第3話 告白

「……いやぁ、ほんと嬉しいなぁ。まさか、暖斗はるとくんの方からデートに誘ってくれるなんて」

「……いや、デートではなく……そもそもデートスポットじゃないでしょう、ここは」

「ん? そうとも限らないんじゃない? そもそも、ここがデートスポット、なんて場所は存在しないよ。好きな人と二人でいれば、どこだって立派なデートスポットなんだから!」

「……そう、ですか……」



 ある日の夕暮れ時。

 黄昏色の空の下、お言葉の通り嬉しそうな笑顔で告げる綺麗な女性――およそ一年前まで、施設の保育士を務めていた早霧さぎり奏多かなた先生で。


 さて、彼女の言ったように――なんと、今日は僕の方から誘って。まあ、誘ったと言っても閑散とした小さな公園なんだけども……まあ、喜んでくださったのなら何よりで。


 ……ただ、たどしたら申し訳ないのだけど、デートという意図はまるでなく。わざわざここに来ていただいたのは、なるべく人のいない、かつ施設から距離のある場所に行く必要があっただけ。と言うのも――今から始めるお話は決して人に――とりわけ、施設の子達には決して聞かれてはいけないものだから。 


 一度、深く呼吸を整える。そして、ゆっくりと口を開き言葉を紡ぐ。



「……あの、奏多先生。もう、終わりにしませんか?」


「…………へっ?」



 そう、じっと見つめ告げる。すると、果たして茫然とした表情かおの奏多先生。……まあ、そうなるよね。何の前触れもなく、いきなりこんなことを言われたら。


「……あ、その……やっぱり、嫌だった? あっ、それとも他に好きな子ができたとか?」


 その後、ややあって控えめに尋ねる奏多先生。……もしかすると、うなずいた方が良いのかもしれない。迷惑だから、もう僕に構わないでと。あるいは、他に好きな人ができたから、と。それが、まだしも丸く収まる方法だろうから。……だけど、


「……いえ、どちらも違います。よもや、こんなことを僕が……それも、今になって言っても信じていただけるか分かりませんが……本当は、嬉しかったんです。奏多先生が、僕なんかに構ってくれることが。そして、他に好きな人がいるわけでもありません」

「……っ!! 暖斗、くん……」


 そう、ゆっくりと告げる。……うん、よもや僕がこんなことを言う日がくるなんて。でも、僕とて意味もなく悲しませたいわけじゃないし……それに、普通に本心だし。



「……でも、だったら……」


 そう、呟くように口にする奏多さん。……うん、そうなるよね。だったらなんで、終わりにしないか、なんてことを言うのかという話だし。彼女のアプローチが嫌でもなく、他に好きな人がいないのなら、どうして……その理由を伝えるべく、ゆっくりと口を開き言葉を紡ぐ。



「……ねえ、奏多先生。貴女が、それほどまでに僕に好きになってもらおうとする理由――それは、贖罪のためですよね?」



 そう、じっと見つめ問い掛ける。すると、ハッと目を見開き――そして、ぎゅっと口を結ぶ奏多先生。……うん、やっぱり。と言うか、もはやそれしか考えられないし。


 ……そもそも、疑問ではあった。施設の保育士と児童という立場では恋人のような関係にはなれないだろうから、そのためには退職――つまりは、この立場を放棄する必要があった。なので、どうして僕なんかと、という最たる疑念をひとまず措いておけば、退職の理由にも一応は理解できる。


 ……だけど、いくら立場的な障害がなくなったとは言え、元保育士と児童――それも、成人と未成年の恋愛など施設としてはおおよそ黙認するような件じゃないと思う。なのに、直接施設に、でないとは言え、堂々と僕に会いに来ていた彼女に少し苦い表情かおをすることはあっても誰一人として注意すらすることもなく。


 ……でも、そこに覚悟があったとしたら? 僕のために自身の人生すらも懸ける、痛ましいほどの覚悟があったとしたら? そして、奏多先生はその温厚篤実な人柄から職員の方々からも愛されていた。だとしたら……そんな彼女の気持ちを尊重し、積極的に良しとまではしなくともせめて口を出さないくらいの選択を取ってもそれほど不思議ではなくて。成人と未成年とは言え、別に恋愛が禁止されてるわけではないし。……そして、そもそもどうして彼女がそんな覚悟をしたのかというと――



「……全部、知ってるんだね」



 そう、ポツリと口にする奏多先生。そんな彼女に、控えめに頷き肯定を示す僕。すると、悲しそうに微笑む先生。そして――



「……私が、あの女――かつて、君に性暴力を繰り返していたあの女の、腹違いの妹だっていうことも」



 そう、力なく話す奏多先生。――そう、僕が施設に預けられた理由は、性暴力。当時の父の再婚相手――つまりは、義母に当たる女性から日常的に性暴力を受けていたことで。


 ……正直、少し不思議だった。彼女は父よりも一回り以上若く、ご近所でも瞬く間に評判になるほど綺麗な人だったから、どうして父と結婚したのだろうと。……いや、二人ともに失礼な言い分なのは承知だけども。


 だけど、ほどなくおぞましい事実を知った。義母が父と結婚した理由――それが、僕にあったということ。父の息子である僕に近づくために、好きでもなかった父と籍を入れたということで。……まあ、そもそも僕なんかのどこに魅力を感じたのかは未だに皆目不明だけども。


 そして――僕は、毎夜のように犯された。痛くて、辛くて、苦しくて――なのに、抵抗もできなかった。あまりの恐怖に、弱くて情けない僕は抗うどころか自分の意思では指一本すらも動かなかった。



 そして、それから数年後――ついに事実が発覚し、僕は児童養護施設へと預けられた。そして、僕の入所から一年ほど経過した辺りで突然、奏多先生が施設を去ったわけだけど……恐らくは、どういう経緯けいいでかその辺りで知ったのだろう。その義母が、自身の腹違いの姉だということを。……まあ、すぐには分からないよね。苗字も違うし、直接会ったこともないだろうし……あと、半分しか血が繋がっていないこともあってかそれほど似てるわけでもないし。


 ともあれ……全く、人が好すぎる。僕を犯したのはあくまで貴女の姉――貴女自身じゃないのに。貴女に責任なんて何一つないのに。なのに、背負わなくて良い罪を勝手に抱えて……そんなの、許せるがわけない。


 だけど、これだけじゃ――気にしなくて良い、なんて言うだけじゃきっと足りない。これだけじゃ、この呪縛から彼女を解放するにはまだ足りない。罪の意識はあるけれど、僕のことは本当に好き――なんて言い出すかもしれないから。だから――



「……貴女には、恋人がいたのでしょう? 深く愛し将来を誓い合った、この上もなく大切な恋人が」



 そう、じっと見つめ告げる。――そう、彼女にはかつて恋人がいた。それも、結婚を前提にお付き合いをしていた大切な恋人ひとが。それが、先日施設を訪れた秀麗な男性、桐島きりしま文哉ふみやさんで。


 なのに、別れを切り出した。桐島さんへの想いが消えたから、などではなく――ただ、僕のために別れた。ただ、僕のためだけに。


 だけど、彼は――桐島さんは奏多先生を恨んでいたわけじゃない。どころか、今でもずっと愛していることがあの短い時間だけでもひしひしと伝わって。なので、彼が僕に全てを話したのは腹いせや復讐のためなどではなく――ただ、彼女を救いたかったから。将来を誓った大切な女性ひとを、僕という呪縛から救いたかったからに他ならなくて。



「……もちろん、分かってた。暖斗くんには、もっとお似合いの人がいる。私みたいなオバさんが、出しゃばるべきじゃないって。だけど……ずっと見てたけど、暖斗くんは誰とも――特に、女の子とは全くと言っていいほど関わろうとしない。もちろん、だからと言って君を責める気にはなれなかったけど。

 ……だけど、この状況が……こんな悲しい状況がずっと続いてしまったら……そう思ったら、私がなんとかしなきゃって思った。誰かを好きになる喜びを、私が暖斗くんに教えなきゃって……私が、暖斗くんを幸せにしなきゃって……」

「……奏多先生」


 すると、悲しそうな――それでも、温かな微笑えみでそう口にする奏多先生。……いや、間違ってもオバさんなんて歳ではないはずだけど……まあ、僕との差を考えたらそう思ってしまうのかもしれない。……ただ、それはともあれ――



「……そんなの、無理ですよ。先生が僕を幸せに、なんて……そんなの、絶対に無理です」

「……そう、だよね。私なんかじゃ――」

「……だって、貴女はいつも辛そうだったじゃないですか。僕でも、少しは分かるくらいに。……でも、そんなの当然です。将来を誓い合うにほど大切な男性ひととの未来さえも諦めて、僕に対する贖罪を……そんな人生が、幸せなはずがありません。そして、そんな人が……常に辛そうな表情かおをしている人が隣にずっといるなんて、弱い僕には到底耐えられそうにないんです」

「……暖斗、くん……」



 そう言うと、僕をじっと見つめ呟く奏多先生。……ほんと、弱いな僕は。ほんとに、弱くて情けない。……まあ、今更だけども。


 ……それでも、これが本音――そして、こんな僕にも彼女のためにできることがあるとしたら、きっとこれしかなくて。だから――



「……もう、僕を解放してください。そして、さっさと幸せになっちゃってください」






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