そして彼もいなくなった

天野 純一

第1話 問題編①:そして彼もいなくなった

 闐闐どんど一族。穢れた血が流れているとされ、先祖代々至るところで不幸を振りまいてきた。闐闐家が関与した事業はたちどころに失敗するとも言われている。長らく疫病神のような扱いを受け、周囲から忌み嫌われてきた。


 そんな一族だったが、どういうわけか子孫が途絶えることはなかった。彼らは小さなコミュニティーに閉じこもり、粛々と生活を送っていた。


 現在、一族の長を務めているのが闐闐まさふみ。すでによわい七十を数える彼には、一人息子のじょうろうがいる。穣太郎は昔から女好きで、いざこざが絶えない男だった。


 穣太郎には妾の子が一人いる。それが俺——はねけんだ。現在17歳。母の苗字を継いでいるから闐闐姓は名乗っていない。


 でも一族の血を引いているだけあって、周囲を不幸に巻きこんだこと数知れず。それでいて妾の子という立場だから、一族からも毛嫌いされている。言ってしまえば最悪の身分だ。


 俺は幼い頃から父の穣太郎が憎くて憎くてしかたがなかった。あいつにとっては一時の〝遊び〟でしかなかったのかもしれないが、そのせいで母や俺は生涯を狂わされてしまった。


 あんなやつ死んじまえばいいのに。何度そう願ったことか。


 そしてついにそのチャンスがやってきた。一族一同、絶海の孤島・うきとうにある別邸・てんじんかんを訪れることとなったのだ。俺も交渉の末、同行できる運びとなった。


 俺はここで一族殲滅を決行する。絶対に成功させて見せる——。




 とある年の五月三日。午後六時。


 俺は全身血まみれで天神館のロビーに立っていた。右手には大きな出刃包丁。


 最初に刺殺したのは家長の政文だ。


 館内がパニックに陥っているなか、俺は闐闐家の人間を次から次へと刺した。


 最後に残ったのは——闐闐穣太郎。俺はついに彼を部屋の隅まで追い詰めた。


 穣太郎は血走った目で俺のことを見返す。


「お前さえ……お前さえ生まれなければよかったんだ」


 こいつは本気で言っているのだろうか。言いようのない怒りがこみあげてきて、こめかみがじんじんと疼く。


 俺は舌打ちする。


「元はと言えばあんたが蒔いた種じゃないか。俺を生んだのはあんただ。責任の所在を見誤るな、クソ親父」


 包丁を振り上げる。


「死ね」


 グサリ。


 刃が右胸のあたりに突き刺さった。すかさず包丁を抜く。穣太郎は「うっ」と唸り声を上げ、うずくまった。


 彼は恨みがましい形相で睨んでくる。しかしそうしていられるのも束の間だった。彼は胸から大量に失血し、すぐに意識を失った。


 そっと穣太郎の脈に触れる。まもなく鼓動は弱まっていった。


 完全に脈がなくなり、呼吸も止まったのを確認してから、彼の元を離れる。俺は包丁をその場に捨て、せいせいした気持ちで外に出た。


 見上げると辺り一面が曇り空。大気が不安定な状態が続いているらしい。


 ゴロゴロゴロ……。遠くから雷鳴も聞こえてくる。


 島の中央に大きな池がある。りゅうじんいけという大層な名前がつけられているが、特に大きな特徴があるわけではない。水深は四、五十センチ程度。池の底には細かい砂が広がっている。


 俺は全身真っ赤な着衣のまま、龍神池にずぶずぶと足を踏み入れた。このあとは海に身投げして全てを終わらせる。その前に身を清めておきたかった。


 池の真ん中付近で立ち止まる。


 神にでもなった気分だった。一族を一人残らず殺害し、「闐闐」の苗字をこの世から消し去ることに成功した。


 この浮世島で生き残っているのは、もう俺だけ。脈と呼吸は確認したから、全員間違いなく死んでいるはずだ。


 少し顔をうつむき気味にし、目をつぶって喜びを噛み締める。


 ——そのときだった。


 俺は後頭部に強い衝撃を受けた。固い鈍器で殴りつけられたような感覚。まさか背後に人間が……?


 たしかに背後には気を遣っていなかった。正直誰かが水音を立てずに近づいてきたとしても、気がつかなかっただろう。


 しかしいったい誰が——。全員確実に殺したはずだ。


 スローモーションのように視界が揺らぎ、うつ伏せに倒れこむ。


 バッシャーン!


 一瞬、穣太郎の恨みがましい表情が脳裏に蘇った。

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