炎上して全てを失った俺、10年前の「倒産前夜」にタイムリープ。未来のバズを知る最強PRプランナーとして、実家のボロ酒造を世界ブランドに変えるまで
@DTUUU
第1話 「死んだPRマンと、10年前の冷えた空気」
液晶画面から溢れ出す青白い光が、俺の網膜を焼き切るように刺す。
視界の端で、赤い数字が爆発的な勢いで増殖し続けていた。通知のバイブレーションが机を叩く音は、まるで俺の処刑を告げるカウントダウンのようだ。
『【速報】伝説のPRマン・九条蓮、隠蔽工作の主犯か』
『九条蓮の住所特定。実家は地方の落ちぶれた酒蔵らしいぞw』
『嘘つきのプロ。こいつが関わった商品は二度と買わない』
『ゴミクズはさっさと消えろ』
2026年1月、深夜。
俺の15年に及ぶキャリアは、わずか数時間で灰になった。
クライアントである最大手製薬会社の不祥事――新薬の副作用隠蔽。その火消しを一手に引き受け、世論をコントロールしてきたはずの俺は、土壇場で全ての罪を擦り付けられた。俺を陥れたのは、かつての愛弟子であり、現・最大手代理店『電報堂』の若きエース、成瀬だ。
「……認識が、真実を殺すか」
乾いた笑いが出た。
世の中の人間に、事実なんて関係ない。誰もがスマートフォンの小さな窓から、自分が「信じたい物語」だけを貪っている。彼らが「そうだ」と信じたものが真実になる。それが俺の教えてきたPRの鉄則だ。皮肉なことに、俺はその鉄則によって、社会的に抹殺されるわけだ。
酒瓶が転がる冷え切ったアパートの床。暖房をつける気力も、電気代を払う余裕ももうすぐなくなる。
手にした最後の酒は、実家の九条酒造が造った、今や地元でも誰も見向きもしない安酒だった。一口煽れば、劣化した麹の匂いと、喉を焼くような雑味だけが広がる。情けない。かつては数百年前から続く伝統ある蔵だったというのに、今やこんな泥水のような酒しか造れなくなっている。
意識が遠のく中、俺はただ、あの眩しすぎる電光掲示板の光を、憎しみを込めて睨みつけた。
もし、もう一度だけチャンスがあるなら。
この歪んだ「認識の世界」を、俺が支配してやる。本物が正当に評価され、嘘をつく悪党が地獄を見る世界を、俺のこの手で構築してやるのに。
そこで、俺の意識は深い闇に沈んだ。
心臓の鼓動が耳の奥で激しく打ち鳴らされ、やがてそれは、遠くで響く木を叩くような規則的な音へと変わっていった。
「……れん、蓮にい。起きなよ。こんなところで寝てると風邪引くよ」
低い、それでいて鈴を転がすような、どこか懐かしい声が耳に届いた。
まぶたの裏で火花が散る。強烈な頭痛と共に目を開けると、そこには、2026年の東京の汚いアパートではなく、使い古された杉の香りと、冬の静謐な空気が漂う木造の部屋があった。
そして。
「……美月?」
俺の視界に飛び込んできたのは、一人の女性だった。
作務衣を羽織り、前掛けを締めたその姿は、およそ都会の洗練とは無縁だ。だが、その素材の暴力的なまでの美しさは、どんなトップモデルでも、どんなAIが生成した理想像でも太刀打ちできないだろう。
身長171cmを超える、スらりと伸びた肢体。作務衣の上からでもわかる、無駄のない筋肉と女性らしい曲線の完璧な調和。
涼しげに切れ上がった目元と、陶器のように白い肌。
白石美月。俺の幼馴染であり、この「九条酒造」を一人で支える次期杜氏。
だが、俺の記憶の中の彼女は、確か35歳を過ぎていたはずだ。苦労が重なり、その美貌には影が差し、最後には……。
「何寝ぼけてるの。昨日も飲みすぎたんでしょ。誕生日は昨日で終わり。今日からはまた、お父さんの愚痴を聞く仕事が待ってるんだから」
彼女は呆れたように大きなため息をついた。
その動作一つをとっても、無意識に色気が溢れている。長い黒髪を無造作に後ろで束ねたうなじに、冬の朝日が当たって透き通るように輝いている。
地元の男たちが、彼女を一目見ようと、用もないのに蔵の前をうろつく理由はよく分かる。彼女が一度微笑むだけで、この寂れた村の経済が回ると言われるほどの「至宝」だ。もっとも、彼女が誰かに微笑んだところを、俺は一度も見たことがないが。
「美月、今日は……西暦、何年だ?」
「はあ? 2016年2月7日。あんたの32歳の誕生日。忘れたの? 昨日、一人で『俺の人生こんなもんか』ってクダ巻いてたじゃない」
2016年。
俺は震える手で、近くにあったスマートフォンを掴んだ。
丸みを帯びたアルミの筐体。指紋認証がついたホームボタン。iPhone 6sだ。
ロック画面の日付は、確かに2016年を示している。
――戻ったのか。10年も前に。
俺は立ち上がり、古い姿見の前に立った。
鏡の中には、2026年の疲れ切った老人一歩手前の男ではなく、精悍な32歳の「九条蓮」がいた。鋭い眼差しと完璧に整った骨格。鼻筋はナイフのように通り、頬のラインは硬質で知的な印象を与える。まだ希望を捨てきれず、東京でPRマンとしてのキャリアを積み始めたばかりの、野心に満ちていた頃の俺だ。
「おい、美月。親父はどうした。借金の話はどうなってる」
「……また、その話?」
美月の表情が、一瞬で氷のように冷たくなった。
彼女の冷徹な美しさが、怒りによってより一層際立つ。切れ上がった瞳が、俺を蔑むように射抜く。
「社長なら今朝から借金の相談に行ってるよ。地元の信金にね。まあ、どこも門前払いだろうけど。……あんた、本当に何もしないつもり? せっかく東京の大きな広告会社で働いてるのに、自分の実家のことになると、いつもそうやって他人事みたいに……」
そうだ。思い出した。
2016年のこの時期、九条酒造は3000万円という、地方の弱小蔵にとっては絶望的な負債を抱え、不渡りを出す寸前だった。
当時、俺は自分のキャリアとプライドを守るために実家を見捨てた。「こんな古い業界、もう終わりだ」と吐き捨てて東京へ逃げ帰ったのだ。その結果、蔵は潰れ、父は失踪し、美月は……借金を背負って、その美貌を武器にするしかない場所へ消えた。
だが、今の俺は、あの頃の無知で無力な若造じゃない。
PRプランナーとして、数多の企業を再生させ、時には国家レベルのプロジェクトすら動かし、そして最悪の地獄を経験した「未来から来た怪物」だ。
「3000万か。……安いな。端金だ」
「……な、何? あんた、本当に頭打ったの?」
美月が耳を疑うような顔をして俺を睨む。その冷たい視線さえ、今の俺には極上の香辛料にしか思えない。彼女のこの「気高さ」こそが、今の時代に欠けている最高のブランド要素だと直感した。
「美月。お前の造っているその酒、まだ在庫はあるか?」
「あるよ。売れ残ったゴミが、タンクの中にたっぷりとね。酒屋も置いてくれない、ラベルもデザインも30年前から変わらない、ただの『アルコールの塊』がね」
「ゴミじゃない。それは、俺たちの最強の『弾丸』だ。いや、最高の『ストーリー』だ」
俺は美月に歩み寄った。
彼女は一瞬、俺の放つ圧倒的なプレッシャーに押されたように肩を震わせたが、持ち前の気の強さで逃げようとはしなかった。
彼女の鼻腔をくすぐるのは、俺から漂うわずかなアルコールの匂いではなく、まるで獲物を定めた捕食者のような、鋭い意志の匂いだったはずだ。
「2016年か……。Instagramの日本語版が本格的に始まったばかり。Twitterもまだ140文字のつぶやきでしかない。誰もがSNSを『暇つぶしの道具』だと思っている。だが、今の俺には見える。これが世界を動かす最強の武器になる未来が。まだ誰も、本当の意味での『ハッシュタグ戦略』も『共感の設計』も理解していない、フロンティアだ」
俺は美月の細い顎を、少しだけ強引に指先で持ち上げた。
近くで見ると、その美しさはさらに凄まじい。長いまつ毛が震え、潤んだ瞳に困惑と、ほんの少しの――今まで俺に見せたことのない「期待」が混じる。
「いいか、美月。これから一週間以内に、この酒を10万人に認知させる。そして一ヶ月以内に、完売させる」
「……そんなの、無理に決まってる。広告費だって1円もないのに。お父さんは通帳を見て毎日泣いてるんだよ?」
「1円もいらない。マスメディアの時代は終わったんだ。使うのは、お前のその『顔』と、俺の『言葉』……そして、俺が持っている『10年分のバズの正解』だけだ」
俺は、未来の知識を総動員して、脳内のデータベースを高速で検索する。
2016年2月。来週、ある超大物ハリウッド俳優がお忍びで来日する。彼は日本文化の熱狂的な信奉者だが、既存の観光地には飽き飽きしている。そして、彼はSNSで「本物の日本」を求めて発信するはずだ。
2026年の歴史では、彼は適当なガイドに連れられ、六本木の大手チェーン店で撮った写真をアップして終わった。だが、もしその時、彼の目の前に「世界一美しい杜氏」が差し出す、「至高の一滴」があったら?
世界は一晩で、ひっくり返る。
数千万人のフォロワーが、一斉に「この美しい女性は誰だ?」「この酒はどこで買えるんだ?」と叫び始める。
「美月、作務衣は脱げ。その髪も、俺が指定する美容室で整えさせる。これからお前を、世界で最も注目される『酒造りの女神』にリブランディングする」
「……蓮にい。あんた、本当に頭がおかしくなったの? 私がそんな見せ物になるわけ……」
「見せ物じゃない。お前のその誇りを、正当な価格で世界に売るんだ。お前の職人魂を守るために、俺は俺の魂を売る。……悪いようにはしない」
俺は彼女の耳元に唇を寄せ、2026年の最先端で学んだ、魔力のような囁きを投げかけた。
それはかつて、何十億もの金を動かし、大衆を熱狂させた「悪魔の言葉」だ。
「俺を信じろ。一ヶ月後には、九条酒造の名前は世界中の五つ星ホテルのリストに載ることになる。……俺が、そう『認識』させてやる」
美月の白い頬が、わずかに朱に染まる。
彼女は俺の胸を突き放そうとしたが、その手には力が入っていなかった。かつての冷え切った、絶望しかない関係が、俺の「熱」によって溶けていくのを肌で感じた。
九条蓮の、二度目の人生。
まずはこの小さな酒蔵から、かつて俺を殺した連中に届くほどの、巨大な狼煙を上げてやる。
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