第2話 「お前みたいな荷物持ちはクビだ」――戦力外通告と、ユウサクの冷徹な予測。

「……さて、プランBに移行するとしよう」


 夕闇が完全に森を支配し、魔物の咆哮が遠くから響く中、鈴木悠作――ユウサクは、一人で夜の街道を歩いていた。

 194センチの巨躯は、暗闇の中でも圧倒的な存在感を放っている。しかし、その足取りは驚くほど軽く、音も立たない。彼が履いているのは、現代の登山靴の構造を魔法素材で再現した「特製タクティカル・ブーツ」だ。クッション性とグリップ力を最大化し、行軍時の疲労を最小限に抑えるように設計されている。


 ユウサクのアイスブルーの瞳の前には、半透明の【アバロンWMS】のウィンドウが展開されていた。


「現在地からメルキアの町まで、最短ルートで28キロ。この歩行ペースを維持すれば、明朝4時には到着する」


 彼は独りごちた。

 一人になったことで、これまでは他人のペースに合わせて抑制していた「効率」を、100%自分自身のために解放できる。

 ユウサクは懐から小さな魔導デバイスを取り出し、それを耳に装着した。骨伝導で周囲の音を拾いつつ、脳内に最適ルートのガイダンスを流す。彼の動作には一切の無駄がなかった。


「……ところで、あいつらは今頃、火の熾し方すら思い出せずにいるはずだ」


 ユウサクは、数時間前に背後に残してきた「勇者パーティ」の現状を、脳内の在庫データからシミュレートした。

 彼の予測に狂いはない。


★★★★★★★★★★★


 一方その頃、勇者ゼクスたちはパニックの渦中にいた。


「おい……どういうことだ、これは!? 荷物がないぞ!」


 ゼクスが焚き火の跡を蹴散らしながら叫んだ。

 ユウサクが去った後、彼らは野営を続けようとした。だが、ユウサクが地面に下ろしたはずの巨大な背負い箱は、彼が歩き出すと同時に霧のように消えてしまったのだ。

 それだけではない。各々が「自分のもの」だと思って装備していた予備のナイフ、砥石、ランタンの燃料、果ては明日の朝食用に確保していた干し肉の袋まで、すべてが掻き消えていた。


「ゼクス、落ち着いて……! ユウサクさんが言っていたじゃない。『管理下にある資産はすべて回収する』って」


 癒術師のセーラが、震える声でなだめる。

 彼女の手元には、いつもなら潤沢にあるはずの「魔力回復ポーション」が一本も残っていなかった。


「そんなの認めるかよ! あの野郎、呪いをかけやがったんだ! 強奪だぞ、これは!」

「違います、ゼクス。強奪じゃありません」


 重戦士のボルドが、重い溜息をつきながら自分の背中を触った。


「俺たちの装備、全部ユウサクさんが『アバロンWMS』のリストに登録してたんだ。彼の魔法は、登録された物品の『所有権』をシステム的に固定する。彼が『管理を終了する』と宣言すれば、それらはシステム上の中心地……つまり、彼のところへ戻る仕組みなんだよ。俺たちは、彼から備品を借りていただけだったんだ」


「借りてただと……!? 俺は勇者だぞ! 国から支給されたものを、なんであんな荷物持ちに借りなきゃいけねえんだ!」


「その管理を、全部彼に丸投げしてたのは俺たちだろうが!」


 ボルドが珍しく声を荒らげた。


「いいか、ゼクス。今、俺たちの手元にあるのは、今手に持っている武器と、身にまとっている鎧だけだ。寝袋もない、火打ち石もない、水筒の中身もあと一口分しかない。……これがどういう意味か、わかるか?」


 ゼクスは言葉に詰まった。

 夜の森は、昼間とは比較にならないほど気温が下がる。火がなければ魔物避けもできず、体温も奪われる。そして何より、腹が減っても食糧がない。


「……あ、あんな奴、いなくたってなんとかなる! 明日の朝になれば、魔物を狩って肉を食えばいいだけだ!」


 ゼクスの強がりは、冷たい夜風にかき消された。


★★★★★★★★★★★


「30パーセント……。いや、25パーセントか」


 月明かりの下、ユウサクは歩きながら仮想ウィンドウの数値を更新していた。

 それは、勇者パーティの「生存継続率」の予測値だ。


「ゼクスは、現地調達を甘く見ている。魔物を狩れば肉が得られると思っているようだが、解体するためのナイフは俺が回収した。血抜きもせずに焼けば、肉は硬く、獣臭くて食えたものではない。何より、火を熾すための魔石も、発火装置も、すべて俺の在庫リストに入っていたものだ」


 ユウサクは歩みを止めることなく、脳内でロジスティクスの講義を繰り広げる。


「物流とは、単に物を運ぶことではない。必要な時に、必要な場所へ、必要な状態で届けることだ。それを軽視した者は、戦場で剣を振るう前に、空腹と寒さという『非物理的なコスト』によって自滅する」


 彼は立ち止まり、道の脇にある一本の樹木を見上げた。

【全域在庫把握】を発動させる。

 半径10キロ以内のリソースが、彼の脳内に青いグリッドとして展開された。


「……1.2キロ先に、野生の『ベリーの群生地』。糖分補給には最適だな」


 彼は迷うことなく、茂みの中へと足を踏み入れた。

 194センチの巨体は、一見すると森の中では動きにくそうに見えるが、実際にはその長い四肢を活かしたストライドは、常人の倍近い移動効率を誇る。

 群生地に到着すると、彼は【アバロンWMS】から一本の清潔な採集用ケースを取り出した。


「採集にかかる時間は3分。摂取によるエネルギー変換効率は85パーセント。休止時間は不要だ」


 正確にベリーを摘み取り、ケースに収める。

 彼にとって、この異世界でのサバイバルは「究極の効率化パズル」に過ぎない。

 勇者パーティにいた時は、ゼクスの「喉が渇いた」「腹が減った」「足が痛い」という、予測不可能な変数の処理に全リソースの8割を割かざるを得なかった。

 一人になった今、彼の「CPU」はすべて、自身の目的達成のために回されている。


「アルシュタット辺境伯領……。魔王軍の最前線でありながら、王都からの補給路が完全に断たれている場所。そこには、俺が前世で培った『究極の供給網構築』を試すのに、最高のキャンバスがある」


 ユウサクの脳裏に、第1話の最後に確認した依頼書の文面が浮かぶ。


「アルシュタットの民、飢えに苦しみ、ポーション一枚届かず。領主カタリナ、孤軍奮闘するも限界近し。……28歳。気高さを持つ女領主か。彼女がどれほど優秀なリーダーであっても、ロジスティクスという『血管』が詰まっていては、国という体は動かない」


 ユウサクは再び街道に戻り、歩き始めた。


「メルキアの町まで、あと15キロ。そこでまずは、輸送手段の確保から始める。馬車という旧時代のデバイスを、俺がどうアップデートするか。……面白くなってきたな」


 翌朝、太陽が東の空を赤く染め始めた頃。

 メルキアの町の城門の前に、一人の巨漢が現れた。


 194センチの身長に、仕立ての良い――しかし実用的な――濃紺の外套を羽織った男。

 その顔立ちはあまりにも端正で、町を行き交う人々や、門番の兵士たちさえも思わず足を止めて見惚れるほどだった。

 だが、男の瞳は冷たく、街の様子をスキャニングするように動いていた。


「……到着。予定より12分早い。歩行時の風抵抗を考慮したルート選択が正解だったな」


 ユウサクは懐から銀貨を取り出し、門番に通行料を渡した。


「おい、あんた。旅の戦士か? それともどこかの貴族の用心棒か?」


 門番が、圧倒的な威圧感を持つユウサクに気圧されながら尋ねる。


「……ただの運び屋だ。これから、この街の物流を『最適化』しに来た」


 ユウサクは門番の言葉を待たず、街の中へと足を踏み入れた。

 彼の視界には、すでに情報の嵐が吹き荒れていた。


「街道の轍の深さから推測するに、現在の馬車の積載効率は50パーセント以下。荷降ろしの手順は非効率極まりなく、港からの荷役には、本来の3倍の人数が投入されている。……ひどいな。ここは、非効率の宝庫だ」


 ユウサクの唇が、わずかに吊り上がった。

 それは、獲物を前にした狩人の笑みではなく、不具合だらけのシステムを修正しようとするエンジニアの笑みだった。


「まずは、この街で一番大きな運送ギルドを叩く。……『鋼の蹄』ギルドか。名前だけは立派だが、経営状態は芳しくないはずだ。俺の予測では、彼らのキャッシュフローはあと一ヶ月でショートする」


 ユウサクは迷いのない足取りで、ギルドの建物へと向かう。


★★★★★★★★★★★


 一方、その頃。

 森の奥では、空腹と寒さで顔を青くした勇者ゼクスが、火の熾せない魔法の杖を握りしめながら、絶叫していた。


「クソがぁぁ! なんで……なんで火がつかねえんだよ! ユウサク! 貴様、見てろよ! 絶対に後悔させてやる……!」


 その叫びがユウサクに届くことはなかった。

 彼にとって、勇者パーティはすでに「期限切れの在庫」に過ぎないのだから。


★★★★★★★★★★★


 ユウサクはギルドの重厚な扉を叩いた。

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