奏でるのも。


 寒さなんて、感じないくらいに。



「……」


 うっとりと熱に浮かされたように語るハルに、雪嶺は一気に距離を詰めてハルの隣に並んだ。


「……この姿の私では、不満か」


 少し拗ねたような雪嶺の声色に、ハルは目を丸めた。


 どうやらこの龍は、ハルが褒めた元の姿の自分に嫉妬しているらしい。

 ハルはどうにも可笑しくて、ふ、ふ、と笑いをこらえた。


「――ハル」

「す、すみません。だって――」



 どちらも、貴方なのに。



 目の前の自分よりも褒められたからと言って、拗ねる人ならざる彼が愛しくて。目尻に涙を浮かべて笑いをこらえていたら、そのうちぐいと顎をとられて口を塞がれた。


「――」


 雪山の真ん中で、雪の化身とも言える彼といるのに、体温は上がる一方で。

 熱く吐いた吐息は冷気で冷やされて白くまわりに浮かんだ。




 は……と。ため息のように息を漏らす。



「――……貴方が、龍の姿で空から降りてくると」


 熱に潤んだ目で、ハルが雪嶺を見上げた。


「貴方の名のように、白銀の身体に雪が舞って輝くのが……とても好きなんです」



 だから僕は、雪も貴方も嫌いじゃない。

 それに、身体は……貴方が温めてくれるでしょう?



 そう言って微笑んだハルに、雪嶺はその華奢な体を、もう一度抱きしめた。

 ハルの身体は、冬と春が混ざった香りがした。




 2026.1.5 了



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