東図書館の言霊

花咲 千代

東図書館の言霊

「知ってる?学校の都市伝説。図書館に返却期限がの棚があるんだって」


 茜色の夕陽が、渡り廊下の床を染める。

 そこに、本を抱えた二人分の影が差した。


「知らないよ、見たことないし」

「先生も知ってるくせにさー、わざわざ生徒に頼まないでよね」


 隣を歩く杏は頬を膨らませて、床に映る夕日から夕日へ飛び移る。

 何かの曲のMVみたいに、スカートの裾が翻った。


「東図書館」

 そう書かれた扉を開いて、人の気配のない部屋に入る。

 カウンターに本を置けば、いつのまにか外は藍色。


「――杏?」

 

 どこにもいない。返事も、影ひとつない。

 どこへとも分からず駆け出せば、バラバラと頭から本が降ってくる。

 棚に引っ掛けたのか、左足の甲が痛い。


「こんな棚、あったっけ?」


 古文書みたいにシワシワの本、活版印刷の英語の本、金の表紙字の本。

 挟んである貸出期限を示す紙には、Yesterday、البارحة、Ayer、Hier、어제、昨天……


「昨日……」

 ――放課後の図書館に、返却期限が「昨日」の本

 これが……

 

「さがしもの?」


 ふわふわと、捉えどころのない声。

 老婆の声にも幼稚園児の声にも聞こえる。

 振り返れば、もやのように淡い人影。

 瞬きをすれば西洋の姫のように、目を凝らせば花魁のように。女子高生のようにも見える。


「私は貴方の影よ」

「私の?」

「友達やご先祖様のかもね」


 影は笑った。

 本がひとりでに浮かんで、開いては閉じて。

 ページを見たわけでもないのに、名前も知らない誰かの淡い記憶が見える。

 

「この本は、懺悔、愛情、絶望……返却期限は昨日よ。守れるなら貸してあげる」

「――守れなかったら?」

「連れて行くわ。どこかへね」


 明らかに異常なのに、怖いと感じない。 

 窓からの月明かりに、影のスカートの裾が光る。


「貴方の影は、どこにいるの?」


「――知らないわ。私は言霊だもの」

「なら、」


 一歩、足を前に踏み出した途端、影は散って消えてしまう。

 窓の外は、茜色。


「ねぇ!由梨!都市伝説の棚なかったー残念」

「杏……」


 茜色に、スカートが揺れる。


 もし、「昨日」を「明日」に書き換えられたら。

 言霊なら、私が「何もない」と言ったときに、なかったことになってしまったのかも知れない。

 それでも、もし貴方にもう一度会えたら――


 悲しそうに消えてしまった貴方の影を綴って、日向に連れて行ってあげたいの。


「由梨、どうかした?」

「ううん。何もない。行こ」


 西陽が、閉じた図書館の扉を照らしていた。

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東図書館の言霊 花咲 千代 @ChiyoHanasaki

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