【完結】きょう彼氏になる?

 僕は盛川もりかわ、社会人二年目の24歳。今日は土曜日、天気のいい日だ。でも、僕が向かったのはコーヒーチェーン店だった。


 目的は、コーヒーをたしなみながら社会保険労務士の勉強をすること。そう、僕は資格マニアだ。土日だったら、彼女とデートしたらいいだろうなんて意見には聞く耳を持たない。

 なぜなら、彼女にフラれて寂しくなった土日を資格に費やすためだからだ。試験が土日に行われる傾向のある資格試験や検定試験は、土日の孤独を忘れさせてくれる。試験がない週なら、こうして優雅な資格勉強を嗜める。あれ、目から水が……




 僕が座る二人用席は、テーブルを移動させれば四人席にもなる仕様で、片方がソファ風の長椅子になっており、僕は長椅子側に座っている。

 厚生年金保険法の勉強をしていると、隣の席に男女の二人組がやってきた。男性の方は30歳前後の会社員風、女性の方も会社員風、僕よりは少し年上かもしれない。

 女性は長椅子側に座るようだ。女性が僕の傍を通って座る際に、ふわっといい匂いがした。

 

 落ち着け、落ち着くんだ……

「取得資格数」を数えて落ち着くんだ……

「資格」は自分の受験でしか取ることのできない孤独な趣味……

 僕に勇気を与えてくれる。

 甲種防火管理者……声優技能検定……情報セキュリティマネジメント……毛筆検定……福祉環境コーディネータ……野菜好き検定……


 隣の二人は楽しげに話している、隣にぼっちがいるにも関わらず。

 左側にいい匂いのするお姉さんがいる環境で、僕は、「彼女が欲しい」という雑念を払いながら、社会保険労務士の参考書を読み続けた。厚生年金保険法という科目は、特に理解が難しいので集中して読まないと頭に入って来ない。とはいえ、ときどき隣のカップルの話が頭に入ってくる。

 天気の話? 天気をあやつる? 投資? 貯金? 車? 断片的な単語がたまに聞こえてくるが、僕は勉強に集中した。


 いったん、僕の集中力が途切れたタイミングで女性が席を立った。




 しばらく僕が脳を休めていると、女性が席に戻ってきた。それと入れ替わるように男性もトイレに行くと言って席を立った。


 始め、女性は座る僕との間にカバンを置いていたが、戻ってきた女性はカバンを奥に押しやってから座った。

 本来四人席の仕様を二人席にしているため、このような座り方をされると、僕と女性との距離が一気に縮まってしまう。


 これしきのことで、「もしかしてだけど、それってオイラを誘ってるんじゃないの?」なんて、思うわけがない。

 僕は、厚生年金保険の強制適用事業所の定義を暗記しながら気を紛らわせていると、隣の女性が声をかけてきた。


「あの……」


 もしかしてだけど……?


「はい?」

「すいませんが、私と一緒にこのお店を出てくれませんか?」


「え?」

「理由は後で話します。早く、あの男が帰ってくる前に……」


 小声であったが、切羽詰まったような雰囲気の女性に従う形で、僕は女性とコーヒーショップを出た。

 女性の誘いに乗って、勉強を中断してしまうなんて、資格マニア失格しっかくだ、と別にダジャレで言ったわけではない。




 コーヒーショップから、少し離れてから女性が僕に話し始めた。


「すいません、びっくりしたでしょ?」

「はい……正直言いまして」


「実は、あの男がしつこくて、早く逃げたかったんです。でも、一人で逃げて、もし見つかったときに怖いから……。すいません、あなたを巻きこんじゃって」

「いえ、それはいいとして、彼氏さんじゃなかったんですね?」


「ええ、そうです。私たちの話は聞こえていませんでした?」

「あ、はい、断片的には。天気とかなんとか聞こえてましたけど……」


 そういえば、「投資」って言葉も聞こえていたから、男性はマルチ商法か何かに女性を誘っていたのか?


「まあ、勉強してたんで。ほとんど聞いてません」


 女性は僕の「勉強」という言葉に興味を示してきた。


「勉強……ですか?」

「はい、社労士の」


「すごい! それって、すごく難しい資格じゃないんですか?」

「ええ、まあ……」


 まだ合格していないけれど、受験することを褒められると、ちょっと嬉しい。資格マニアあるあるだ。


「他にはどんな資格を持ってらっしゃるんですか? お話ししません? どこか、別の喫茶店に入って」

「そうですね、さっきの男性に見つかるのも不安ですし、お店に入りましょうか?」



 * * *



 次の喫茶店では、僕たちは向かい合って二人席に座った。

 女性の髪は肩より少し長い明るいブラウン。ぱっちりした目の美人さんだ。


「そういえば、自己紹介まだでしたね。久蕗子くろこです」

盛川もりかわです。『くろこ』さんって、苗字ですか?」


「下の名前だよ。盛川さんって、学生? 社会人?」

「若く見られますが、社会人の24歳です」


 いきなり、下の名前で名乗るなんて? もしかしてだけど?


「私、27歳だから、少しお姉さんだね」

「ですね」


「ねえ、盛川君って、他にはどんな資格持ってるの?」


 現時点で僕は、64個の資格を取得している。持っている資格のうち、「宅地建物取引士」のように難易度と知名度のある資格、犬を飼ったことがないのに、「犬を飼う人検定」といった、笑いも誘えるような資格を例に挙げて話した。

 久蕗子くろこさんは、僕の話をときには尊敬のまなざしで、時には笑って聞いてくれた。


 美人で資格についても理解を示してくれて、もしかして、資格受験デートもできちゃうのか?


「盛川君って、すごいね。天気の資格とかは持ってないの?」

「お天気好き検定なら持ってます。あと、気象予報士も受験しようかなって思ったことはあります」


「すごーい! 気象予報士も難しいんだよね!」

「そうですね、合格率数%ですね」


 気象予報士は難しいが、のは誰でもできるので嘘は言っていない。


「天気にも興味あるの?」

「資格マニアなので、資格や検定になる物、すべてに興味があります」


「そうなんだ? 例えば、天気が自由に操れたらって考えたことない?」

「まあ、雨の日にんでほしいなって思うときとか、暑いときに風が吹いてほしいなって思うぐらいなら」


「天気を操れたらいいなって、少なからず誰しもあると思うんだ。例えば干ばつが起きた際には、雨を降らせるとか……」

「逆に、長雨が続いていたら、洪水になる前に雨をますとか、確かに天気が操れたら便利ですね」


「そうだよ。でもね、その干ばつを利用して作物が育たない大地にしたり、飛行機が飛んでいるときに大雨を降らせて墜落させたり、大雪を降らせて都市機能をマヒさせたり、さらにもっと雪を降らせて都市そのものを氷の中に閉じ込めたり……」

「そう考えると、怖いですね」


「でもね、この天気を操る力を正しい人が持てばイイと思わない? 例えば日本とか?」

「まあ、核を持っているような国が持つよりは、今の日本が持っている方が安全なような気はしますね……」


「そうでしょ? そこでね、今、天気を操る研究をするために、国の独立行政法人天気制御研究機構って機関の設立準備が進められてるんだけど、この設立費用の出資者を募ってるんだ。しかも、年利8%以上で元本保証付きなの。一口50万円からなんだけど、盛川君もどう?」


 ああ、詐欺はあなたの方でしたか……

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あした彼氏になあれ まこわり @makowari

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